表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

作戦崩壊

「……よし、変装は完璧だ」


私は地味な茶色のマントを深く羽織り、深夜の離宮、その裏門に立っていた。

 この私が、第一王子たる私が、なぜこのような薄汚い格好をしなければならないのか。すべてはあの忌々しい女、ノノシリーナのせいだ。婚約破棄を突きつけたあの夜、あいつが流した涙は悲しみではなく、あろうことか「歓喜」だった。私のプライドは、あの日からずっと、あの女の変態的な笑顔によって逆撫でされ続けている。


ゼノスが提案した「純愛作戦」は、私にとってもはや最後の手段。

 愛を囁き、真っ当に扱い、あいつが求める「辱め」を徹底的に遮断する。渇きに喘ぐあいつに、甘すぎる蜜を流し込んで窒息させてやるのだ。……だが、その前に偵察が必要だった。孤独に打ちひしがれ、自らの過ちを悔いる哀れな姿を拝んでからでなければ、愛の芝居など反吐が出る。


折しも、空からは冷たい雨が降り始めていた。


「ふん。雨に濡れ、寒さに震え、己の身の上を呪っているに違いない。今こそ、私の出番だ」


私は茂みの陰から、泥濘む庭の様子を伺った。

 ……そこには、ずぶ濡れになりながら、地面に生えた一本の、見るからに毒々しい茶色いキノコに向かって、頬を上気させて語りかける狂女の姿があったのだ。


「……ねえ、キノコさん。あなたも、この冷たい雨の中で誰にも見向きもされず、ただ腐っていくのを待つだけの存在なのね? ああ、奇遇だわ。私もなの。私も、王子に捨てられ、世界に忘れられた、ただの毒キノコ以下……救いようのないゴミ女よ……っ!」


ノノシリーナは、雨滴が滴る顔を恍惚と歪ませ、キノコを愛おしそうに撫でている。その瞳には、かつて私に向けられたことのないような、深い慈しみと狂気が宿っていた。


「見て! 天までが私を拒絶して、冷たい水を浴びせかけてくるわ! 『お前は部屋に入る資格さえない』って言われてるみたい! ああ、なんて……なんて残酷で、素晴らしい世界なのかしら……!」


手に持っていた「作戦用」の真っ赤なバラの花束を、私は無意識のうちに握りつぶしていた。


「……無理だ。絶対に無理だ」


乾いた声が、雨音に消えていく。

 絶望? 孤独? 笑わせるな。あいつは、私という「罵り手」がいない方が、むしろ障害がなくなって全力で変態行為を謳歌しているではないか。

 あんな異常者に、芝居とはいえ「愛している」などと囁くなど、生理的に不可能だ。私の理性が、全身の細胞が、あの女に関わることを拒絶している。不快指数が限界を突破し、私は作戦そのものをゴミ箱に放り投げた。


「……あんな女、勝手に腐っていろ。時間の無駄だ。一生、泥の中でキノコと心中していればいい」


私は吐き捨て、泥の中にバラの花束を投げ捨てた。

 美しい赤が泥にまみれ、汚れていく様は、今の私の気分に唯一合致するものだった。私は、一刻も早くこの呪われた場所から離れるべく、逃げるようにその場を去ったのだ。


――


「じゃあね、キノコさん。お互いの孤独な快感を邪魔しないようにしなくちゃね」


冷たい雨が止み、雲の切れ間から意地悪なほど美しい月が顔を出した頃。

 私は庭の真ん中に、無惨に踏みにじられた花束が落ちていることに気づく。


「あら……? これは……」


泥まみれのバラを拾い上げると、私の胸は高鳴り、視界がチカチカと輝く。


「……そうか。わかったわ。これは、お供え物ね! 誰かが、『ノノシリーナはもう死んだも同然だ』と思って、墓標の代わりにこれを置いていったんだわ! 私は生きていながら、すでに死人として扱われている……! ああ、究極の社会的抹殺! 最高のご褒美じゃないの!!」


泥の匂いと、微かに残るバラの香りが混ざり合い、私の五感を刺激する。

 私はその汚れたバラを胸に抱きしめ、夜の静寂の中で独り、歓喜のあまり踊り狂う。誰にも見られていない、誰も助けてくれない。この完全なる「孤独」こそ、私が求めていた真の楽園なのよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ