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雑草は踏まれてこそ輝く

「……報告しろ。ノノシリーナの経済効果、現在どうなっている」


 王宮の執務室。ギルバート王子は、もはや怒鳴る気力すら失い、深々と椅子に沈み込んでいた。

 傍らで書類を整理するゼノスが、無機質な声で答える。


「……極めて良好、いえ、異常です。彼女が纏った『麻袋風ドレス』の流行により、国内の繊維ギルドは空前の活況。さらに、彼女が離宮で使っているという噂の『質素な木皿』や『ひび割れたカップ』までが『アンティーク・ノノシリーナ』として高値で取引されています。王家の税収は、昨年度比で十五パーセント増。……もはや彼女は、歩く国家予算です」


「……そうか。ならば、もういい」


 ギルバートは天を仰いだ。

 婚約破棄だの、追放だの、そんな個人的な感情で動くには、ノノシリーナの生み出す金が大きすぎた。


「あの変態を適当に離宮へ放置しておけば、勝手に金が湧いてくるというわけだ。よし。これ以上、彼女に構うのはやめよう。……私の精神衛生のためにも、それが一番だ」


 王子が、ようやく平穏を取り戻そうとした、その時だった。

 執務室の扉が、凄まじい勢いで開かれた。


「王子! 大変です! 離宮の近隣住民たちから、署名入りの陳情書が山のように届いております!」


 駆け込んできた騎士の手には、大量の紙束。

 ギルバートの顔が、嫌な予感で引き攣る。


「……今度は、何をした。あいつは……」


 その頃、離宮の庭。

 月明かりの下、私は這いつくばっていた。


「……ふふ。あはははは! 見て、見てちょうだい、この雑草たちを!」


 私は狂ったように、庭に生い茂る雑草を素手でむしり取っていた。

 爪の間に泥が入り、手のひらが草の汁で緑色に染まる。……ああ、なんて不潔。なんて惨め。なんて「王女失格」な光景なのかしら!


「私……私という存在は、この雑草と同じなのよ! 誰にも望まれず、勝手に生えて、ただ踏まれるのを待つだけの、無価値な命……! ああっ、誰か! 誰か私を、この草みたいに根こそぎ引き抜いて、遠くへ投げ捨ててーー!!」


 私の絶叫が、静まり返った夜の住宅街に響き渡る。


「もっと! もっと私を踏み躙って! 重い軍靴で、私の尊厳ごと、ぐちゃぐちゃに踏み潰してちょうだい! 私は泥にまみれて、『ありがとうございます、ご主人様!』って叫ぶんだからぁ!!」


 バリバリと音を立てて草をむしり、泥を顔になすりつけながら、私は恍惚の表情で夜空を仰いだ。

 これよ。孤独な夜に、一人で自分を追い詰めるセルフ・グラウンド・プレイ。

 誰にも見られていない(と思っている)からこそ、私の羞恥心は限界を突破し、快感へと変換される。


 ……しかし、私は忘れていた。

 離宮の周囲には、平穏な生活を営む善良な市民たちが住んでいるということを。


「……おい、また始まったぞ。離宮の『叫ぶ女』だ……」

「怖い、お母さん怖いよぉ……。あの人、自分のことを『私は根こそぎにされるべき雑草だ』って叫びながら、土を食べてる……」

「近所迷惑にも程があるわ! 幽閉されているなら、もっと静かに絶望してちょうだい!」


 近隣住民たちは、連日連夜聞こえてくる「踏み躙ってコール」に、恐怖と苛立ちを募らせていた。

 中には「あの叫び声を聞くと、こっちまで何かを『踏まなければならない』という強迫観念に襲われる」と訴える者まで現れる始末。


「……『私を雑草のように引き抜け』だと……?」


 王宮で報告書を読み上げたギルバート王子の手が、プルプルと震えていた。


「放置……放置しようと思った矢先に、これか! 経済効果どころではない! このままでは、離宮周辺の地価が暴落する! 『呪われた叫び声の聞こえる街』として、王都の評判がガタ落ちだ!」


「王子、冷静に。……しかし、彼女の言う『踏み躙って』という要望を、文字通り叶えてやるわけにもいきませんし……」


 ゼノスが困惑して進言する。

 ギルバートは、拳を机に叩きつけた。


「分かっている! 踏めば喜ぶ! 放置すれば叫ぶ! 贅沢させれば金を生み、粗末に扱えば流行を作る! 貴様、ノノシリーナは一体何なのだ! 物理法則が通用しないのか!?」


「……彼女は、あらゆる負のエネルギーを正のエネルギー……いや、『悦び』に変換してしまう特異点なのです。……王子、もはや彼女を屈服させる方法は、一つしか残されていません」


 ゼノスの言葉に、ギルバートが顔を上げる。


「……何だ。言ってみろ」


「彼女が最も望まないこと……。つまり、『彼女を完璧に、全うに、一人の女性として尊重し、一点の曇りもない愛を注ぐ』ことです。罵倒も、無視も、軽蔑も一切せず、ただひたすらに、健康的な愛を与えるのです。……ドMにとって、それは『何の刺激もない、退屈な地獄』になるはずです」


 ギルバートの目が、鋭く光った。


「……なるほど。愛という名の拷問か。……面白い。ノノシリーナよ、貴様のその歪んだ欲求を、私の『清廉潔白な愛』で窒息させてやろうではないか!」


 こうして、ギルバート王子による、前代未聞の「純愛作戦」が立案された。

 一方、そんなこととは露知らず。

 離宮の庭では、ノノシリーナが「……あれ? 誰か私を通報して、屈強な憲兵さんが『うるさいぞ、このブタ!』って捕まえに来てくれると思ったのに、誰も来ないわ。……もしや、究極の『放置』なの!? ああっ、じらされるのも悪くないわね!」と、更なる妄想を膨らませていた。

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