お掃除♪
翌朝。
さらなる「屈辱」を求めて向かったのは、離宮の最奥。幽霊さえも逃げ出しそうなほど埃まみれの「北病棟」
「ふふふ。今日は、このゴミ溜めを一人で掃除するわ。かつての第一王女が、ボロ布を纏って、膝をつき、誰からも命令されずに勝手に雑巾がけをする……。これぞ『落ちぶれの極み』シチュエーション!」
先日いただいた、麻袋に穴を開けただけの素晴らしい「服」を纏い、冷水を入れたバケツを持って床に這いつくばる。
吸い込むたびに肺が悲鳴を上げるような埃。服に染み込む黒い汚れ。石の硬さがダイレクトに伝わる、痛む膝。その不快感の一つ一つが、脳内で極上の「快感」へと変換されていく。なんて贅沢な苦行なの。
「見て、私を! こんなに汚れて、こんなに惨めに床を磨いているわ! ああ、誰か、誰か通りがかって『おい、そこがまだ汚いぞ、この無能女!』って罵ってちょうだい! その言葉を糧に、私はもっと深く泥に沈めるのに!」
妄想に浸りながら、必死に雑巾を動かしていた、その時。
交代時間の見回りとして、離宮を監視する騎士たちが、偶然にもこの廊下を通りかかった。
「な……ッ!? そ、そんな……」
一人の若い騎士が、声を詰まらせて絶句している。
いいわ、その「なんて汚らわしいものを見てしまったんだ」と言いたげな、驚愕の表情! さあ、言いなさい! 「王女が這いつくばって掃除なんて、見苦しいぞ! さっさと失せろ!」って!
「ノノシリーナ様……。あんなに惨めな境遇にありながら、自ら進んで掃除をなさるなんて……。なんと、なんと高潔な精神をお持ちなんだ……!」
「お、おい! 何をしている、お前たち! 王女殿下にこんな汚い仕事をさせておくつもりか! 俺たちの目は節穴かッ!」
――えっ?
ちょっと待って。何かしら、その熱い眼差しは。
一人が叫ぶや否や、他の騎士たちも血相を変えて、怒号とともに北病棟へ踏み込んできたではないか。
「ノノシリーナ様! そのようなお仕事は我々が! いや、我々こそがすべきでした! どうか、どうかその汚れなき手を休めてください!」
「えっ!? ちょっと、何をするの!? やめて! 私は埃にまみれて、誰からも無視されたいのよ! 私の屈辱を、私の唯一の楽しみを奪わないで!」
必死に、黒く汚れた雑巾を離すまいと抵抗を試みる私。だが、屈強な騎士たちの誤解は、もはや止めることのできない暴走特急の如く加速していく。
「『無視されたい』だなんて……非難されるどころか、我々に気を使わせまいとして、わざと突き放すようなことをおっしゃるなんて……。ああ、なんて慈悲深い、損な生き方をなさるお方だ!」
「皆様! ノノシリーナ様をこれ以上悲しませてはならない! この離宮を、殿下にふさわしい、一点の曇りもない宮殿に戻すぞッ! これは我々の誇りをかけた戦いだ!」
「「「「おおおおおーーーッ!!」」」」
気がつけば、訓練された騎士たちが、剣を雑巾に持ち替え、バケツを抱えて離宮中を走り回っていた。
窓は瞬く間に磨き上げられ、床は鏡のように輝き、長年の相棒だった蜘蛛の巣は無慈悲に一掃されていく。
いじめられるために、蔑まれるために大切に残しておいた不潔なスポットが、プロの騎士たちの見事な連携プレーによって、次々と滅菌された。
「やめてぇーー! そこは私が、夜な夜な自分の無能さを噛み締めるための大切な、大切なホコリだったのにぃーー!!」
必死の叫びさえ、騎士たちの耳には届かない。「ああ、そこまでして自分でやりたいという責任感……! なんと謙虚なお方だ!」という、謎の感動として脳内変換されてしまう始末。
数時間後。
離宮は、王宮のどの広間よりも美しく、清浄な空間へと生まれ変わっていた。
あまりの清潔感と輝きに、私の居場所などどこにも見当たらない。中央で、真っ白な灰のようになって膝をつく。
「……私の、私の汚れた楽園が……。こんなに綺麗になっちゃって……。これじゃあ、ただの『美しくて立派な王女様の部屋』じゃない……。死にたい、あまりの清潔感に、不快すぎて死にたいわ……!」
一方、騎士たちは清々しい顔で、私に敬礼した。
「ノノシリーナ王女様、完了しました! 明日からも、我々が清掃を志願いたします! あんなお姿を見せられたら、もう、殿下を『罪人』として扱うことなど、我々には不可能です!」
……どうしてこうなるの?
惨めな独り掃除作戦は、皮肉にも離宮内の騎士たちの忠誠心を、限界突破させてしまった。
辱めを受けるどころか、王女のように崇められてしまうなんて! ああ、誰か、誰か私を殴って! 言葉のナイフでメッタ刺しにしてぇーー!!




