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聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚  作者: 雷覇


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第58話:裏切りの断罪

地下施設――

厚い岩盤に囲まれた制御区画で、警報が低く唸り続けていた。

ゼクスは制御盤の前で歯を食いしばり、額の汗を乱暴に拭った。


「……くそ……くそ……くそっ!」


指は離せない。

一斉起爆の術式は、起動した瞬間から完全に終わるまで制御者を拘束する。

途中解除は不可能。


(逃げられない……一斉起爆が、まさか自分の首を絞めるとは……!)


逃げるために選んだ切り札が逆に自分の足を地面へ縫い止めていた。


「早く爆発しろ!でないと、カインが来る……!」


そのとき。


――コツ。


静かな足音が、通路の奥から響いた。


「……誰だ!」


振り返った瞬間、闇の中からゆっくりと人影が現れる。

黒い外套。肩に担がれた剣。

そして氷のように静かな視線。


「……っ!?」


ゼクスの喉が引きつる。


「カ……イン……!」


そこに立っていたのは、戦場の中心にいるはずの男。


「馬鹿な……!感知されたにしても早すぎる……!」

「時間なら、十分あった」


カインは淡々と言った。


「お前が派手に魔力を撒き散らしてくれたおかげでな。迷わず来れたよ」


一歩、また一歩。

剣を抜くこともなく、ただ近づいてくる。


「近づくな!近づけば即座に一斉起爆させる!」


ゼクスは叫ぶように言った。

それは脅しであり、最後の虚勢でもあった。

だが、カインは足を止めない。


「できないのだろう?」


淡々とした声。


「できるなら、とっくに爆発させて逃げている」


言い終わるより早く――

剣が鳴いた。

恐ろしい速度で剣が閃き次の瞬間、ゼクスの右腕が宙を舞う。


「――あ、……ぁ……ああああああああっ!!」


悲鳴が遅れて迸る。

血が噴き上がり、制御盤に叩きつけられる。

カインは剣を下ろしたまま、冷たく告げる。


「脅しは、実行できる者だけが使え」


切り飛ばされた右腕を押さえ、ゼクスは床に崩れ落ちた。

喉から漏れるのは、もはや理知的な言葉ではない。


「た、助けてくれ……! カイン……!」


血に濡れた顔を上げ、必死に叫ぶ。


「俺たちは……同じ騎士団だったじゃないか……!」

「同じ釜の飯を食って……同じ戦場を……!」


縋るように、震える声で言葉を重ねる。


「頼む……命だけは……!」


その瞬間。


――ドンッ。


鈍い衝撃音とともに、ゼクスの身体が壁に叩きつけられた。

カインの拳だった。


「……仲間?」


低い声。

怒りはない。ただ、冷え切った断定。


「その仲間を、あっさり裏切ったのは誰だ」


もう一発。

腹に重い衝撃が入る。


「騎士団を踏み台にし、同胞を実験台にし」


殴るたび、言葉が落ちる。


「命令一つで、死地に追い込んだのは――」


拳が頬を打ち抜き、ゼクスの視界が白く弾けた。


「――お前だ」


床に転がり、血と唾を吐きながらゼクスはうめいた。

切断された腕の先から血が止まらず、視界がじわじわと暗んでいく。


「……が……ぁ……っ……」


言葉にならない声が、震える唇から漏れる。

身体は言うことをきかず、指先一つ動かせない。

それでも本能だけが、痛みと恐怖を延々と刻み続けていた。


「仲間という言葉を使うな」

「それは、お前が最初に捨てたものだ」


剣を構え直す気配が、静かに満ちる。


「命乞いをする資格があるのは――最後まで仲間を守った者だけだ」


カインの言葉が、冷たく突き刺さる。

その気配だけで分かった。次で終わる。

ゼクスは、血に濡れた床を爪で掻きながら必死に後ずさった。

喉が鳴り、笑うような、泣くような音が漏れる。


「……ひ、ひひ……」


視線が、震える指先に縫い止められる。

腰の内側、そこに収められていた一本の注射器。

濁った紫黒色の薬液が、微かに脈打っている。


「……そうだ……」


掠れた声で、ゼクスは呟いた。


「これが……あったじゃないか……」


それは研究中の薬。

多くの兵、囚人、仲間だった者たちの命を犠牲にして作り上げた――

“とっておき”。


成功率は低い。

生き延びた例は、ほとんどない。

そして、成功したとしても人間としての肉体は失われる。

理性も保証されない。人の形を保てるかどうかすら分からない。


だが。

ゼクスは、歪んだ笑みを浮かべた。


「……死ぬよりは……マシだ……!」


ゼクスは、迷いを捨てるように注射器を首元へ突き立てる。

薬液が、一気に体内へ押し込まれた。


「――がぁぁぁぁあああっ!!」


悲鳴が、もはや人の声ではなかった。

血管が浮き上がり、皮膚の下で何かが暴れ回る。

首から胸、背中へと黒の紋様が蜘蛛の巣のように広がっていく。

骨が鳴り、肉がきしむ。

関節が本来ありえない方向へと引き伸ばされる。


「ぐ……ぁ……! あ……ああ……!」


床に転がりながら、ゼクスは自分の喉を掻きむしる。

声帯が焼け、言葉が崩れ、意味を失っていく。

視界が歪む。世界が、獣のような色に塗り替えられていく。


(……生きる……死ぬ……ものか……!)


その執念だけが、辛うじて意識を繋ぎ止めていた。

カインは、剣を構えたまま動かない。

変貌を、冷静に見据えている。


「……それがお前の選択か」


床に伏せた影が、ゆっくりと起き上がる。

もはやそこに、かつてのゼクスの姿はなかった。

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