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聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚  作者: 雷覇


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第57話:慢心する心

黒の軍勢の臨時指揮所。

焼け焦げた大地の上、冷たい夜風が血と鉄の匂いを運ぶ。

カインは砕け散った強化兵の残骸を一瞥し、ゆっくりと息を吐いた。

自爆の衝撃で削れた大地には、まだ術式の残滓が脈打っている。


「……なるほど。強化兵の捨て身で押し切る気か」


その声に怒りはない。

あるのは、相手の手を正確に測る冷静な視線だけだった。

背後で兵が歯噛みする。


「こちらの被害も無視できません。あの兵……戦力というより、爆弾です」


カインは頷いた。


「だからこそ厄介だ。恐怖も退却も知らない……だが」


彼は、地図盤一点に指を置く。

そこは、強化兵の反応が異常に集中し始めている地点だった。


「優勢に立ってる人間は必ず慢心する」

「数を揃えれば勝てると、そう思い込む瞬間が来る」


カインの視線が鋭く細められる。


「ゼクス。お前は時間を稼いでいるつもりだろう」

「だが、その時間こそがこちらに考える余裕を与えている」


すると張り詰めた空気を切り裂くように、伝令が駆け込んできた。


「報告! 強化兵、第二波接近! 数は前回の倍以上!」


カインは、短く笑った。


「来たか。ようやく、盤面が動いたな」


彼は剣を肩に担いだまま、前線へと歩き出す。

その背に、ためらいはなかった。


「アリア」


低く、しかし確かな声で名を呼ぶ。


「あの兵を操っているのはゼクスだ」

「自爆は意図的に起動させている」


歩調を緩めることなく、言葉を重ねる。


「ならば必ず痕跡が残る。操り手の居場所を探知してくれ」


剣先が、遠く王都の方角を示した。


「必ずどこかで繋がっている。見つけ次第、あの男は俺が仕留める。」


アリアは一瞬だけ目を閉じ、深く息を整えた。


「わかったわ。任せて」


静かな声音だったが、そこには確信が宿っていた。

指先に淡い光が集まり、空間に細かな術式の紋が浮かび上がる。


「自爆を制御している以上、必ず起点がある」

「強制起動の波形……辿れないはずがないわ」


そう言い残し、アリアはその場に膝をつく。

戦場を覆う魔力の流れへと意識を沈め、

無数の死と命令が交錯する糸を、一つひとつ手繰り寄せていく。


「必ず見つけてみせる。そしてこの外道に鉄槌を」


その光景を見届けると、カインは静かに命令を下した。


「全軍に通達」

「自爆兵は分断して処理しろ。密集させるな」


一拍置き、冷たい断言が落ちた。


「恐れるな。あれは神でも奇跡でもない」

「ただ、歪んだ人間が造り出した道具にすぎない」


彼の歩みは止まらない。

戦場の中心へと、静かに、確実に進んでいった。


「……チッ」


ゼクスは舌打ちし、歯を食いしばる。

水晶盤に映るのは、次々と制圧され無力化されていく強化兵の反応。


「馬鹿な……!あれだけの数を投入したというのに……!」

「奴らの戦力……想定以上だ……!」


焦りが、確実に思考を侵食していく。

冷静さを売りにしてきたはずの男の額に汗が滲んだ。


(このまま削られ続ければ……)

(王の兵が完成する前に、こちらが潰される……)


ゼクスの瞳が、狂気じみた光を帯びる。


「……こうなれば、全部だ」


制御盤に手を伸ばし、乱暴に術式を展開する。


「一斉起爆だ。残っている強化兵を同時に爆発させる」


術式が赤く染まる。


「その混乱の間に、私は逃げる」


唇が歪んだ笑みを描いた。


「……王の兵さえ完成すれば」

「お前らなど、いくらでも踏み潰せる……」


苛立ちと慢心が混ざった、致命的な判断だった。


「起動」


ゼクスが命じた瞬間――

地下から地上へ、異常な魔力の波が一斉に噴き上がった。


ドン、ドン、ドン……!


まだ爆発には至らない。

だが起爆準備そのものが、戦場全体に派手すぎる魔力振動を走らせる。


――その波を。

見逃すはずがなかった。


「……捕まえた」


戦場の一角で膝をついていたアリアが、目を見開く。

彼女の前に展開された術式が、はっきりと一方向を指し示していた。


「これは……隠す気がない」

「一斉起爆の制御……こんな乱暴な魔力……」


唇が冷たく結ばれる。


「焦ってるわね、ゼクス」

「自分から、居場所を教えているようなものよ」


彼女は立ち上がり、即座に通信術式を展開する。


「カイン!」


風を切るように声が届く。


「見つけたわ!強化兵すべてに同時起動信号を流してる!」

「発信源は……王都近郊の地下施設!」


一拍、正確な座標が告げられる。


「逃げる気よ。爆発で戦場を混乱させて、その隙に!」

「分かった」


それだけ。

だが、その一言で十分だった。

カインは歩みを止めず、剣をわずかに持ち上げる。


「全軍、聞け」

「奴らは一斉に自爆するつもりだ」


鋭い視線が前線を貫く。


「強化兵が爆発する前に可能な限り離れろ。遠距離攻撃が出来るものはそのまま攻撃を続けろ」


そして、低く、確実に言い切った。


「……ゼクスは、俺が行く」


その瞬間。

遠く地下で、ゼクスが何かを感じ取ったかのように顔を歪めた。


「……なに?」


術式が、逆流するように震える。


「まさか……探知……された……?」


背筋に、冷たいものが走る。

派手すぎた。

急ぎすぎた。

そして、慢心した。


「……クソッ……早く逃げないと!」


だがもう、遅い。

闇の中で狩る者の氣が、確実にこちらへ向かってきていた。

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