第50話:王国軍壊滅
峡谷――。
夜明けの霧が立ちこめる中、ザイは砦跡に設置された魔導砲の照準をゆっくりと王国軍の進軍路に合わせていた。
足元には罠が張り巡らされ、岩壁には魔導符が貼り付けられている。
「……来たな」
遠くから重厚な蹄音と軍鼓の響きが迫る。
王国軍の後続部隊は、前線壊滅の報を受けてなお進軍を止めなかった。
総勢一万――黒の軍勢にとっては圧倒的な数だった。
ザイは口元に不敵な笑みを浮かべ、部下に指示を飛ばす。
「待て……まだだ。先頭が峡谷に入るまで引きつけろ」
霧の向こうに槍と旗が揺れ、やがて王国軍が峡谷へ足を踏み入れた。
その瞬間、ザイは片手を振り下ろした。
「――撃て!」
轟音が峡谷に響き渡る。
奪い取った魔導砲が一斉に火を噴き、光の奔流が狭い谷間を薙ぎ払った。
先頭を行く騎兵は次々と吹き飛び、谷底に転げ落ちる。
「ぎゃあああっ!」
「罠だ、退け――!」
混乱が広がったところで、第二の罠が牙を剥く。
岩壁に貼られた魔導符が赤く輝き、連鎖的に爆裂した。
巨岩が崩れ、退路を塞ぐように落下していく。
「いい眺めだ……」
ザイは低く笑うと、霧に紛れて部隊を左右の崖に展開させた。
弓矢と投槍が飛び交い、谷間に閉じ込められた王国兵は次々と倒れていく。
だが、王国軍も黙ってはいなかった。
後続から現れた魔導騎士団が防御結界を展開し、砲撃を正面から受け止める。
轟音が響き、峡谷全体が震える。
「はは……面白くなってきたな」
ザイは短剣を抜き、部下に命じた。
「突撃だ。砦の屋根に籠もってるだけじゃつまらん。血で谷を染めろ!」
黒衣の暗殺部隊が霧の中を駆け抜け、王国軍後列へと斬り込んでいく。
夜の亡霊のように姿を現しては消え、首を刎ね、血煙を残して消えていく。
峡谷は、まるで巨大な墓場のような惨状に変わりつつあった。
濃霧の向こうから、甲冑のぶつかる音と軍鼓が重く響く。
谷底はすでに血と瓦礫にまみれ、魔導砲の光で昼のように照らされていた。
ザイは岩陰に身を潜めながら、迫る王国軍本隊を睨む。
巨大な結界が光の半球となって兵を包み込み、砲撃をものともせず進軍してくる。
「ちっ……やっぱり正面突破してくるか」
隣で息を荒げた副官が問いかける。
「隊長、どうします? このままじゃ押し潰されます!」
ザイは口角を吊り上げ、不敵に笑った。
「だからこそ、呼んだんだよ――黒の総大将をな」
その瞬間、轟音と共に突風が峡谷を駆け抜けた。
黒い軍馬を駆る男――カインが、漆黒の外套をはためかせながら現れる。
その眼差しは冷たく、獲物を見据える猛獣のようだった。
「……状況は見えた」
カインは馬上から谷を見渡し、短く告げる。
「ザイ、側面を任せる。俺が正面を断つ」
ザイが笑い返した。
「言われなくてもな。血祭りは得意分野だ」
カインは馬を降り、ゆっくりと剣を抜く。
瞬間、周囲の空気が震え、兵たちの背筋を冷たいものが走った。
「――撃ち方、やめ」
カインの号令と共に、魔導砲が沈黙する。
次の瞬間、彼は単身で前に歩み出た。
王国軍の先頭に立つのは、黄金の鎧を纏った騎士団長。
その結界の中心で、彼は剣を構え、咆哮する。
「黒の軍勢の首領カインをここで討つ! この剣に誓い、王国の誇りを守る!」
カインは淡々と答えた。
「誇りか……なら、ここで散れ」
地面を蹴った瞬間、漆黒の影が疾駆する。
剣閃は稲妻のように走り、結界に直撃した。
重々しい衝撃音が峡谷に響き、結界が軋む。
「な、なにっ……!」
騎士団長が目を見開く間に、カインは二撃目を叩き込む。
結界が裂け、光が弾けた。
「――終わりだ」
一閃。
黄金の鎧ごと、騎士団長の身体が宙を舞った。
その瞬間、王国軍本隊は絶望に沈む。
「い、いやだ……! 化け物だ……!」
「退けぇっ!」
カインが剣を振り払うと、ザイの部隊が左右から殺到し、逃げ惑う兵を狩り尽くす。
峡谷は完全な地獄絵図と化し、王国軍は壊滅した。
カインは血の海に剣を突き立て、低く呟く。
「――これで、王国はもう二度と立ち上がれぬ」
谷に木霊すのは、黒の軍勢の勝鬨のみだった。




