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聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚  作者: 雷覇


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第40話:後悔の2人

戦場の喧騒が、一瞬だけ静まった。

その中心で、ロイの身体が崩れ落ちた瞬間をミリアムとフィリアは遠くから見ていた。


「……嘘、でしょ……?」


ミリアムの声は震えていた。

かつて兄のように慕い、剣術の指導を受けていたその背が砂煙の中で沈んでいく。

彼女の目からは、一筋の涙がこぼれた。


「なんで……なんで、こんな終わり方しか、できないの……」


拳を握り締め、震える唇を噛みしめる。

横でそれを見ていたフィリアは、目を伏せたまま、ロイの最後の姿を胸に刻んでいた。


「……あの人は……ずっと、苦しんでたのよ。

 カインを裏切った自分に……王に逆らえなかった自分に……」


「でも……それでも、生きてくれればよかったじゃない……!」


ミリアムの叫びは、虚空に溶けるだけだった。


「……あの人は、誇りを取り戻したのよ。自分の選んだ最期で」


フィリアはそう言ったが、声は震えていた。


誰よりも近くにいた彼女にしかわからない、苦しみと後悔の重さ。

そして、それを背負い続けて死んでいった男の誇りを、誰よりも感じていた。

二人の間に沈黙が落ちる。


それは、剣の音が響く戦場の中で、誰にも届かない哀悼だった。

ロイの死から間もなく、騎士団は散り散りになり、戦場の片隅に静けさが戻りはじめていた。


血のにおいと焼け焦げた土の熱が残る中、フィリアとミリアムは、黒の軍勢の中央へと足を踏み入れた。


立っていたのは、あの日と変わらぬ鋭い眼差しの男――カイン。


「……来たか」


カインがゆっくりと顔を向ける。

その目に驚きも怒りもない。ただ、受け入れる覚悟だけが宿っていた。


ミリアムは、息を詰めるように言葉を絞り出す。


「私は……こんな再会をしたくなかった……!」


涙と怒りと、罪悪感がない交ぜになった叫びに、カインは短く息を吐いた。

ミリアムの叫びを遮るように、フィリアが一歩前に出る。


「……あの時、私たちは何もできなかった。

 でも、王のやり方に従いながらも、ずっとあなたのことを忘れてはいなかった」


カインは目を伏せた。


「それでも、選んだのはお前たちだ。正義でも、忠誠でも、国でもない。……沈黙を、選んだ」


重い沈黙が落ちた。

だが、ミリアムが再び声を絞る。


「それでも……それでも、私は……今のあなたが敵だとは思えない!」


フィリアも頷く。


「ロイの死が教えてくれた。あなたと再び剣を交えることが、罪の清算になるなら……私たちは、覚悟を決めてここに来た」


カインは、目を細めた。


「ならば――その覚悟を、俺の前で見せてみろ」


静かな声だった。

だがその言葉の裏には、かつての仲間への複雑な想いが滲んでいた。

そして、彼は背を向け、黒の軍勢の方へ歩き出す。


「戦いたいなら、いつでも来い。だが俺は、進む。もう、止まらない」


二人の胸には、やり場のない痛みと、それでも消せない憧れが残されていた。

かつて共に戦った英雄は、今や敵として歩いている。

戦場の片隅、煙が風に流れ、夕暮れの陽が紅く空を染めていた。


ミリアムは剣を握りしめたまま、動けずにいた。

フィリアも隣で黙ったまま、ただ地面を見つめている。


「……どうする、フィリア」


ミリアムが呟くように言った。


「私……まだ、決められない。剣を向けるべきなのか、それとも――」


「向けるなら、覚悟がいるわよ」


フィリアの声は静かだった。


「剣を向ければ、あの人を本当に敵として見ることになる。もう、言い訳はできない」


ミリアムは目を伏せ、震える声で言った。


「……私は、カインに教わった。

 騎士っていうのは、ただ命令に従う存在じゃないって。

 守るべきものを、自分で選ぶことだって――」


しばしの沈黙。

やがて、ミリアムは顔を上げた。


「だから私は……国でも、王でもなく、彼を守るために戦いたい。

 彼の行動がどれだけ間違っていようと、それを止めるのも、救うのも、あたしたちしかできない」


「……私も同じよ」


フィリアは静かに頷いた。


「もう、逃げるのはやめる。あの人を捨てた後悔を、これ以上重ねたくない」


ミリアムが小さく笑った。


「じゃあ決まりね。私たちは……彼の背中を、今度こそ追いかける」


夕陽の中、二人は並んで立ち上がった。

剣は鞘に収められ、戦場の喧騒から一歩、外れる道を選ぶ。


だがそれは決して逃げではない。

騎士として、自らの意志で選んだ道だった。


「この背中は、もう二度と……迷わない」


ミリアムがそう言って歩き出したときだった。

フィリアが一歩遅れてその後を追う。

そのとき、不意に鈍く、何かが肉を裂く音が響いた。


「――ッ!?」


振り返る前に、ミリアムの体がよろめいた。

背中に突き立てられた刃――


「ミリアム……!?」


フィリアが駆け寄ろうとした瞬間、彼女の背にも冷たい感触が走る。


「なっ……!?」


口元から血が滴り、剣を抜く暇すらなく膝をつくフィリア。

二人の背後に立っていたのは、密偵として紛れ込んでいた王直属の剣士ゼクスの配下だった。


「……騎士団の裏切り者として、処分させてもらう」


感情のない声で、仮面の男が呟いた。


「……私たちの王は……どこまで……」


フィリアの口が血で泡立ちながらも、必死に動く。


「……ミリアム……あなただけでも」


彼女の言葉が終わると同時に、その体は倒れ伏した。

すると、倒れたはずのミリアムの体が、かすかに動いた。


「……まだ生きているか」


仮面の男――王直属の密偵が冷たく呟くと、背後から現れた別の部下がうなずいた。


「王からの連絡です。ミリアムは殺すな。使い道があるので持ち帰れと」


「使い道がある、か……了解した」


男たちは無言のまま、血に濡れたミリアムの身体を抱き上げる。

瀕死の状態ながら、彼女の瞳にはうっすらと涙がにじんでいた。


「フィリア……ごめん、私……何も、守れなかった……」


囁きにも似た声が唇から漏れる。

それが、彼女の意識が落ちる最後の言葉だった。

フィリアはその場に倒れたままだった。


密偵たちは傷ついたミリアムの体を運び去ると、まるで戦場の清掃のように痕跡を処理し、何事もなかったかのようにその場を離れていった。


王のもとへ、忠実に素材を届けるために。



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