第38話:覚悟の戦い
灰の舞う戦場を駆ける報せは、まるで呪いのように全身を冷たくした。
「……ガレスが……やられた、だと?」
フィリアは槍兵からの伝令を受け、信じられないという顔でその場に立ち尽くした。
あの寡黙で、厳しくも頼れる兄貴分。どんな修羅場でも生き残るはずの男が。
「嘘……そんなはず……」
隣でミリアムが目を見開いたまま、震える拳を握り締めた。
「ガレスさんは……ずっと訓練でも私たちを守ってくれた……あんな人が……!」
ロイは黙っていた。
背筋を伸ばしたまま、握った拳が震えていた。
「戦った相手は、カイン……だったのか?」
伝令の頷きに、ロイは深く目を閉じた。
(……避けていたんだ。ずっと。だが、もう逃げられない)
「みんな、聞け!」
彼は騎士団の前へ歩み出て、声を張った。
「……先に行ったガレスは斬られた。
だが、あの人は迷わなかった。自分の誇りを貫き戦った。
ならば俺たちも、誇りを持って立ち向かうべきだ!」
その声に、隊の空気が変わる。
フィリアが静かに前に出る。
「……私は、騎士の誇りを見失ってた。
だけど彼のためにも……カインを、止めなきゃ」
ミリアムは涙を堪えながら、剣を引き抜いた。
「私は、もう黙ってるだけの騎士じゃない。
……今度こそカインさんとちゃんと話す」
ロイが頷いた。
「カインは、俺たちのかつての仲間だった。
だが今は敵だ。……もう情けで剣は鈍らせない」
灰の空の下、騎士たちは剣を掲げた。
それは、かつて同じ理想を信じた者との、宿命の再会。
そして、避けられぬ決別の戦いの、始まりだった。
騎士たちの視線が一斉に集まる中、黒い外套をまとった男が、ゆっくりと歩みを進めてきた。
カイン。
その姿を見て、ロイの眉がわずかに動いた。
かつて共に戦場を駆け抜けた盟友の姿に、怒りも哀しみも、既に昇華されていた。
「……ガレスを斬ったのか」
ロイは先に口を開いた。
感情のない声。しかし、その奥に凍てついた痛みが滲む。
「……ああ。俺の手で斬った」
カインの答えは静かだった。
自責も弁解もなく、ただ事実として。
ロイは息を吸い込み、吐いた。
「どうしてだ。なぜ、こんな道を選んだ?」
「俺が選んだんじゃない。エルヴァンが選ばせた」
そう呟いたカインの瞳は、どこか遠くを見ていた。
「奪われたものを、取り戻すためだ。もう二度と、誰にも同じことをさせない。それが、俺の戦いだ」
「それは正義か?」
ロイの声が鋭くなる。
「正義だと? ガレスを殺し、国を落とし、民を恐怖に晒して
それでも、お前は英雄でいられるのか?」
カインは一歩、前に出た。
「英雄になろうと思ったことは一度もない。
俺はただ奪われた者の象徴として、立っているだけだ」
その言葉に、ロイは剣を抜いた。
「ならば俺は守る者としてお前を止める。
……お前が俺の知るカインじゃないなら、それでいい。
だが、せめてこの剣だけは、あの頃の誓いに報いるために振るう」
カインも、剣を抜いた。
「来い、ロイ。お前の剣が、まだ真っ直ぐであるなら」
二人の間に、風が吹いた。
かつて背中を預け合った男たちが――
今、すれ違った道の果てで、互いに刃を交える。
火の粉が舞う戦場の中。
二人の剣が交わるたび、地を震わせるような衝撃音が響いた。
ロイは全力で刃を振るう。
それでも──届かない。
「はあっ……ぐっ……!」
振り抜いた刃は虚空を裂き、カインの斬撃が一歩先をいく。
鋭さ、速さ、そして迷いのなさ。
かつて共に鍛錬したときのカインとは、もはや別次元にいた。
「……やっぱり、お前は、強い……」
血を吐きながらロイは膝をついた。
左肩から腹部にかけて、深く斬られている。
それでも、なお剣を手放さず、カインを見上げた。
「だけどな……俺だって……守ろうとしたんだ……国を……仲間を……」
カインは何も言わない。ただ、静かに彼を見下ろす。
「カイン……お前を……裏切った日の夜……何度も夢に見た……」
ロイの目に涙が浮かぶ。
「王に逆らえば、すべてを失う……それが頭から離れなかった……
あの時、剣を抜いてれば、少なくとも……誇りだけは守れたのに……!」
拳で地を叩く。
血で染まった土に、ロイの悔恨が滲む。
「俺は……騎士のくせに……国の犬でしかなかった……!」
そのまま崩れ落ちるロイの身体を、カインは受け止めなかった。
ただ、目を閉じ、呟いた。
「……さようなら、友よ」
風が吹いた。
そして、かつて王国騎士団第一部隊副団長だった男は──
その場に静かに息絶えた。




