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聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚  作者: 雷覇


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第33話:王への服従(セリスside)

玉座へと戻ったエルヴァンは、重く沈むように椅子へ腰掛けた。

だがその瞳は冷え切るどころか、むしろ獣のような光を帯びており

セリスをどうやって堕とすか。それだけをずっと考えていた


「壊すだけなら、拷問でも薬でも足りる。

 反抗心を削り、恐怖で屈服させるか」


低く呟いたその声には

ただの怒りではない感情が渦巻いていた。


「だが、セリスのような女には……それでは、もったいない」


その言葉には、妙な熱を帯びた情念が滲んでいた。

神の声を聞いた彼女が、己の手のひらでひとつずつ変わっていく。

それを見届ける悦びこそが、エルヴァンの嗜虐心を最も満たす。


「祈りを捨て、私の名を神として唱えるようになるまで……

 心を溶かし、塗り替え、刻み込んでいく。

 それが支配というものだ」


静かに嗤うその姿は、まさに狂気の支配者だった。


「……セリス。お前は神に仕える聖女ではない。

 この私が造り変えてやろう」


王宮の奥、重厚な扉が静かに開いた。

そこにひとり立つのは、聖女セリス。


清らかな衣に身を包み、その瞳にはまだ揺るがぬ光があった。

だがその輝きは、王の命によって、今まさに試されようとしていた。


「……セリスよ」


歩み寄るエルヴァンの声は、柔らかくも冷たかった。


「そなたの力が、王都を護った。民の感謝は計り知れぬものだ。

 その功に報い、我が手でさらなる高みへと導こう」


セリスは静かに頭を下げた。


「我が使命が民を守ることならば、なんなりとお申し付けを」


その答えに、エルヴァンは満足げに頷く。


「ならば――この契約を受け入れよ。

 私とそなたを、神の御心で結びつける聖なる儀式だ」


「契約……?」


疑念を抱くセリスに、後方の影から一人の男が進み出る。


異端の神官――シルヴァ。


その手には、青黒く鈍い光を放つ円環の呪具が握られていた。


「安心なされ。これは、あなたの内にある神意を王の御心と調律させるための祝福の印です。これを胸元に宿すことで、あなたはより完全な聖女となる……」


セリスが一歩退いたその瞬間――

シルヴァの指が、鈍く輝く印章を押し当てた。


「――“服従の刻印”、発動」


一瞬、空間が歪んだ。

呪文がセリスの身体を包み、胸元に青白い輝きが刻まれていく。


「くっ……!」


胸の奥に、焦げ付くような熱が走る。

セリスの膝が崩れ落ち、必死に息をつく。


「……な……にを……っ」


「心配いりません。これはほんの始まりに過ぎませんから」


シルヴァは嬉々として告げる。

それは“服従の刻印”――心の奥底に、王の声を神の言葉と錯覚させる禁忌の契約。


その場に立ち尽くすセリスの瞳から、わずかに戸惑いが揺れ始めていた。

エルヴァンはそんな彼女に歩み寄り、優しく手を伸ばした。


「さあ……この身も、この祈りも、すべて私に捧げよ。

 それが真なる神意なのだから」


この瞬間から、聖女セリスの堕落の儀式は静かに――だが確実に、始まっていた。

胸元に刻まれた印は微かに熱を放ち、セリスの呼吸は浅くなる。


その肩に、王の手がそっと置かれた。


「……セリス。儀式の続きは、より静かな場所で行おう」


その言葉に、セリスはわずかに身をすくませたが、逆らうことはなかった。

その後ろを、セリスが静かに足取りも定かでなく続いた。


たどり着いたのは、王の私室。

天蓋付きの寝台と、神々しいほどの調度が並ぶ静謐な空間。

エルヴァンは振り返り、優しい声音で告げた。


「安心せよ、セリス。これはそなたを神の導きへと至らせる通過儀礼に過ぎぬ」


セリスはわずかに唇を噛みしめた。

心の奥に、まだ聖女としての誇りと祈りが残っている。


だがその想いを貫こうとするたびに、胸の印が――じわりと痛んだ。


(私は……なにに導かれているの……?)


その疑念すらも、やがて王の意志として心に入り込んでいくのだと、彼女はまだ知らなかった。


エルヴァンはそっと寝台の脇に座り、セリスに手を差し伸べた。

セリスは戸惑いながらも、その手を取った。


静かに、深く、堕ちていく――

その第一歩を、いま、踏み出した。


絹のカーテンがそよぐ中、エルヴァンはセリスを寝台へと導いた。

彼の瞳には冷酷な自信が宿り、セリスの心の最後の支えを奪う計画を胸に秘めていた。セリスは寝台の縁に腰かけ、震える手で聖衣の裾を握りしめた。


「王よ……このような場所で神殿の話を? 何を企んでいるのですか?」


彼女の声には警戒と不安が滲み、信仰心と、恋人カインへの想いが彼女を支える最後の盾だった。


「セリス、落ち着け。神殿のこと、そしてお前の心の重荷について、話したいだけだ」


彼は彼女の隣に腰を下ろし、意図的に距離を詰めた。

セリスは目を伏せ、唇を噛んだ。


「神の声は……いつも通りです。ですが、民の不信や神殿の重圧は、私を試しているのかもしれません。」


彼女の声には、信仰心とカインへの想いが交錯する微かな震えがあった。

エルヴァンはその瞬間を見逃さず、彼女の手を取り、優しく、しかし確実に握った。


「セリス、お前はあまりにも純粋だ。神に仕え、民を導き、そして……カインを待ち続ける。そんな重荷を、一人で背負う必要はない。」


セリスの瞳が揺れ、わずかに顔を上げた。


「カイン……彼は必ず戻ると信じています。彼は騎士として、私を支えてくれる……。」


エルヴァンの唇に冷たい笑みが一瞬浮かんだが、すぐに憂いを装った表情に変わった。


「セリス、カインはもう戻らない。」


彼は意図的に声を低くし、言葉に重みを加えた。


「彼は謎の軍団を率いて、この国に反旗を翻した」


セリスの顔から血の気が引いた。彼女の手がエルヴァンの握りの中で震え、声が途切れがちに漏れた。


「そんな……嘘です。カインはそんな人ではありません! 彼は……彼は私を……。」


エルヴァンは彼女の言葉を遮り、彼女の顎に指を添えて顔を上げさせた。


「セリス、目を覚ませ。カインはもうお前を救えない。神は沈黙し、恋人は裏切り、お前は一人だ。だが、私がここにいる。」


彼の声は優しく、しかし冷酷な刃のように彼女の心を切り裂いた。

セリスの瞳に涙が溢れ、彼女の心は絶望の淵に突き落とされた。


「カイン……そんなはずは……神よ、なぜ……」

彼女の声は嗚咽に変わり、信仰と愛の支えが崩れ去る音が寝室に響いた。


エルヴァンは彼女をそっと抱き寄せた。


「セリス、私に身を委ねれば、すべての痛みから解放される。」


彼の手は彼女の肩を撫で、聖衣の紐をゆっくり解いた。布が滑り落ち、彼女の白い肌が月光に晒される。セリスは抵抗する力を失い、涙を流しながらエルヴァンの腕にすがった。彼女の心は、絶望と孤独に飲み込まれていた。


エルヴァンの唇が彼女の耳元に触れ、囁いた。


「セリス、私に仕えると誓え。心から従うと、口にしろ。」


セリスは涙に溺れ、絶望の中でついにその言葉を口にした。


「王よ……私は、あなたに従います……。」


その瞬間、エルヴァンの唇に冷酷な勝利の笑みが浮かんだ。

聖女の瞳から、静かに光が失われていく。

その変化を見届けたエルヴァンは、満足げに唇を歪めた。


「……これで、完全に我がものだ」


彼の腕はセリスを逃がさぬように絡み、彼女の胸奥に刻まれた神意と忠誠を、己の支配へと塗り替えていく。

寝室には重い沈黙と、圧し殺された嗚咽が漂い、かつて聖女と呼ばれた少女の心は、静かに崩れ去った。



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