第34話:騎士団の罪
王城・謁見の間――
重厚な扉が静かに開かれ、騎士団団長ロイが玉座の前に跪く。
エルヴァン王は冷ややかな視線をその男に向けた。
「ロイ。グラディア帝国が危機に瀕している。屍竜の脅威が国境を蹂躙し、民は怯えている。すでにデルオルスは堕ちた。次に狙われるのはグラディアだ」
ロイは頭を垂れたまま、無言で聞き入っていた。
「王命だ。貴様が率いる騎士団をグラディア帝国へ向かわせ、援軍として参戦せよ」
王は身を乗り出すように、冷酷な口調で続ける。
「我がセレファリア王国の威信を見せよ。あの黒の軍勢に、我らが未だ屈せぬことを教えてやれ」
ロイは静かに顔を上げる。その瞳には、一瞬の逡巡と葛藤があった。
「畏まりました。すぐに準備を整え、出陣いたします」
謁見の間には、重々しい沈黙が漂っていた。
ロイが背を向けて歩き出そうとしたその瞬間、エルヴァンの声が冷たく響いた。
「待て、ロイ。ひとつ……伝えておくべきことがある」
ロイの足が止まる。
「今回、グラディア帝国を狙っている黒の軍勢――それを率いているのは、あの男だ」
ゆっくりと振り返るロイ。その顔には動揺の色が走った。
「……まさか……」
「そうだ。大罪人――カインだ」
玉座の上からエルヴァンは鋭く言い放つ。感情を押し殺した声が、石造りの空間に重く響く。
「裏切り者が、今や国を一つ堕とし、次の標的へと手を伸ばしている。見過ごす理由はない。もはや奴は王国の敵、いや――神の敵だ」
ロイは拳を握りしめた。目を伏せ、言葉を飲み込む。かつて信じ、共に戦場を駆けた男。戦友。盟友。だが――今は。
「……その命、確かに」
エルヴァンは一歩身を乗り出し、苛烈な命令を下す。
「討て。何としてでも、あの男の首を持ち帰れ。民の不安を払拭し、王国の威信を取り戻すのだ。できなければ、お前も同罪と見なす」
ロイは剣に手を添え、無言で跪いた。
「この命に代えても、必ず――」
エルヴァンは微かに口角を上げ、満足げに頷いた。
「よろしい。行け」
重々しい扉が再び開き、ロイは立ち去る。その背に、王の声が最後まで突き刺さる。
謁見の間を出たロイは、石畳の廊下を無言のまま歩いていた。
靴音だけが冷たい空間に反響する。
(カイン……それほどまでに俺たちを憎んでいるのか)
その名を心の中で呼ぶたび、胸の奥に刺さったままの罪が疼いた。
かつて、背中を預け合った戦友。戦場で幾度となく死線を越えた信頼。
あの日までは、確かに王国の未来を共に信じていたはずだった。
(……俺が裏切った。あんたじゃない。裏切ったのは俺の方だ)
罪を背負ったのは自分だと、ロイは誰よりも知っていた。
王命には逆らえなかった。それが正しい判断だと、幾度となく自分に言い聞かせてきた。
(あんたは奪われたんだ。全てを。地位も、名誉も、信頼も、そして……セリスも)
それに自分も加担していたことを、ロイは忘れたことがなかった。
壁にもたれ、ひとつ、深く息を吐く。
「それでも、俺は……騎士だ」
口にしたその言葉が、どれだけ虚ろか、彼自身が一番理解していた。
カインと剣を交える日が来る。それを願ったことはない。
だが、今やあの男は敵として王から名指しされた。
(もし、あんたが……この国を滅ぼすというのなら)
喉奥まで出かけた言葉を、ロイは呑み込んだ。
彼は立ち上がり、静かに歩き出す。
その背には、忠義と罪、そして許されぬ罪が絡みついていた。
王命を受けたロイは、騎士団本営の集会場に姿を現した。
整然と並ぶ騎士たちが一斉に彼へと視線を向ける。
その中央に立ち、ロイは静かに口を開いた。
「……王命により、我らはグラディア帝国へ向かう。
目的はただ一つ。黒の軍勢を討ち、国境を防衛すること」
ざわめきが起こる。
その中には動揺も、苛立ちも、そして――疑念も混じっていた。
「敵を率いているのは……カインだ」
その名を口にした瞬間、空気がぴたりと凍りつく。
最前列に立つ若き剣士、ミリアムが思わず叫んだ。
「……カイン隊長が、本当に敵なんですか……!?」
その言葉に、ロイは目を伏せた。
「今、彼は王国に仇なす存在とされた。
我らは騎士団として、それに従わねばならない」
「でも……っ」ミリアムの声が震える。
「あの人がどれだけこの国を……私たちを……!」
その肩に、騎士フィリアが手を置いた。
「……ミリアム。気持ちはわかる。私も同じよ」
フィリアの目は、どこか遠くを見ていた。
「でもあの時、私たちは選んでしまった。真実より……生き残ることを」
ミリアムは俯き、唇を噛んだ。
ロイはそんな二人を見て、僅かに声を落とした。
「……俺も、あの日、カインを見捨てた。
その罪が今、こうして俺たちを試しているのかもしれない」
沈黙が落ちる。
やがて、ロイは剣の柄に手をかけ、鋭く言い放った。
「だが俺たちは騎士だ。使命を果たさねばならない。
この剣が届かなくとも、俺は進む」
その言葉に、フィリアが静かに頷き、ミリアムもまた立ち上がる。
「……行きます。カイン隊長が、本当に敵なのか――
この目で、確かめるためにも」
ロイはその覚悟に一瞬だけ表情を緩めた。そして言った。
「行くぞ、騎士団。グラディア帝国で黒の軍団を殲滅する」




