第20話:王の欲は膨れ上がる
玉座の間から、遥か天を見上げると――
王都全域を包む神聖なる光が、空に揺らめいていた。
淡く、そして圧倒的な威圧感を放ちながら、
“神の意志”が視えるかのように広がる結界。
「……これが、聖女セリスの力か」
エルヴァンは静かに呟いた。
その声には称賛と同時に興奮が混ざっていた。これほどの力のある者を
自分が従えているのだという。
「人の身でありながら、天の領域に達する存在……」
王の手元にいた神官は沈黙し
軽々しく言葉を挟まなかった。
エルヴァンは椅子から立ち上がり、歩みながらつぶやく。
「聖女――セリス。その力を私は掌握した。
ただの王としてではない、世界を統べる支配者として、な」
エルヴァンは杯を傾け、愉悦に浸るように続けた。
「この神の加護をもってすれば、周辺国など容易く封じ込められよう。
あの結界の力ひとつで、他国の戦術は無力化する……」
しかし、ふと視線を遠くにやり、わずかに渋い表情を見せる。
「だが――惜しいことに、あの力は“護り”に偏りすぎている。
もし、同等の“攻め”の力を持つ存在が現れれば……私が王国は真に無敵となる」
そこに、神官がひざまずき、そっと囁いた。
「……王よ。聖女だけが“神に選ばれる”わけではありませぬ」
エルヴァンが目を細める。
「ほう?」
「この世には、“神託に触れる者”が複数存在します。
彼らは“聖女”のような明確な役割を持たぬが、
神意の欠片を宿し、“異能”とも呼べる力を授かることがある」
「ではなぜ、これまでそのような存在が報告されていない?」
「多くは、目立たぬまま生涯を終えます。
“気づかれぬまま使われ”、あるいは恐れられ殺されることもございます……」
エルヴァンの手が杯を揺らす。赤い液体が静かに揺れた。
「……その中に、私にとって“使える者”はいるのか?」
「可能性はあります。
例えば、かつて“奇跡を起こした娘”や、“祈らずに神声を聞いた少年”の記録が残っております。 王国の外には、まだ“拾われぬ神の駒”が潜んでいるでしょう」
この神官の名は、シルヴァ。
かつて禁術の研究に没頭し、異端として断罪され、王国の地下牢に幽閉された男だった。
だがエルヴァンは、その“常軌を逸した探究心”をむしろ気に入り、表向きの罪を帳消しにして自らの側へ引き入れた。
神官でありながら、裏の任務にも一切の躊躇を見せない。
信仰よりも知識と欲望を重んじるシルヴァは、王にとって実に使い勝手の良い“異端の道具”だった。エルヴァンは低く問いかける。
「……ところで聖女を、より完全に王に従わせる手段があると聞いたが」
王の低い声が響くと、ヴォルテは静かに目を細め、口元に妖しい笑みを浮かべた。
「……ふふ、王よ。ついに、その扉を叩かれるか」
その声音はまるで獲物が罠にかかった瞬間を楽しむかのようだった。
「術は存在します。正確には、“神意と人意の境を薄める儀式”――
聖女が“神の声”と区別できぬほど、あなたの命令を神託のように受け入れるようになるものです」
エルヴァンはわずかに眉を動かした。
「それは……洗脳か?」
「いえ、王の御心こそが“神意”となるのです。
聖女の魂がそれを信じて疑わなくなるまで心を調律する」
「方法は?」
「聖女の心に“服従の刻印”を刻むのです。
神の代弁者であるあなたが、神の座の半分を奪う行為ともいえる……
ゆえに、正規の神官には決して許されぬ、禁じられた秘儀」
エルヴァンは無言のまま杯を口に運び、紅い液体をひと口だけ喉に流した。
「……面白い。話せ」
「はい、彼女は聖女とはいえ、肉体自体は普通の人間であり、感情と肉体の衝動に抗えぬ弱さも持ちます。彼女を精神的に追い詰め、自ら心から『王に従う』と口にさせるのです。」
「そんな事でいいのか?」
「はい。ただし、儀式の成否は彼女の精神に大きく左右されます」
エルヴァンはその言葉を聞くと、静かに目を細め、玉座の肘掛けを指でなぞる。
そして、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ふふ……ならば、壊してやればいいだけの話だ。
彼女の心を塗りつぶし、祈りも希望も私の名に変えさせる――
その口が“従います”と自ら告げるまで、何度でも抱き締めてやろう。
抵抗すら、私に跪く悦びに変えてやるさ」
エルヴァンはゆっくりとシルヴァを見下ろす。
「――シルヴァ。貴様の知識と異端の術に期待している。
お前は“神に選ばれた者”を見分ける術、感じ取る手段を何でもいい。探せ。例えそれが神の禁忌を踏み越える行為であろうとも」
沈黙ののち、シルヴァは微かに笑みを浮かべた。
「……かしこまりました、王よ。
“神意の残滓”を感知する呪具の構築、あるいは“選定の記録”に記された血脈の解析……方法はいくつかございます。 ただし……代償もまた、それ相応のものとなりましょう」
「構わぬ。神を超えるとはそういうことだ。
見つけ出せ。地の果てにいようと、王の影からは逃れられぬと教えてやれ」




