第19話:封じられた仲間集め
魔術陣の端に――アリアが立っていた。
彼女の周囲には空間の痕跡が微かに軋んでいる。
「……確認したわ。セレファリア王国全域に、聖女の結界が張られている」
「転移、瞬間移動、空間干渉……すべて封じられているわ」
カインは沈黙のまま、地図を見つめた。
「つまり、これ以上、王都から転移で人材を連れてくることは出来ないという事か」
アリアが小さく頷く。
「それどこから、すでに“粛清”されている可能性もあるわ。
王が本気で“抵抗の芽”を潰しにかかってる。
残っている者たちも、今や“見えない牢”の中よ」
カインは拳を静かに握りしめた。
「……ならば、もう王都からの人材集めは不可能だな」
彼の声は低く、冷たい決意を帯びていた。
「俺たちは外から王国を崩すしかない」
地図の縁に手を置く。そこには王国に隣接する独立国、
そして属領を離反しつつある街々の名が記されていた。
「この結界は強力だが、あくまでセレファリア王国のみだ。いくら聖女の力でもこれ以上拡大することは不可能なはずだ」
アリアはしばし沈黙したあと、問う。
「外の国の人間には恨みはないないのでしょう?
無関係の人達も巻き込むことになるわよ」
カインは、短くしかし確かに頷いた。
「……俺が救いたいのは、世界そのものだ」
「俺は神を信じない。一国の暴虐を見過ごす神など、存在する価値はない。
俺が戦うのは王じゃない。“神を騙る力”そのものだ。」
沈黙が流れる。
アリアは瞳を伏せ、静かにひとつ息をついた。
やがて、低く押し殺した声で問いかける。
「……あなたが神を憎んでいるのは、聖女のことが理由なの?」
カインはその言葉に応じることなく、しばし黙していた。
視線を落とし、胸の奥を掘り返すように、静かに言葉を探す。
「……あの日、処刑台に立たされた俺の前にいたのは、
かつて共に歩んだ仲間たち。そして――セリスだった」
「彼女は何も言わなかった。あの暴虐の王の横で。
ただ、あの神の光をまとって、俺に背を向けた」
アリアが目を細めた。
「聖女を憎んでいるの?」
「違う。セリスを憎んでいるわけじゃない」
カインの声は、怒りよりも哀しみに染まっていた。
「彼女は、ただ神の代弁者を名乗る王の命令に従ったに過ぎない。
だが、“神の意志”も、それを受け取る者が歪んでいれば、ただの暴力に成り下がる。
聖女が王の手に堕ちたあの日、すべてが――跡形もなく踏み潰されたんだ。」
過去の記憶が胸を引き裂く。
彼女は王の前に引き出され、
そして――誇りも心も、ゆっくりと壊されていった。
カインは呻くように、血の味を噛み締めながら続けた。
「セリスは……俺にとって、生きる意味だった。
あの澄んだ瞳も、優しい声も……すべて、王の歪んだ欲望に穢されたんだ」
彼は拳を血がにじむほど握りこんだ。
「セリスも……騎士団のみんなも……
あの歪んだ王のせいで、すべてが壊されたんだ」
「俺は信じていた……誓いも、理想も、仲間も……
なのに王は、それを弄び、踏みにじった。まるで、玩具のように」
彼の拳が再び強く握られる。血が滲み、床に落ちる音さえ、静寂の中で重く響いた。
「俺は奴を許せない。
人の意思より、信仰が重くのしかかる世界も――
祈った者より、祈らせた者が正義を語るこの構造を、絶対に許さない」
アリアがそっと見つめる。彼の言葉に、どこか共鳴するような瞳で。
カインの指先が地図の上をなぞる。王都を取り囲むように広がる自治都市群、辺境の集落、そして信仰に疲れた民たちの領域。
「セレファリア王国が駄目なら別の場所から同士を迎え入れるまでだ」
「他国まで巻き込むつもりなの?それって、ただの復讐じゃ済まなくなるわよ」
「巻き込むんじゃない。導くんだ。
同じ痛みを知る者たちと手を取り合う。それが、俺たちの戦いの始まりだ」
アリアが黙ってカインを見つめていた。
その瞳は、過去の痛みに触れた者だけが持つ、深い共鳴の色を帯びていた。
「王都の外側に住まう者たちが、清浄だと誰が決めた?
見逃せば、いずれ王の毒に染まる」
カインはゆっくりと視線を前に向ける。
その声は低く、だが確かな決意を宿していた。
「苦しんでいるのは、王都の中だけじゃない。
この体制に踏みつけられ、声を上げることすら許されずに生きている者が、きっと他にもいる」
彼は地図の上に手を伸ばし、辺境の地に指を置いた。
「俺は探す。王の支配に膝を屈していない者たちを――
神を信じずとも、腐った秩序に抗おうとする者たちを」
カインが地図を睨みながら、拠点拡大の方針を口にしていたその時だった。
沈黙を守っていた男――かつて神殿に仕えていた元神官・レクスが、低い声で口を開いた。
「……一つ、心当たりがあります」
カインがその声を聞いてレクスに顔を向ける。
「王国の南、砂岩の谷に――『天罰の監獄』と呼ばれる隔離施設が存在します」
「天罰の監獄……?」
――そして物語は、次なる戦場へと歩み出す。




