第21話:天罰の監獄
――天罰の監獄
カインの眉がわずかに動く。
「……その名は、聞いたことがない。そんな施設があったのか?」
レクスは頷く。だが、その表情は慎重そのものだった。
「はい。公には存在しない場所です。記録も抹消され、地図にも載っていない。かつて神殿の一部でも、その存在を知る者は限られていました」
「なぜ、お前がそれを知っている?」
「私が仕えていた頃――上層部の神官たちが異端処理の報告を密かに交わしているのを聞いたのです。王の意に逆らった者、神の加護を拒んだ者……“処理不能”とされた者たちは、皆その監獄へ送られたと」
沈黙が落ちた。
地図には載らない“監獄”――その言葉は、カインの胸に重くのしかかる。
「……なら、そいつらを解き放つ」
カインがゆっくりと立ち上がる。
「今この国を支配する者たちは、己に逆らう者を“存在ごと葬り去ってきた。だが――俺はその“存在”にこそ、望みを託す」
「……だが、“天罰の監獄”は容易な標的ではありません」
レクスの声には、恐れと警告が滲んでいた。
カインは立ち止まり、振り返る。
「“天罰の監獄”を守っているのはセレファリア王国だけではありません。周辺四カ国が共同して封印連盟を結成し、監獄の周囲に聖印の結界と、常駐の監視部隊を配置しています」
「……それを襲えば、五国すべてを敵に回すことになります。つまり――“世界を敵に回す”ということです」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
だが――カインは、笑った。
静かに、ゆっくりと。
やがて、それは喉の奥で燻るような低い笑い声となって漏れ出す。
「……世界、ね」
カインは地図の上の“禁域”に指を滑らせると、ぽつりと呟いた。
「だったら、ますます行く価値があるな」
アリアが小さく目を細めた。
「……ふふ、貴方って本当に、壊れてるわ」
「壊れてるのは、先に向こうのほうだ」
カインは背を向け、廊下の奥へと歩き出す。そして、足を止めずに言い放つ。
「ここで留まってるだけでは、集った同士たちの力も把握できん」
黒のマントが翻る。
「――いい機会だ。俺たちの力が、どこまで通用するのか。試してやる。レクス監獄の防備がどの程度かわかるか」
「今も各国の将軍たちが見張りを続けています。だが……その実態は、誰も本気で侵入など想定していません」
カインは黙ってその言葉を聞き、目を伏せて小さく笑った。
「つまり、誰も襲われるとは思っていないんだな」
「はい。長年、敵の影ひとつ現れなかった監獄です。今では各国とも、守るというより放っている状態。任にあたる将軍たちも、半ば左遷か、実力者の冷遇先として送られた者ばかり。結界や自動防衛の保守こそされているものの、人的防衛は形骸化しています」
「……なるほど。皮肉な話だな。最も危険な場所が、最も無防備とは」
レクスは静かに目を伏せる。
「ですが、一度でも手を出せば――その“無関心”は激変します。監獄が襲撃されたとなれば、各国は即座に動き、貴方を“敵”として認識する。世界そのものが、貴方を排除しに来るでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、カインは――笑った。
低く、喉の奥から湧き上がるような笑いだった。
「世界が敵か……それでいい」
レクスは言葉を選ぶように、ゆっくりと語った。
「……かつて、私は神殿でこの監獄の存在理由を問いただしたことがあります。なぜ、異端者をただ処刑せず、わざわざ生かして閉じ込めておくのかと」
カインは視線を逸らさずに聞いている。
「答えは――“見せしめ”でした。神に従わぬ者、王に刃向かう者は、こうなるのだと。“外に存在する恐怖”を、秩序を保つための道具として温存したのです」
レクスの声は震えていた。
「彼らは悪ではなかった。むしろ、力を持ち、意志を持ち、抗う術を知っていた者たちです。だからこそ葬られた。王にも、世界にも拒まれ、“悪”の烙印を押されて」
しばらくの沈黙。
やがて、カインはぽつりと呟いた。
「……なるほどな」
その声は静かだったが、底知れぬ怒りと哀しみが宿っていた。
「悪とされたのは、ただ声を上げた者たちだった。そして今もその声が、檻の奥で潰され続けている」
カインは立ち上がり、地図の南を指先でなぞる。
「ならば――壊すしかない」
アリアが微かに目を見開く。
「本気なのね。“世界そのもの”に喧嘩を売るつもり?」
インは笑った。だがその笑みには、狂気だけでなく、確かな“救い”があった。
「この世界の秩序が、声なき者たちの血と痛みに支えられているというなら――そんな秩序など、俺が叩き潰してやる」
彼の宣言は、静かながらも圧倒的だった。
レクスは震える指で胸元の古びた護符を握りしめる。
「……願わくば、貴方がその扉を開く者でありますように」
カインはその言葉には答えず、ただ静かに言った。
「用意しろ。出るぞ。『天罰の監獄』を――“解放”する」
その日、世界が最も恐れた禁忌が、初めて揺らぎ始めた。
そして、真の“悪”が、誰なのかが問われる戦いが始まる。




