第16話:消えた反逆者たち
王都──玉座の間。
豪奢な装飾と冷たい沈黙の中、報告を終えた老臣は震える手で書簡を差し出した。
「……報告によれば、かつて追放・粛清された者たちが、今や各地で姿を消しております。監獄の牢からも影も形もなく消えた者も……いずれも、所在不明とのことです」
エルヴァン王の指は、玉座の肘掛けをゆっくりと叩いた。
重苦しい空気が玉座の間を覆う。
「それは、同時期に起きたことか?」
「……はい。ほぼ同日、各地にて」
「ふむ……。偶然とは思えんな。ならば誰かが集めている」
「そのように推察いたします」
王はわずかに笑う。だがその笑みは冷たく、硝子のように薄く脆い。
「……面白い。今になってと切り捨てたゴミどもが、一斉に姿を消すとはな」
「陛下……いかがなさいますか」
「調査を始めろ。王国騎士団に命じる。王都への反乱の動きがある調査せよとな!」
鋭く声が飛ぶ。
「行方不明者全員の経路と失踪直前の記録を洗い出せ。接触した人物、見聞きした者、すべて報告させろ」
「はっ!」
エルヴァンの視線は、誰もいない空間を見つめていた。
「……この国に逆らう者は誰であろうと容赦せん。誰の仕業かしらんが炙り出してやる」
その眼には、ただならぬ予感が滲んでいた。
王都・騎士団本部 戦略会議室
重厚な扉が軋む音と共に閉ざされると、石造りの広間に沈黙が満ちた。
ガレスが先に口を開く。
「……本当に、すべて“同時”にか?」
卓上には各地の失踪報告がずらりと並び、異様な一致が赤線で結ばれていた。
「はい。流刑島、中央監牢……。いずれも、反逆者、異端者、廃棄された元兵士などが姿を消しています」
そう答えたのは情報担当のゼクス
彼の表情はいつものように冷静で、何ひとつ動揺を見せていない。だが、その内心には焦りがあった。
(――まさかカインが? ……いや、そんなわけがないか。今回の事はただの騎士にできることではない……)
その疑念を飲み込んだまま、ゼクスは報告を続ける。
「目撃情報は一件のみ。高位の転移術の発動を確認した――常識では考えられない」
「彼らはどこかに集められた?」
そう答えたのは、親衛隊の若き剣士、ミリアム
だが、その言葉の硬さの裏に、微かな震えがあることを、隣に座るフィリアは見逃さなかった。
(……ミリアム、お前も気づいているんだな)
フィリアは拳を握った。
(あの“消えた者たち”の中には、かつて共に戦った者もいた。まさか投獄されていたとは……この国は一体どこまで腐っているのか)
沈黙のなか、重い声が響く。
「ならば、どうする」
部屋の端から歩み寄ってきたのは、王命を預かる副団長――ロイ。
彼の表情には苦悩の影が色濃く滲んでいる。
「報告を受けた陛下は、これを“国家に対する明確な挑戦”と見做しておられる」
「つまり……?」
「命令は一つ。“首謀者の特定と排除”」
ガレスが頷く。
「必要とあらば、騎士団全体を動かす覚悟ということだな」
再び沈黙。だが今度は違った。
空気には確かな緊張、そして“何か”の胎動があった。
ミリアムが口を開く。
「……敵は、我々の知らぬところで、すでに“軍”を形成しているのでは?」
その言葉に、ゼクスの眉が一瞬だけ動いた。
ロイは目を伏せながら言った。
「……そうだとすれば、これは“戦争”の始まりだ」
会議室の灯が、静かに揺れた。
王城・黒の間──
玉座の裏手、謁見にも記録にも残らぬ“密談の間”。
重々しい扉を開けたゼクスは、躊躇なく歩を進めた。蝋燭の炎が揺れる中、そこには王・エルヴァンが一人、杯を手にしていた。
「来たか、ゼクス」
「はっ。騎士団会議は、予定通り終了しました」
エルヴァンはわずかに微笑む。
「……皆、動揺しているようだな」
「無理もありません。粛清済みの者たちが、一斉に消えるなど常識では説明できません」
王は杯を置き、鋭い視線をゼクスへ向ける。
「ゼクス。お前は知っているな。表の顔ではなく、裏の“秩序”を維持する役目を」
「心得ております、陛下。ゆえに、騎士団内の“疑わしき芽”も洗い出しております」
「副団長のロイはどうだ?」
「未だ揺らいでいますが、あの男は裏切りません。愚直なまでの騎士ですので」
エルヴァンが再び口を開く。
「では、副団長ロイを騎士団の団長に任命する。全力を持って今回の件を調査する伝えろ」
「はっ」
ゼクスが報告を終えようとしたその時、エルヴァンはふいに視線を逸らし、静かに呟いた。
「……まさかな」
「……陛下?」
「まさかカインの仕業という訳ではあるまいな?」
ゼクスは沈黙した。
数秒の後、彼は僅かに口元を歪め、答えた。
「……ありえません。奴にこんな超常的な力はありません」
「確かに奴には“転送術”など使えはしない。剣と筋力で成り上がった、ただの武骨者だ」
「……では、何故カインの仕業などと?」
エルヴァンは一歩、玉座の階段を降り杯を机に置いた。
「だがな――処刑当日。奴の転送させた者がいたのも事実」
エルヴァンの目が細くなる。
「もしもあのとき……“奴を助けた何者か”がカインに協力しているのであれば――今回の失踪劇も不可能ではない」
そして王は、ふたたび杯を持ち上げ、紅い液体を揺らしながら言った。
「探れ。消えた者達の動きを。どこかに拠点を作っているのであれば必ず動きがあるはずだ」
「……承知しました。」
ゼクスは、深く一礼し騎士団へと戻って行った。




