青の呪い 12
拝啓 アルティリア様
突然、お手紙をお出ししてしまい、申し訳御座いません。勝手ながら、殿下がレイフィットにご到着される前に、お知らせした方が宜しいかと判断し、筆を取りました。
先日、我がボルドー家が経営しているカフェに、ある方が来店されました。交流会でお見掛けした、その方は複数のご令嬢とご一緒でした。ご令嬢達は学園に通われていない下位貴族のようです。
そのお客様方の話題の一つはアルティリア様でした。ご令嬢達は、第三皇女殿下が夏の間は所領に滞在される事、またレイフィットの森には精霊の言い伝えがあるなどお話されており、同行されている、その方は非常に熱心に聞いていらっしゃいました。
皇族の方々が夏の間、他の貴族と同様に領地でお過ごしする事は、平民でも知っていますし、ただのお喋りの種だったと思います。しかし何故か胸騒ぎがしております。心配し過ぎかもしれませんが、予期せぬ事がないとも言い切れません。
取り越し苦労であれば、夏季休暇明けに、ケイトを笑ってやって頂ければ幸いで御座います。
ケイト・ブラドー
***
レイフィットへ向かう途中。毎年、宿泊している宿にて、その手紙を受け取った。夕方に到着したアルティリアは夕食の準備が整うまでの間に、ケイトからの手紙を開封した。
ここはエンジュリーの生家オーガスタス伯爵家の寄り子である男爵家が経営している老舗の宿で、前皇帝も滞在していた事がある。おそらく、ケイトはエンジュリーを通じて、宿に手紙が届くよう手配したのだろう。そこまでするのは、ある程度、信憑性の高い情報を掴んでいるからだと推測出来る。
「大袈裟ではないのでしょうね」
交流会で出会った要注意人物など一人しかいない。
「ウォルト」
アルティリアが親衛隊長を見上げると、ウォルト・ナイトレイは肩をすくめる。
「ネファリオ王子は皇都から出発しています」
「行先はもしかして?」
「ご推測の通り、精霊伝説が残るアルティリア様の所領レイフィットです」
ウォルトが探らせていた情報では、ネファリオ王子は裕福な平民向けの商店で買物中、店員と親しくなった。そのような店では、お忍びでやってきた貴族の対応を任せられるよう、経営者の親族が従業員として立つ場合もある。ネファリオ王子は立ち寄った店では、娘である男爵令嬢が彼らをもてなし意気投合。ルヴァランは初めてだと言う王子のために、令嬢は皇都案内を買って出る。しかし、たとえ相手が王族と言えど、未婚の娘をたった一人で送りだすのは以ての外だと、親族の者達も数名一緒に連れて行ったという。
「そこで、お嬢さん方から、レイフィットの森に精霊が住むという言い伝えを聞き、キアンヒュドリオンの呪いを解く手がかりになるのではないかと考えたそうです」
レイフィットはただの田舎であったが、皇女の所領となった事で注目を集め始めた。それに伴い森の精霊の伝承も知られてゆく。ただし、あくまで夢物語としてだ。実際に精霊が存在しているのだとは思われてはいない。
だが実は、精霊の正体はアルティリアの師である翠の魔女だ。
魔女に呪われた国の王子が、魔女を求めてレイフィットを訪れるなど。
「心配しかないわ」
翠の魔女は争いを好む人物ではない。だが、敵と判断した者に容赦はしない。万が一、ネファリオ王子が翠の魔女と出会ってしまったら?
成人した王族とは思えない程、迂闊なネファリオ王子は翠の魔女の怒りを買ってしまうのではないか?
渦巻く不安にどう対処すれば良いのか悩んでいると、ウォルトが予想外な言葉を続けた。
「アルティリア様。ネファリオ王子は奇跡的に問題解決の糸口に近付いておりますが、本来の目的は貴女です」
思わず見返してしまう。
「何故、わたくしなの?」
キアンヒュドリオンやネファリオ王子に機密が漏れているなどとは考えられない。
「端的に言ってしまえば“逆玉”です」
「ぎゃくたま?」
何かの比喩だろうか?玉をひっくり返しても形に変化はない。無意味な行為を意味しているのか?
アルティリアが理解出来ていない事に気付いたウォルトは、少し微笑むと詳しく説明してくれた。
「失礼しました。彼らは姫君との婚姻を望んでいるようです」
「え?わたくしと?」
あまりに飛躍し過ぎで突拍子もないが、アルティリアが嫁入りするのならば、小国キアンヒュドリオンの国家予算を越える持参金やレイフィットを始めとした化粧領を得られる。逆にネファリオ王子が婿入りするとしても支度金だけでなく、災害状況を顧みて、継続的な支援も受ける事が可能になるかもしれない。
「アルティリア様、俺が消してきましょうか?」
自分の困惑が伝わってしまったのか、レオンハートが物騒な冗談を言い始めた。ロゼッタまで「それが1番手っ取り早いか、私も行こう」などと言う。
「もう。2人とも、ちっとも面白くないわよ」
でも、少し笑ってしまった。だって、レオンハートもロゼッタも真剣な顔をしているのだ。けれど、解呪ではなく縁談が目的なら単純な話だ。
「ちょっと、ホッとしたわ」
「お待ちください、まさか婚姻を受け入れるんですか?」
そう言うと、レオンハートが慌てた様子で尋ねる。
「皇女としてのわたくしが目当てなら、相応しい対応をするだけよ」
魔女としては半人前どころか赤ん坊だという自覚はある。だが皇族としての振る舞いならば、半人前程度には辿り着いているはずだ。
「レネ、領主館に連絡を取って欲しいの」
代官のマーカスなら大丈夫だとは思うが念のためだ。
「お客様の予定はないの。もし、誰かが訪ねて来ても受け入れる必要はないわ」
「かしこまりました」
皇都から出発したのはアルティリアが早かったが、急いで向かってはいないので、経路によっては、ネファリオ王子が先にレイフィットに到着しているだろう。第二の我が家で、彼らに迎えられるなんて御免こうむりたい。慈悲の君は独特な行動を取る青年だ。警戒しておくに越した事はない。
「お会いになるつもりはないんですね?」
「ええ、正式なご挨拶も交わしていない方に訪問されても困るもの」
どこかホッとした様なレオンハートの質問に答えた。それにレイフィットなら学園の様に国内外の王侯貴族の目はない。少々皇女が厳しく対応しても、キアンヒュドリオンの立場を大きく追い込む事なく内々に収められる。
アルティリアの言葉を聞いて、レネとロゼッタも軽口を言い合い始めた。
「もし、奴らが現れたらギタギタにしてやりましょう」
「森に埋めてしまえばいいんじゃないか」
「いけません、ハリス卿。殿下のお師匠様の森が汚れます」
「そうか、では燃やしましょう」
この二人の冗談も攻撃的なのだ。
「ロゼもレネも過激ね」
アルティリアが言うと、レネとロゼッタも悪戯っ子みたいな笑顔を向ける。
「本気です」
「本気ですわ」
本気と書いてマジと読みますね。




