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青の呪い 11

 交流会から数日、アルティリアは自室に閉じこもることが増えた。


「しばらく一人にして欲しいの」


 姫君の部屋の扉の前では一匹の小猿と、一人の騎士が所在なさげに立ち尽くしていた。


 アルティリアの愛猿リーフと護衛騎士レオンハートだ。正確にはリーフはレオンハートの腕にしがみ付いた状態なので、立ち尽くしているのは護衛騎士のみ。


「心配なのは分かるが、入ったら駄目だぞ」

「分かってます」


 落ち着きのない部下に向かってナイトレイが忠告した。


「隊長、リーフだけなら良いのでは?」

 

 ロゼッタは子猿の小さな頭を撫でる。このオチビさんならお姫様を励ましてくれるのではないだろうか。


「リーフは俺から離れませんので、必然的に俺も行かねばなりませんね……あ、こら!」


 子猿はレオンハートの腕から降りると、隣の部屋の扉の前にピョンと跳ねる。


「開けて欲しいの?」


 待機していたレネが、隙間が空く程度に扉を引くとリーフはスルリと中に入って行く。その部屋はアルティリアの寝室だ。そこからならばバルコニーを伝って、姫君が一人で過ごしている居間に入れるだろう。


「抜け駆けされた……」

「お前は愛玩動物(ペット)か」


 取り残された忠犬レオンハートにロゼッタは胡乱な視線を向ける。


 その日の夕刻、ナイトレイは部下達を詰所に集めた。


「キアンヒュドリオン一行についてだが」


 ネファリオ王子の行動は予想外過ぎた。祖国のために外交に携わってきたとは、到底思えず、さらに調査したところ、ネファリオ王子は12歳の頃から他国で過ごしていた事は間違いないが、貴族家で賓客として扱われていたという。


「つまり、視察で訪問した国で知り合った貴族家に居候し続けていたと?」

「ああ、そんなものは外交ではないな」


 レオンハートの言葉にナイトレイは頷く。


 王侯貴族であっても12歳という年齢ならば、まだ教育が必要だ。10代前半の頃から外交に関わってきたフェルディナンドと同様に考えてはいけない。第二皇子は幼少の頃から、語学や他国の文化に興味を持ち、10歳頃には複数の外国語で国際情勢の議論を教育者と交わしていたのだ。そのフェルディナンドでさえ、学園卒業まで様々な教育者に師事し、学ぶ事を止めなかった。


 ナイトレイから見てネファリオ王子は勤勉家とは思えなかった。彼にとって、勉強もせず、裕福な貴族家で客人として、もてなされて暮らす日々は、さぞや愉快であっただろう。ネファリオを招いた貴族達は他国の王族を滞在させたという実績に加え、懐が痛まない程度にキアンヒュドリオンに援助金を送り、慈善家としての名声を高める。その共生とも言える関係は双方にとっては悪いものではなかった。


 だが、ネファリオが成人を迎えた頃から綻びが見え始める。王子は美しく成長したが、中身は甘やかされた子供のままだ。騙し続けるのは簡単だが、たとえ婚姻して子を成し、キアンヒュドリオン王家の血と王位継承権を得たとして何の得があるのか。それどころか貧困国への支援という義務を背負わねばならない。

 

「何故、周囲は強制的にでも帰国させなかったのでしょう?」


 ロゼッタが疑問を口にすると、ナイトレイは嘲笑うかのように言い捨てた。


「王子の側仕え達も一緒に良い思いをしてきたんだろう」


 兄である王太子からは度々、帰国するよう文が届いていたが、ネファリオは理由を付けてキアンヒュドリオンに戻る事はなかった。それを王子の希望だと言って、侍従や騎士達は連れ帰る事なく他国への滞在を許し続ける。


「“外交”だ、“悲劇の王子”だ、“慈愛の君”だ、などというのも体裁を取り繕っただけだ」


 見方を変えればネファリオ王子も周囲の人間に恵まれなかった被害者と言えなくもないが、彼はとうに成人した王族だ。責任は本人にある。


「だが、奴らは本気でそれが愛国心だと思い込んでいるようだ」


 主人も祖国もそして己までも欺き続け、次の寄生先を皇国の星に定めた身の程知らず。


「相手にする価値もないが……」

「魔女の呪い」

「そうだ」


 ナイトレイはレオンハートの言葉に同意する。現在、魔女の呪いは高位の術者でも完全に解呪する事は困難だ。その呪いを解ける可能性を持つのは、呪いをかけた本人か、別の魔女、もしくは聖女。


「ネファリオ王子は運が強い御仁だな」


 彼らが皇女の力を把握しているとは思えないが、アルティリアならばキアンヒュドリオンを救える可能性がある。偶然にも、限りなく正解に近い存在へと辿り着いた。


「万が一にでも機密が漏れたら、奴らもなりふり構わないだろう。気を抜くな」


 ルヴァランの空で輝く星アルティリア第三皇女。私欲に塗れた人間が触れて良い存在ではない。


***


 侍女も騎士もいない部屋の中、アルティリアはカウチに沈み込んでクッションを抱えていた。


 せっかくのテティスとの再会にも関わらず、上手く立ち回る事が出来なかった。久しぶりに会った友人は、アルティリアの精一杯の行動を理解して、感謝の気持ちを伝えてくれたのだが、気持ちは晴れない。


 名乗りもせず、突如、助けを求めた王子。無礼な振る舞いだが、名乗ってしまったのなら、事態はもっと不味いものになったであろう。今回の一件は常識に疎い留学が失敗した程度に収められたはずだ。


 レネは「叱り付けてやっても良かったのですよ」と言ってはいたけれど、度重なる災害で困窮している国をさらに苦しめる事はアルティリアには選択出来なかった。


 コツコツとした音が聞こえたので見ると、水槽の中でヘラクレスオオカブトのクーちゃんが硝子を角でつついている。


「滅んでしまえばいいとは思えないのよ」


 そう、キアンヒュドリオンや、その民が苦しめば良いなどとは考えられない。


「どうしたら、良いのかしら」


 魔女に呪われた国、キアンヒュドリオン。アルティリアは自分は関わるべきではないと考えていた。


 しかし皇女という立場を取り去った時、アルティリアは魔女弟子という秘密の肩書が存在する。キアンヒュドリオンの受けた呪いがどのような物かは分からないが、打てる手はあるかもしれない。


 自分が動けば助けられる命が存在する。何もしないという事は見捨てるに等しい。


 かつて、キアンヒュドリオンは魔女の怒りを買ったのだろう。しかし、その当事者はすでに存在しないはず。祖先の罪を罪なき民が背負うべきものなのだろうか。

 

「わたくしは魔女様に交渉くらいは出来るわ。だけど……」


 その時、部屋のカーテンが風で揺れた。バルコニーに目をやればリーフが部屋の中を覗いている。


「あら、いらっしゃい。リーフ」


 小猿は部屋に入るとアルティリアが抱く、クッションへ飛び乗った。


「心配して来てくれたの?ありがとう」

「キィ」


 ふわふわの毛並みを撫でる。


「皇族としても魔女としても半人前ね、わたくし。すべき事が分からないの」


 フェルディナンドはアルティリアと同じくらいの年齢の頃には、外交の一端を担っていた。その傍で自分の領地の経営、妹の領地の立て直しに協力して来たのだ。


「やっぱりお兄様は溺愛王子様ね」


 アルティリアの中では、仕事が出来、かつ他者を甘やかす余裕を持った男は溺愛王子という図式が成り立っている。


 しかし、いつまでも落ち込んではいられない。夏季休暇に入れば所領であるレイフィットへ出向いて、領主としての業務を行うのだ。


「キアンヒュドリオンの事はお師匠様にお話しましょう」


 自分の預かり知らぬ「何か」があるかもしれない。

社会に出ると、

自分の常識とかけ離れた人に

出くわしてしまう事ってありますよねぇ。

新社会人の皆様、ファイト!

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― 新着の感想 ―
もっと悪かったか、ヒモだなこれ 魔女の皆さんが呪いを解いてもいいと言うか、 そもそも魔女基点の物でなければ「呪いといたからもう援助も要らないよね?もう関わってくんな」でもいいとは思うけど……
もし呪いのとけたキアンヒュドリオンに利用価値があるんなら手を差し伸べる意義は十分あるんだろうけど。今まで他国が放置してるってことは、ないってことなんでしょう。魔女様の力がなくても、問題が洪水とかなら治…
何というか…あの 自意識過剰で自惚れてて悲劇のヒーロー気取りで礼儀も常識も知らない大馬鹿のドアホ! は、寄生虫だったんですね!救いよう無い!更生するにせよ、後悔しながら彷徨うにせよ、コテンパンに叩き潰…
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