青の呪い 05
本日の昼食に皇女の姿はない。アルティリアは公務があるため学園を休んでいた。学園には皇族専用サロンや個室があるが、その他の生徒用にも、高位貴族、下位貴族、平民関係なく申請さえすれば使用可能な個室が用意されている。ケイトはその個室にヒルデガルドとエンジュリーを招いた。
「本日はお二人に御礼を申し上げたく、ご招待させて頂きました」
ケイトは部屋に現れた二人に深々と頭を下げる。先日、アルティリアとの縁を求めて付きまとっていた令息は生徒会から厳重注意を受けた。以降、彼らがケイトと接触することはなくなった。
現在の生徒会役員の公爵令息はヒルデガルトとエンジュリーの幼馴染みだという情報がある。自分のために動いたのは彼女達だ。
「私達は皇女殿下の憂いを払拭するべく行動しただけですわ。姫君のお耳に入ったらお心を痛めるでしょうからね」
顔を伏せたままのケイトに、ヒルデガルドの硬い声が降ってきた。他の令嬢達が噂するように、ケイトはたまたまアルティリアに気に入られただけの人間なのだ。理解はしているが、それでも礼を尽くすのが下位貴族である。
「ボルドー嬢、顔を上げてくださる」
エンジュリーの言葉を受けてケイトが正面を向くと、当のエンジュリーは自分ではなくヒルデガルドに視線を送っていた。
「ヒルデ」
「何かしら?」
「私の言いたい事、理解していない訳ではないでしょう」
二人の高位貴族令嬢の会話の意味はケイトには分からないが、ヒルデガルドが言葉に詰まっているように感じた。しばし、無言の状態が続いたがヒルデガルドは堅い表情のままケイトをにらみ付ける。
「貴女ね!」
「は、はい!」
思わず返事が上ずってしまったが、ヒルデガルドの言葉は予想に反した内容だった。
「私達を頼りなさいよ!アルティリア様に相談出来ないのは理解出来るわ。姫様に骨抜きになった馬鹿共が纏わり付いてきますなんて言えないわよね。でも、私達にだったら良いでしょう!あんな小物、私達でどうとでも出来るんだから。実際、とっちめてやったでしょう。これで、分かったわね!次に何かあったら、絶対に私達に言うのよ!さあ、約束なさい!今すぐ誓いなさい!ほら!ほら!」
「え?え?」
ヒルデガルドの剣幕に戸惑うケイトだったが、その迫力に思わず答えてしまう。
「は、はい」
「よろしい!」
満足げなヒルデガルドに対して、エンジュリーは口元は微笑んでいるが半目である。
「ヒルデ。内容はともかく言葉選びは微妙よ」
そう言われたヒルデガルドは小さく呻くと、再びケイトに向き直る。
「だって、その……ゆ、友人が困っていたら。貴女だって、心配になる、でしょう」
絞り出すような言葉をケイトは反芻する。
ヒルデガルド・レザンはアルティリア第三皇女とは異なる方向性の愛らしさを所有していた。
「えへへ」
おまけに、ヒルデガルドもエンジュリーもケイトを友人と認識しているらしい。
「な、何よ」
思わずニヤけてしまったケイトであったが、ヒルデガルドは怒ってる様子はない。エンジュリーも満足げに頷いている。
「私、幸せ者だなと思いまして」
こうしてケイトはヒルデガルドとエンジュリーと腹を割って話した結果、友人となることが出来た。またその後の昼食にてアルティリアについて話題が上がると、皆、同意見であることを知る。
「アルティリア様って、恋愛にご興味がないのでしょうか?」
ケイトの一言にヒルデガルドとエンジュリーの動きが止まる。
「お立場的に、安易に誰が素敵だなんて仰る事は出来ないのは分かるのですが」
皇国貴族は政略婚が主流ではあるが、当人達の資質や能力も加味される。恋人が優秀であるならば、場合によっては婚姻も認められる事は少なくない。
ルヴァラン皇国立学園は国内の優秀な子女達が集うため、恋愛結婚に至る卒業生達は多数存在している。ただし、それに至るまでの道のりは険しい。大前提として高成績を残す事、かつ己の評判を落とす事なく、相手との関係を構築してゆかねばならない。
ケイトに付き纏っていた令息達のように愚行を犯してしまう生徒もいるが、年若い令嬢達にとって恋愛というものは心惹かれる話題なのだ。
「私の周りを彷徨いてた令息達は、姫君が目当てだって、あからさまでしたよね?」
「でも、アルティリア様はまるで気付いておられなかったみたいね」
ケイトの問いにエンジュリー答えると、ヒルデガルドも同意した。
「周囲がご自分にやましい感情を抱くなんて、お考えにならないのではないかしら」
とは言え、ケイト達は決して皇女に恋愛を勧めたい訳ではない。心配なのだ。姫君はあまりにも色恋に疎いように感じる。
“アルティリア様が悪い男に騙されたらどうしよう!?”
「余計なお世話かもしれませんが、出来ることはないでしょうか?」
ケイトはおずおずと言うと、ヒルデガルドは力強く頷いた。
「他国では、王太子が恋人に夢中になって、婚約破棄したなんて話も耳にするものね」
皇家の側仕えが変な男など寄り付かせないだろうけれど、万が一という事もある。
「ヒルデのお気に入りの恋愛小説をお貸ししてみたらどう?いっぱいあるでしょう」
「わ、私は恋愛小説なんて……!」
エンジュリーに趣味を暴露されて動揺するヒルデガルド。慌てて否定してるが、大好きに違いないとケイトは思った。もしや同士か?
「私、メリル・ストークの“溺愛王子”シリーズが大好きなんですけど、ヒルデガルド様は何を読まれるんですか?」
「……溺愛王子なら、何冊か我が家にあるけど」
「やあね、ヒルデったら、全巻揃えてるじゃないの」
姫君に恋とは何かと伝授出来るような経験などない少女達であったが、そんな令嬢達にさえ不安視される鈍感なアルティリア。姫君が恋愛どころかお友達が出来て喜んでいるとは知らず、ケイト達は皇女のために動くことにした。
しかし出来ることは少ない。なんせ、彼女達には恋人も婚約者もいないのだ。
結局、エンジュリーの「恋愛小説」を読んでもらうという案が採用され、不審に思われないよう、それぞれの好きな本を交換して読みましょうという事になった。
本日は学園のサロンでお茶をしながら感想を述べる日だ。さあ、皇女様、いかがでしたか?
「ヒロインのお相手はいつ登場するのかしら?」
アルティリアは一冊の本を開いて、友人達に尋ねた。それは10代の若い女性向けの小説を集めた月刊誌雑誌ビジュー。ケイト達は姫君の好みを探ろうと、ヒルデガルドのお勧め小説の他に、様々な小説が掲載された雑誌も渡したのだった。
アルティリアが質問した小説は、新人作家が執筆したであろう小説の第一話。内容は、没落した伯爵家の令息が恋人の侍女への想いを断ち切れぬまま、家のために他の令嬢と結婚。引き裂かれた若き伯爵と侍女の恋物語が描かれている。
皇女は、女主人公は、伯爵の妻のダフネだと勘違いしていた。
「夫の不貞を見せ付けられて、ダフネが可哀想だわ」
落ち込んでしまったアルティリアにケイト達は内心慌てまくる。どう説明したものか?
「特に酷いのはここよ」
それはヒロインの侍女がティーカップを運んでいる最中に、誤ってダフネに茶をかけてしまい、茶器を割った事を叱責される場面だ。だが、側にいた伯爵が、たかがカップを割ったくらいでと、ヒロインを庇い、ダフネは悔しさを滲ませる。
「花嫁道具をわざと壊すだなんて」
「それは故意ではなくてですね……」
ケイトがそう言うと、アルティリアはこてりと首を傾げた。
「でもこの侍女は優秀なのでしょう?人物紹介欄に書いてあったわ」
ヒルデガルドとエンジュリーは、ハッと気付いて、視線を合わせる。
「主人に対して本当に失敗なんてあり得るのかしら?」
アルティリアが言うように、貴族家の夫人に侍る侍女は粗相をしない訳ではない。しかし、それは無礼な客を追い返すためであったり、何らかの報復であったりと、意図されたものである。かつ、それは弁償を踏まえた上で、主の指示の元、行われる行為だ。その家の夫人に侍る事を許された能力の高い侍女がドジを踏むなど考え難い。
二人に説明されたケイトは「高位貴族夫人のドンぱち、すご……」と思いつつ、自分も考えを巡らせた。
侍女が割ったリュセル工房のマイルズシリーズの茶器は近年に流通し始めた一級品。下位貴族程度の経済力に落ち込んでしまった貴族家が購入可能な品ではない。明確な記述はないが、裕福な家の出身のダフネ夫人が婚姻の際に持ち込んだ物と考えるのが妥当だ。
「しかも、マイルズのカップは豊かな高位貴族なら日常的に使用してもおかしくはありませんが、没落寸前の家が普段使いするなんて変です。普通なら大切に保管して、お茶会に出すのではないでしょうか」
と、言うことは……
このヒロイン、性格が悪過ぎる!
ロマンス小説談義は、次回にも続きます。
実は、幼い頃のヒルデガルドは母に連れて行かれた皇宮でアルティリアに一度出会ってます。母と皇后の関係にも憧れて、従姉妹のエンジュリーにアルティリア皇女の学友になりたいのだと話しました。
エンジュリー「ヒルデ、きんちょーすると、ツンツンするの直さないとダメじゃないかしら」
ヒルデガルド「ツンツンなんてしてないわ!」
エンジュリー「じゃあ、つぎに、こうじょさまにあったら、なんていうの?」
ヒルデガルド「と、とと、ともだちに、なっても、いいけど!」
エンジュリー「それ、きらわれちゃうとおもう」
ツンデレを直せと指摘されました。
アルティリアの前ではなんとか見せておりませんが、実は未だ完治しておらず、時々「ツン」出てしまいます……




