青の呪い 04
アルティリアには同世代の友人が非常に少ない。それについては己の秘密事項が関わる故に、安易に学友を置けなかったので、仕方ないと納得はしている。しかし兄や姉の学友との関係が羨ましいと常々思っていた。
「可愛いらしいカナリアね」
アルティリアは滑らかな革に掘られた模様を指先でなぞる。先日、ケイト嬢に依頼していた革製のノートカバーを受け取った。外側は精密な小鳥と植物の図案が彫られており、内側にはそれぞれの名が入っている。
お揃い。
それは「仲良し」の証。
マドリアーヌやカトレアナと揃いのドレスなどを仕立てた事はあるが、友人と同じ物をつくったのは一度もない。ノートカバーを渡された日、アルティリアは浮かれてフェルディナンドにわざわざ見せに行ってしまった程だ。
「良かったね、リア。兄様にも見せてくれるかな?」
あまりに気分が高揚していたため、兄の膝の上に乗せられ、ギュウギュウと抱きしめられている事に気が付いていなかった。
「お友達も同じ物を持っているのです!」
おまけにフェルディナンドは、どさくさに紛れてアルティリアを抱き上げるとクルクル回転し始める。久しぶりに妹が無邪気に接してきたので、気分の上昇が止まらない。
「素敵でしょう。ケイト嬢が支援してる工房で製作しているのですって!」
友人とお揃いの文具に喜びを隠せない妹が可愛過ぎるし、愛おし過ぎる。
「そうだね、とっても可愛いよ!可愛い可愛い!はっはっは」
兄の奇行と己のはしゃぎっぷりに我に返ったのは、ベッドの中でリーフのフワフワ感を堪能している時だった。
「わたくしったら、なんて事……!」
あんな姿、万が一、友人に見られたら恥ずかしい。
「気を付けなきゃ」
アルティリアは反省しつつ眠った。
翌朝、馬車の中で、お揃いのカバーを付けたノートを開いて予習を行おうとしたが、その図案があまりに素敵なので、つい見入ってしまう。
とにかくアルティリアの学園生活は充実していた。
だが厄介事がない訳ではない。理解しているつもりではいたが、皇女という立場は重い。単純に交流を深めてお友達をつくっているだけでは済まない。
親しくなった令嬢達は侯爵家、伯爵家、子爵家と階級はばらけている。アルティリアのせいで子爵令嬢のケイトが悪く言われているのには気が付いていた。ヒルデガルド嬢とエンジュリー嬢は従姉妹同士であるし、特定の令嬢や一族とばかり親しくしては、彼女達にも迷惑がかかってしまう。
そのためマナー講座では早々に合格させて貰ったが、その後も出席して他の令嬢達と会話する機会を設け、同じ講義を受けていない同学年の令嬢達との接点をつくった。彼女達とは回廊や談話室などで顔を合わせたら、アルティリアから挨拶をしている。
貴族は縦にも横にも繋がりがある。同学年の令嬢達と、ある程度均等に関わっていれば、彼女達も彼女達の親族もヒルデガルドやエンジュリー、ケイトばかりを優遇しているとは言いにくいだろう。なんせ、この三名はアルティリアと同じ講義を受講する数少ない同学年の令嬢なのだから。
マナー講座は内容が異なるため男女別々だが、ダンスは合同で行われる。アルティリアはダンスレッスンは長く続けるつもりはなかった。毎回、令息とパートナーを組む必要があるし、全員と踊る事は不可能であるため、不平等感が生まれてしまうだろう。また下手に異性と関わりを持つのは得策ではない……と、フェルディナンドだけでなく、姉二人にも入念に注意を受けた。
学園時代、マドリアーヌはダンスレッスンでしか関わりのなかった令息と恋の噂が流れかけたと言う。
「すぐに打ち消してあげたわ」
「正攻法で縁談を持ち込めない間抜けは、外堀をうめようとするのよ」
そう話すカトレアナは剣術や馬術の講義で、文字通り蹴散らしたらしい。
危ない橋は渡る必要はない。ダンスレッスンは早めに終わらせてしまおうと考えた。
「ロゼ、お願いがあるの」
「何なりと」
護衛騎士ロゼッタ・ハリス。女性としては背が高いが、自分と並ぶととても丁度良い身長差なのだ。
ダンスレッスンの講師シャルル・ウィスは少々悩んでいた。生徒達のパートナーの組み合わせを決めるのは自分だ。体格差だけでなく、階級差や貴族家の力関係を考慮しつつ決定するが、今年は皇女殿下がおられる。誰をパートナーとしても問題が起きそうだ。
「仕方ない、1回目は私がパートナーを務めるか」
次回の事は、次回考えよう。
ところが、パートナーを発表する前に皇女自ら提案してきたのだ。
「先生、このレッスン男子生徒が一人足りませんわね。もし可能でしたら、わたくしは護衛騎士の中からパートナーを指名してもよろしいでしょうか?」
剣術や武術の講義の際、生徒達の護衛騎士達が演武を披露する事はある。ダンスレッスンでの参加は珍しいがシャルルは許可を出した。
「構いませんよ」
むしろ問題が一つ解決するのでありがたい。
生徒達の視線が二人の騎士に集まる。親衛隊隊長ウォルト・ナイトレイとレオンハート・ダーシエ。どちらが姫君のパートナーとなるのだろう。しかし、前に進み出たのは紅の髪を持った麗人だった。
「ハリス卿は男性パートも踊れますの」
姫君とロゼッタ・ハリスは講師と生徒が見守る中、ホールの中心へと踊り出る。ルヴァラン皇国の正式な振り付けは古典舞踊と呼ばれ、現代のそれよりも複雑だ。そのため学園のレッスンでは簡易的な型から入る。だが、二人はその古典舞踊の難解なステップを優雅に軽やかにこなす。
「……素晴らしい!」
講師と生徒達の拍手を受け、アルティリアは完璧な「合格」を得た。
「これでダンスレッスンは控えても良いわね」
第三皇女は一回目のレッスン以降、参加する事はなかったが、女性騎士とのダンスは学園中の話題を攫った。
「皇女殿下とハリス卿、素敵でしたわ」
「本当に、見事でしたわね」
「ご覧になって!ハリス卿だわ」
「キャー!」
それからロゼッタはご令嬢達からの人気が高まった。
「ロゼの凛々しさに皆んな虜になってしまったわね」
自慢の騎士が褒め称えられて、アルティリアは嬉しくなる。また、これで問題はある程度片付いたと思っていた。
しかし、アルティリアが全く気が付かない所で、行き場のない思いを持て余す者達がいた。
第三皇女という立場であるため、好意的な視線を向けられる事に慣れている。その感情は羨望、親愛、尊敬など。だが、同世代が集まる社会に立ち入ったアルティリアは、それら以外の感情を持たれる事など予想だにしてなかった。
だがアルティリアの友人達は察知していた。その一人、ケイトは学園にいる時は決して一人にならないよう注意を払っている。第三皇女に執心の令息達がケイトを通して、姫君と接点を持とうと要求するからだ。
恋は盲目と言ったものだ。
子爵令嬢を側に置くくらいだ。爵位の低い自分でもアルティリアの目に止まりさえすれば可能性があるのではないか。
あまりに楽観的な願望を実現するために少年達は我を忘れていた。ケイトはのらりくらりと自分達をかわすので、焦った彼らは彼女を追い回すような行動に出てしまう。一人の令嬢を複数の令息がつけ回すような行為が目立たないはずがない。
「君たちの振る舞いに対し、話しを聞く必要がある」
ケイト・ボルドーを取り囲むようにして迫っている場面をよりによって、生徒会役員である公爵令息達に見咎められたのだ。
「助かったー」
逃げ場の無い状況に追い込まれ、さすがに誤魔化し切れないと思っていたところに生徒会の先輩方の登場だ。
「大丈夫か?」
「なによ、ロッド。出番が遅いよ」
付きまとい令息達が生徒会に連行されて行くのを見送っていると、再従兄弟のロッドが入れ替わりで現れた。
「いや、剣術の講義で一緒の先輩にお前を送って行けって言われたんだよ」
「ふーん」
生徒会役員が現れた状況が絶妙過ぎた。格闘技を嗜んでいる再従兄を護衛代わりに送り込んだ事といい、誰かの意図を感じる。だが、それは皇家ではないだろう。
ロゼ「また”アルティリア様とお似合いですね”なんて言われてしまうなぁ。まいったなぁ」
レン「俺だって、アルティリア様と踊った事あるし!」
隊長「ハリス!煽らない!ダーシエ!ムキになるな!」




