青の呪い 03
ケイトは物心着いた頃から商人だと自覚していた。そんなケイトに言わせると、知識と教養は形のない財産、蓄えるに越した事はない。しかも、自分の努力次第で増幅するのだから頑張る甲斐があるものだ。
それに学園は実力重視だ。階級社会ではあるが、ここルヴァランでは抜きん出た者を貶める人間の方が品性を疑われる。
商人ならば人脈はあればある程良いが、能力を示せば自ずと広まっていくだろう……などと考えていたら、特大級の大物と縁を繋いでしまった。
「ケイト嬢はこの後は語学の講義だったかしら?わたくしはお先に失礼しますわね」
オイオイ、掌中の珠が微笑んでるぞ。眩しい。目ん玉潰れるんじゃないか。
漆黒の髪は最高級の絹糸よりも艶やかで、透き通るような肌に薄紅の頬。桜桃のような唇なんて、本当に存在するのかと震撼した。そして、見つめられれば呼吸を忘れてしまいそうになる神秘的なアメジストの瞳。本当に同じ人間なのか。
アルティリア第三皇女殿下。
精霊のごとき姫君は、これまた美貌揃いの護衛騎士達を引き連れて回廊を歩いていく。
「慣れないなぁ」
おまけに今日はヒルデガルド侯爵令嬢とエンジュリー伯爵令嬢は別の講義に出席していたので、アルティリアと二人きりの時間がとても長かった。心臓がまだドクドクといっている。
入学前にケイトも皇女の情報は仕入れていた。
「心優しき姫君」との前評判であったが、国の最高権力者が末娘を苛つかせるような阿呆な側仕えなんぞ置くはずもない。最高峰の側仕えに囲まれていたら、そりゃあ、心はゆとりだらけだろうに……なんて考えていた。
だが1ケ月も過ごせば分かってしまった。
良い子なのだ、アルティリア姫は。
少しくらい空気読めなくても良いんですよ?
子爵令嬢ごときが姫君と懇意になってしまった事で、案の定、チクチクと嫌味を言われる事が増えてきたある日。皇女殿下のお誘いで、カフェテリアでお喋りなんぞに花を咲かしていた。
丁度、お茶の時間でもあり、カフェテリアは生徒達で賑わっていた。ざわめきの中で密やかに感じる自分への視線。ケイトは己を図太い人間だと思っていたが、意外にもこの状況は精神的に辛いものがあった。だが自分も貴族の端くれ、そんな事は顔に出さず、にこやかに会話を続けていると、それぞれの持ち物に話題は移る。
「先ほどの講義で使っていらしたケイト嬢のノートカバー、とても素敵だったわね」
姫君にお褒めに頂いた革製のノートカバーは、ブラドー家ではなくケイト個人が支援している工房で製作している。商人としての目を認められたようで誇らしい。
「ありがとう存じます。若い職人達が集まって立ち上げた工房ですが、技術は間違い御座いません」
特に目を引くのは革の表面に施された模様だ。この工房は妻が装飾の意匠を考案し、夫が専用の工具で丁寧に掘り込んでいく。
「見せてもらっても良いかしら?」
「どうぞ、ご覧下さい」
手渡すとアルティリア皇女はそっと小鳥の模様を撫でた。皇女様がお手に取った。それだけで職人達にとっては名誉だろう。帰宅したら、いや、帰りに工房に寄って教えてあげよう。二人とも驚くだろうなぁと、ニヤニヤしたい気持ちを抑えてると、姫君のお隣に座るエンジュリー嬢も褒めてくれた。
「あら、本当に可愛らしい柄ですわ」
意匠を考案している妻は独学で絵を学んだという。皇都図書館の図鑑などを描き写して、図案を考えたらしく、優しい描写だが精密だ。
「ケイト嬢、このカバー同じ物を、わたくしも購入出来ないかしら?」
アルティリア皇女は余程気に入ってくれたのか、驚くような提案をしてくれた。
「それは、もちろん可能ですが……」
おまけにエンジュリー嬢まで欲しいなどと言い出し、ヒルデガルド嬢にも薦めたのだ。
「では、私もご一緒して良いかしら?ヒルデもどうかしら?」
「良いわね、私も欲しいわ。装飾だけでなくて手触りもとても良いもの」
あっという間にお姫様と高位貴族のご令嬢がお買い上げ。普段なら「毎度あり!」と頭の中で叫ぶところなのだけど……
「嬉しいわ。お友達とお揃いなんて、わたくし初めてよ」
なんて言って、お姫様は顔を綻ばせるのだから、もう……本当に女で良かった!
「男だったら完全に魂を抜かれてた。危ない危ない」
「ああ、そうかい」
商会の手伝いをしていたら、再従兄弟のロッドが顔を出したので、カフェテリアでの出来事を語ってみせた。いかに「アルティリア姫」が危険であるかを。
「大袈裟じゃないんだから、私だから正気を保ってられてるの」
「分かった、分かった。ま、何にせよ、良かったじゃないか」
「そう、フレイとカリンの腕が皇族に認められたのよ!」
フレイとカリンは皇女殿下が依頼した工房の夫婦だ。
「それだけじゃないだろ?」
ロッドは怪訝そうな顔で自分を見る。何の事だとケイトは頭を巡らせたのだがサッパリ分からない。
「どうした?本当に気が付いてないのか?やっぱり魂抜けてるんじゃないか」
失礼な。ロッドは2歳しか変わらないのに、度々兄貴ぶるのだ。言い返そうとした時、ケイトの思考はぐるんと動いた。
「あ」
「何だよ、やっと理解したって顔だな」
そうだ、アルティリア皇女はケイトと揃いの小物を所有するのだ。しかも、それを敢えて人目のある場所で話題にした。ケイトを友として、商人として、認めていると。姫君は自分の置かれた立場を慮っていたのだと今更ながらに分かった。
「おまけにヒルデガルド嬢とエンジュリー嬢もアルティリア殿下の思惑に乗ってくれた」
ロッドの言う通りだ。単純な話ではない。自分は皇女、侯爵令嬢、伯爵令嬢の庇護下に置かれたという事に他ならない。これでケイトの学園生活は格段に過ごし易くなるだろう。
「た、大変!おじいちゃん、おじいちゃんは!?」
こんな重大な事、どうして気付かなかったんだろう。すぐに商会長である祖父に報告しなければ。
「お前、やっぱり自分が浮かれてる事を自覚してなかったんだな」
部屋を出る瞬間、ロッドの呆れたような声が聞こえてきたが、自分でも驚いている。普段ならもう少しし頭が冴えているはずなのに、悔しいけどお花畑になっていたのだと認める他はない。
だって、突然、天上人が目の前にいる生活が始まってしまったのだもの。しかも、容姿だけじゃなくて中身も可愛らしいのだ。少しでも我儘な所があれば、ケイトも目が覚めたであろうけれど。
「なんじゃい、その事か。知っとるぞ」
慌てて祖父の執務室に突撃してみれば、とっくに我が家の当主は事態を把握していた。
「報告が遅くなってごめんなさい」
「うむ。ご機嫌に、フンフン鼻歌を歌ってる暇があるのにの」
「うう……面目ない」
悔しいけど、今回の一件はケイトに非がある。皇国の最重要人物の娘との人脈を釣り上げたのだ。それを報告もせず放置。情けない。
「でも、大丈夫なの?」
学園内ではケイトに対して露骨な手出しをする者は出てこないだろう。しかし、外の世界は違う。有象無象がうようよいるのだ。
「なに、そんなもんは大人が対処するものだ。ケイトは気にせんでいい。それより姫君との縁を大きくしろ」
欲しいと願って得られる繋がりではない。相手が上位貴族だろうが他家の横槍を気にして捨てるなんて愚かな真似はしない。
「女子と人脈は太い方が良いのだ」
ちょっと良い事言ったと思ったら、これだ。祖父の女性の好みなど興味はない。何を聞かせるんだ、孫に。
「おじいちゃんがおばあちゃんの事、デブって言ってたって教えちゃお」
「言っておらん!ばあさんは、ぽっちゃりだ。ぽっちゃり!それが良いと言っておるだろうが!」
ケイトのおばあちゃん「若い頃は細い方が良いと言ってましたよね」
ケイトのおじいちゃん「好みは変わるもんじゃい!」
おばあちゃん、若い頃はガリガリだったけど、歳取ったら幸せ太り。おじいちゃんは体型変わろうが奥さんが大好きらしいけど、未だ上手く伝えられないようです。
ケイトは自分で思ってるより、下心が持てないタイプ。
【次の更新のお知らせ】
次回更新は2月14日(土)とさせて下さい。




