青の呪い 02
ルヴァラン皇国立学園は、その名の通り皇国が運営する学舎だ。12歳から18歳までの子女達が通う六年制となっており、国外からの留学生も数多く入学する。皇族、貴族、平民問わず、試験に合格した者は入学可能ではあるが、厳正な審査基準が設けられている。学力が基準に満たないものは、皇族であったとしても入学は認められない。
能力ある学生には平等に学ぶ環境を与えるとしているが、学生生活において階級を無視した振る舞いは決して許されない。学園でありながら、そこは皇国上流社会の一部であった。そのため、優秀生であっても、上位階級の生徒への不敬は処罰対象となる。反対に高位貴族であるというだけで敬意を集める事は難しい。国立学園に通う生徒は学問だけでなく高度な社会性と社交能力が求められる。
しかしながら今年の学生達は、少々落ち着きをなくしていた。アレクサンドロス皇帝の末姫、第三皇女アルティリアが入学したのだ。
表だっては噂されていないが、第三皇女は謎が多く、心の内でその資質を疑問視するも者も少なくなかった。本来ならば皇族には同世代の貴族子女から学友が選ばれるが、末娘には幼い頃に遊び相手として選ばれた者が数名側仕えとして存在しているだけだ。
皇帝、皇后のみならず皇太子、降嫁した姉姫達からも可愛がられていると言うが、明確な人物像は漏れ聞こえてこない。五体満足で聡明だという皇家の言葉は真なのか。
「まあ、学園への入学資格を得たのなら一定の学力はあるのだろうな」
「そうでなければ困りますわね」
「ああ、皇国の星であるのだからな」
入学前、同学年となる貴族子女の一部では在学中、自身の目で第三皇女を見定めようという動きがあった。ルヴァランは能力主義国家だ。たとえ皇族と言えど、劣ると判断した存在は受け入れ難い。
だが彼らは入学後、自分達はその機会が著しく少ない事を知る。
学園は同学年が一斉に同じ科目を受講する仕組みではない。講義は選択制が導入されている。通常ならば初級講義からの受講であるが、入学試験とは別に希望の講義の教授に論文を提出し、教授の判断によっては中級、場合によっては上級講義からの受講が可能となる。
第三皇女は全ての科目で、中級以上からの受講となっていた。
学園が求める学力は皇国内でも高水準である。得意科目であれば、中級以上からの受講資格を得た者はいるが、多くは初級講義から学ぶ。
そのため同学年の生徒達が、確実にアルティリア皇女と同席が可能となるのは、全学年交流会、1年時の必修科目のマナー講義、ダンスレッスンのみ。さらにマナー講義とダンスレッスンは講師が合格と判断したのなら、講義終了となる前でも出席の必要がなくなる。殆どの科目の学力が中級以上という実力を持った第三皇女がマナーとダンスのみ人並みなどありえるのだろうか。末姫はすでに外交に従事するフェルディナンドと共に親善活動に取り組んでいるのだ。どれ程、末姫が可愛くとも、皇家は未熟な者がルヴァランの代表として立つことなど許さないだろう。
見誤り嘆く者がいる中、少ない情報から予測を立て行動した者、皇族よりも己の興味を追求しようとした者が皇帝の掌中の珠との接点を得た。
「さて、我らが姫君の学園生活だが」
第三皇女の護衛騎士の一人、その親衛隊隊長であるウォルト・ナイトレイは部下2名を前に話し始めた。彼らがいるのは皇宮にある近衛騎士団の詰め所の一室。それは第三皇女の親衛隊専用室だ。小隊規模にも対応する事を想定しているので、総勢3名の親衛隊には少々、いや相当広い。
アルティリア姫が入学した国立学園は国内外の貴人が集うため、警備体制は皇国内でも最上位だ。また、それぞれ側仕えや護衛を伴う事が可能だが、敷地内に入るためには厳格な審査が行われ、安易に立ち入るのは困難だ。学園も皇国も近衛騎士隊も姫君を危険に晒すなど許さない。
「現状、物理的な危険は少ないと言えるが……」
懸念事項はアルティリアを巡る貴族社会の人間関係だった。
「取り巻きになりたがってる者がかなり多いようですね」
ロゼッタがナイトレイの言葉に続ける。
「ああ、生徒達が冷静に見えているのは表面上だけだな」
第三皇女にも5歳になる頃には学友として、幾人かの令嬢達が侍るはずだった。しかし、アルティリアは幼い頃、魔法の操作の習得には至っていなかった。いつ何時、その力が露見してしまうか想定出来ない。場合によっては学友となった令嬢も危険に晒す。幼い子供を側に置く事は見送られた。
それが余計な憶測を呼んだものの、姫君の能力は入学と共に証明された。
後に残ったのは、アルティリア第三皇女は皇帝アレクサンドロスの寵愛を一身に受ける未婚の姫君だという事実。
「アルティリア様のご友人関係は固定化してきている」
下位の者から皇族に声を掛けるなどマナー違反だ。そのため、アルティリアは講義などで議論を交わした生徒達と少しずつ交流を深めて行き、現在、親しい間柄と言えるのは3名。
ヒルデガルド・レザン侯爵令嬢、エンジュリー・オーガスタス伯爵令嬢、ケイト・ブラドー子爵令嬢。
「ヒルデガルド侯爵令嬢とエンジュリー伯爵令嬢はアルティリア様のご学友になっていても、おかしくない方々ですね」
「ああ、レザン侯爵夫人はかつては皇后様の護衛騎士をなさっていたしな」
ロゼッタの指摘をナイトレイは肯定した。またヒルデガルド侯爵令嬢とエンジュリー伯爵令嬢は従姉妹関係にあり、両家とも古くからある名家であり皇族への忠誠心は高い。
本人達もアルティリアのように中級講義からの受講資格を複数得ていた。人格的に問題があるとの調査結果もない。特にヒルデガルド侯爵令嬢はアルティリアの学友になるべく幼少より精進してきたらしい。母親のように騎士となりたいと考えていたようだが、戦闘に関して適性は低く武人の道は断念したと言う。
「このお嬢さん方は問題ないだろうが、心配なのはケイト・ブラドー子爵令嬢だ」
ブラドー子爵家は貿易を中心とした商いを生業としている商家だ。ケイト嬢はその商会長の孫娘に当たる。他の二名の令嬢と違い、彼女は偶然にも皇女と同じ講義を受け、親しくなってしまった正しく幸運な少女。
「ご令嬢達からは少々やっかまれてますね」
ロゼッタは子爵令嬢の周辺状況も、アルティリアの侍女達と連携しつつ学園内の噂を収集し、把握していた。
「ですが、上手く嫉妬をかわしているようですよ」
ケイト・ブラドーは生家の商団の後継者候補の一人。同世代の女の子をあしらうくらいは簡単らしい。
「ただ、ご令嬢とは別にしつこい連中がいるようで……」
「チェンバレン伯爵令息、キャスパー子爵令息、ポーター子爵令息、ケロッグ男爵令息」
黙って聞いていたレオンハートが複数の令息の名前を口にする。
「レオン、お前、男はよく見ているな」
「人を変態みたいな言い方するな。ご令嬢ばっかり見てるのはお前だろ、ロゼッタ」
「皆、可愛らしいからなぁ」
「変人め」
レオンハートが名指しした令息達は、ケイト・ブラドーにアルティリアと橋渡しをするよう何度も迫っていた。
「はいはい、姉弟喧嘩しなーい」
ナイトレイはパンパンと手を叩くと、レオンハートはロゼッタとの軽口を止め、隊長に提案する。
「では、その四人は俺が締め上げます」
「まだ要注意人物とするに留めておけ」
姫君の学園生活は始まったばかりだ。早々に問題を大きくすべきではない。また皇女の護衛騎士が関わってしまったら、皇家からの苦言となり、10代前半の子供の経歴に大きな影響が出てしまう。己を顧みる猶予を与えた方が良いだろう。
「この件は一旦保留だ。しかし目は離すな。どこから馬鹿が湧いて出てくるか分からないからな」
話を終え、不満げな空気を出すレオンハートにナイトレイは別件の注意事項を伝えた。
「それからお前は非番の日は皇宮を彷徨くな」
レオンハートは休日も何かと理由を付けて、皇宮に顔を出す。鍛錬場ならまだいい。
「せめて南宮には来るなよな」
「俺、アルティリア様がご無事か確認しないと休めないんですよ」
反省する気のない同僚を見てロゼッタは言う。
「隊長、こいつ姫君の付き纏いですよ、捕縛しましょう」




