第4章・ルティはもう、逃げないことにした
眠りから覚めた時、わたしはダリアン様の腕の中におりまして………。
あれよあれよと…景色の綺麗なレストランに連れてこられました。
今、目の前にはダリアン様がおります。
豪華なお食事とお酒が用意されております。
わたしときたら、さっきから冷や汗が止まらず、ビショビショの手で…。
フォークも掴めぬ有様です。
一体わたしに何が起きたのでしょうか!?
馬車の中で寝落ちしたところまでは覚えているのよ。
けれど、そこからダリアン様に抱えられるまでの
記憶が一切ないの。
わたし…そんなに眠りが深い方じゃないと思うんだけどな。
なぜ、ここは実家じゃないの!?
ダリアン様、いつ登場したんですか!?
誰かに説明してもらおうにも…周りには誰もおりません。
なんとなーくダリアン様には聞きづらいし。
いま、わたしとダリアン様の間にあるのは静寂。
背筋の凍る静けさよ…。
この静寂を破ったのは、やけに明るいダリアン様の声。
「それで…嘘ついて馬車に乗って、ルティはどこに行くつもりだったの?」
笑顔のダリアン様。
こんなに美しくて怖い笑顔、他に知らないわ。
全てを見透かした目。
はあ。
ですよね。
ああ。もう、たぶんこれ、ぜーんぶバレてるやつだ。
何言っても、どんな言い訳しても、ダリアン様は騙せない。
もう、真実だけを言って、終わりにしよう。
このもやもやした自分の気持ちともちゃんと区切りをつけたいし。
「実家に帰るつもりでした。わたしがダリアン様の
プロポーズを受けるわけにはいかないので」
だってわたしはただの平民だもの。
誰も祝福なんてしてくれない。
王太子妃なんて、わたしには務まらない。
わたしには、平民がお似合いなの。
気楽だし。面倒なマウント合戦もないし。
あまりにも、わたしたちは違う。
度を越えた格差婚なんて上手くいくはずないわ。
胸の奥が…ズキン、と痛む。
何よりも…ダリアン様よ。
わたしのせいでダリアン様がつらい思いをするのは、耐えられない。
「ふぅーん。そうかあ。どうして、わたしのプロポーズを
受けるわけにいかないの?何が問題なの?」
少し考えたら分かる事よ。
なのに分からないフリをするダリアン様。
問題は全て解決済みだよって言わんばかりの顔して。
一人だけ余裕ありまくりで…。
その自信はどこからくるのかしら。
「問題しかありませんよ!わたしの家が元・伯爵家であろうと
今は平民です!いつか必ず、ダリアン様の足を引っ張る存在になります!
それに…王太子妃という立場はわたしには荷が重すぎます!
ダリアン様にはもっと…もっと…わたしより…ふさわしい人が…」
絶対、いると思うのよ!
綺麗で身分も申し分なくて、知的で優雅で容姿も素晴らしくて…。
ダリアン様とも対等に話ができる才女。
ダリアン様ならそういう女性選び放題だし。
いや、むしろ向こうからホイホイやってくるだろうし。
想像したら悲しくなってきた。
全くもって、わたしに勝ち目なし。
勝手に想像して、勝手に落ち込むわたしを見て、ダリアン様が言った。
「そんな人、いないよ。わたしが欲しいのは、ルティだけだよ」
そう言いながら、ダリアン様がズボンのポケットから取り出したのは
あの…あざらしのぬいぐるみだった。
ダリアン様がテーブルの上に置いたあざらしを
よく見たら、わたしのあざらしとは違って
頭にリボンがついてない!
代わりに首元には蝶ネクタイ!
まさかの男の子あざらしだ!!
「これって…」
慌ててポケットを探ると、わたしのあざらしはちゃんとある。
そっと、男の子あざらしの隣にわたしのあざらしを置いた。
まさか…ペアになっていたなんて!
そして!ダリアン様がこっそり持っていたなんて。
なんかちょっと…失礼だけど、可愛い。
ふふふっと笑いが込み上げてくる。
「部屋を出る時に、ルティが部屋から持ち出したものは、
高価な指輪でも、ネックレスでもなくて…この子とペアになってる
あざらしのぬいぐるみだった。そのことが、すごく嬉しかったよ。
わたしが大切にしているぬいぐるみを、同じくルティも大切に
思ってくれていたなんてさ。これ以上、幸せなことはないよ」
優しい声。
真っすぐな目でわたしを見つめるダリアン様。
吸い込まれそうに、綺麗な目。
その目に今、わたしだけが映っていることが嬉しい。
胸の奥がざわついて、熱くなって…ダリアン様に触れたくなって。
って…。
えっ?
まさか…。
わたし…ダリアン様に恋、しちゃってない??
溜めこんでいた恋のダムが、一度に決壊した感じ。
どうしよう。だめよ!だめなのに!!
ダリアン様への気持ちがどんどん溢れてくる。
「ルティは…わたしのこと…嫌い?」
「もう!嫌いになりたいです!でも、なれなくて…困ってます!」
これが本音。
グスン、と鼻を鳴らして涙を拭う。
「認めたくなかったんですけど…たぶん、わたし、ダリアン様のことが好きです。
でも、わたしたちが結婚するには超えなきゃいけない
ハードルがありすぎて、もう、逃げることにしたんです!
せっかく…せっかく離れる決意をしたのに…どうして追いかけて
くるんですか!?こんなことされたらもう、好きを止められなく
なります!!」
一気にそうまくし立てて、泣きながら顔を上げた瞬間。
「止めないでよ、ルティ」
不意打ちのキスだった。
ダリアン様に体を抱き寄せられて、キスされた。
一瞬だけ香った、いつものダリアン様の香りに包まれて…。
気が緩んだ矢先の出来事だった。
「んんっ。んっ!」
驚いてとっさに唇を離してしまって。
思わずダリアン様の胸元に手を置いたの。
トクトクトク…と、とても早いダリアン様の心音に
わたしの鼓動も早くなる。
もしかして…ダリアン様も…緊張してるの?
ゆっくり顔を上げると、ダリアン様の唇が…
かすかに震えていて。
頬がほんのり赤くて。
いつも堂々としていて何にも動じないはずの
ダリアン様が初めて見せた顔。
胸がどんどん高鳴って…不覚にもときめいてしまったわ。
「ルティ、わたしと結婚して欲しい」
1度目のプロポーズとは違う。
まるで懇願するような必死さが伝わってくる。
ダリアン様の緊張と不安の入り混じった声が
胸の奥に…ジンと響いて…
愛しさで満たされたわたしは
小さくうなずいたの。
顔を上げたらダリアン様が、ものすごく嬉しそうに笑っていて
気が付いたらわたし…自分からキスの続きをしていたわ。
ダリアン様のキスはとても優しかった。
何度も、何度も、角度を変えて繰り返し甘いキスをされるたびに…。
ゆっくりと体の力が抜けていく。
気が付くと、わたしもダリアン様の肩に手をまわしていて…。
もう、止まらなかった。
荒くなるダリアン様の息遣い。
重ねる唇の感触が体中に伝わってくる。
わたし…ダリアン様とキスしてる。
それが全然嫌じゃなくて。
むしろすごく嬉しくて…。
心地よくて…やばい。
ちょっと…クセになりそう…。
「ルティ。愛してる。君以外何もいらない。
君が望むなら王太子の座はルイスに譲るよ。
ルイスならきっと愛される国王になれるだろうから」
は?
今、サラッと、とんでもないこと言わなかった!?
はい。
わたし、急に現実に戻りました~!!!
うっとりと閉じていた目が、カッ!と見開いたからね!
「ちょっと…はあ、はあ、えーっと。
ダリアン様!ちょっ!しばらくキス休止で」
「えー!!まだまだ足りないんだけど…」
明らかに不満そうなダリアン様に若干の不安を覚えながらもわたしは聞いた。
「ルイス様に王太子の座を譲るとか…正気ですか!?」
「だって…それが理由でルティが結婚してくれないなら
王太子でいる意味なんてないからさ」
ここでキュンとかしてるわたしも正気を失ってるとしか思えないけど。
この国の王太子…あなたより相応しい人いませんからね!!
「お言葉ですが、おそらくルイス様はダリアン様を差し置いて王太子になろう
なんて微塵も考えておりません。王太子位譲与のご提案は笑って却下されるか
怒って無視されるかの二択です。ルイス様はダリアン様のメンタル面を支え、
何かあった時の相談役に徹する事を喜びとしているように見受けられます。
ダリアン様が王太子をルイス様に譲るような事があれば…。
お二人にとって良い結果になるとは思えません。
ダリアン様がこの国の為に力を尽くしてきたこと…。努力されてきたこと。
わたしが誰よりも知っています。ダリアン様…あなたは王となるべき人です」
「でも…そうしたらルティは…」
不安そうにわたしを見るダリアン様。
いつも自信満々なくせに。
こういう弱った猛獣に化けるのやめて欲しい。
…ほっとけなくなるじゃないの。
「わたしたち…しましたよね?キス!!」
「うん。した。全然足りないけど…」
いやいや…結構たくさんしましたよね?
初回から重量オーバーですよ。
「わたしの初めてのキスは、この国と同じくらい重いんですから。
責任取ってくださいね」
驚いたダリアン様の顔が徐々に笑顔になっていく。
わたし…ダリアン様のこの笑顔…大好きなのよね。
わたし、ダリアン様が好き。
大好き。
だから決めた。
わたしは、もう逃げない。
腹、括ることにした。
まずは目の前のこの人を幸せにする。
そして、この人と一緒に、この国の人たちも幸せにする!
みーんなまとめて、幸せにする!!
体中の血がたぎるこの感覚。
懐かしい感覚が蘇ってきた。
「あの時の…ルティだ…」
わたしを見ていたダリアン様の顔が、見たこともないくらいに綻んで。
まるで憧れの英雄にでも会ったような目で
わたしを見てくるから、思わず後ずさりしたわ。
「あの時の…って、なんですか?」
恐る恐る聞くと…ダリアン様がジリジリと近づいてきて、
きつくわたしを抱きしめた。
「あの日。全てが退屈だった日。君に出会ったんだ」
ダリアン様が「あの日」について語り始める。
「隣国への視察帰り、火事に遭遇したんだ。燃えていたのは
そう、ルティの家だったんだ。火はだいぶ鎮火していたよ。
ルティは家族を励ましながら、真っすぐな目で焼け焦げた家を見ていた。
その横顔があまりにも美しくてわたしはしばらく見惚れていたんだ」
げ。
ま、まさかー!!!
あの時を見られていたとは!!
生まれて初めて、わたしの血がたぎった日の事よ。
確かにね…思い返してみたらやたら高貴な馬車が遠くに停まって
いたような気がする。野次馬も集まってきていたし、さすがに
ダリアン様の事は全く記憶にないけど。
そうか…ずいぶんとタイミングよく王宮に求人があって
助かった~と思っていたけど。
全部…しくまれてたー!!!!
ギリギリと歯ぎしりするわたしを知ってか知らずか
ダリアン様は調子よく話を続ける。
「ルティは戦いに挑む前の戦士のように勇敢で勇ましくてさ。
絶対にこの家族を守るんだって決意に満ちていたよ。
わたしの知っている守られてばかりの女性たちとはまるで違う。
あの時のルティに近づきたくて、頑張ってきたんだよ。
ルティがいたから、頑張れたんだ」
わたしを見る目が、天使のように、キラッキラしてるー!!
ただでさえ破壊力あるビジュアルなのに。
今のダリアン様。国一つ滅ぼしかねない程の輝きを放ってる。
正直、いろいろ思う所はあるけど。
まあ、惚れちゃったら負けなのよ。
明日から、早速、王太子妃教育再開しなくちゃ。
忘れている所、たくさんありそう~!!
一人で顔を白黒させるわたしを見てクスクス笑いながら。
ダリアン様の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
甘い吐息が聞こえ始めて…わたしはそっと、目を閉じた。




