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状況を飲み込めないまま、サツキたちは防具屋へと辿り着いた。近くで見るとより広く、大きく感じる。
店先には黒鉄の重厚な鎧や、革の軽装備一式が展示されていた。
店の中へ視線をやると、小手や兜などが一つずつ並んでいる。その色や素材も黒や金、青など様々で、規定世界には明らかに存在しなかったものばかり。
サツキは自分が武具を身に着けている姿を想像し、自然と口角が上がった。
「おーい! おやっさん、いるか! ギルサだ、客を連れてきたぞー!」
店の奥へギルサが叫ぶ。数秒後、何度か物音がして、一人の男が姿を現した。
「すまんな、工房で作業してたもんで」
しわがれた声とザラついた肌の男は、わずかに開かれた瞼から鋭い瞳を覗かせて言った。
服の上からでも分かるほど膨らんだ腕の筋肉が目を引く。同時に、油の強烈な香りがした。
サツキは、憧憬の剣にも武具を手入れする職人がいたのを思い出した。顔は似ていないが、使う筋肉などは同じなのだろう。硬く太い腕にぶら下がって遊んだ記憶が蘇ってきた。
「ほぉ……新入りか。防具が欲しいんだろ、こっちだ」
男はサツキの返事も聞かず、店の中へと踵を返した。
慌ててサツキはそれについていく。横目に見たギルサは苦笑いを浮かべていた。たぶん、いつものことなのだ。
「おめぇは魔術師か? 剣士か?」
「剣士だな。剣は腰にないけど」
「そりゃなんとも不思議だな。どっかで失くしたのか?」
「失くしたというか、最初から持ってないというか……まぁ、気にしないでくれ。それより防具を見たい。頼む」
職人の男には怪訝な顔をされたが、仕方ない。右手に生える剣の話をすると相当長くなってしまう。今だって、サツキは逸る気持ちを抑えているのだ。長話が出来るほど心の余裕はない。
「まずは採寸だ。それから合いそうなサイズの既製品を見て、これからどうするか決める」
「くっ……分かった」
それからしばらく、サツキは男に身体を測られた。退屈さでずっとサツキは半眼だったが、男は何も言わなかった。
シアはそれを微笑みながら眺め、ギルサは何かを考える素振りでいた。
採寸が終わると、次は店に並ぶ防具を見て回った。
右手で剣を使って接近戦をする剣士——という自分の戦闘スタイルを伝えると、それに合ったものをいくつか見繕ってくれた。素材や質感、使い方などを聞き、サツキは一つを選んだ。
「これ、良さそうだな」
目をつけたのは、白を基調とした戦闘服だった。
一本の碧い線が入っている袖は長く、首元も隠れる程度に、全体的に大きい。ポケットが胸元や腰のあたりにあり、チャックを開くと中にもついていた。
質感はザラザラとしている。鉱物が繊維に織り込まれているらしく、戦闘にも耐えうる強度だと言う。
「お前の体格だと、少し大きいな。明後日……いや明日だ。サイズを合わせておくからまた取りに来い」
「なっ……お預けかよ!?」
「まぁまぁ、落ち着いてよサツキくん。これでも早い方だよ。オーダーメイドなら数ヶ月はかかる。それに、鉱物繊維で出来てるものを直すのって時間かかるんだよ?」
「嬢ちゃん詳しいな。どっかで聞いたのか?」
男の声には僅かに揺らぎが——好奇心とも言い換えられる——あった。
対してシアは、目線を逸らしながら答える。
「あー、まぁそんなところだよ、うん」
「ははっ、謙遜はよせ。さっき俺が説明している時も分かったように頷いていただろ」
「えっ……と……」
目が泳いでいる。まるで鳥が舞うように不規則に。
確かにシアは、先ほど深く頷いてはサツキにチラチラ視線を向けていた。といっても、サツキはそれに気付きつつ、特に気にせず説明を聞いていたわけだが。
それにしても可哀想だと思い、助け舟を出すことにした。
「それで、結論を教えてくれないか? 俺たちは旅で疲れてるんだ、頭が回らなくなってきた……」
「おっと、そうだな。すまん。ただ俺は折角だから安くしてやると言いたかっただけだ」
「「おぉ!」」
シアとサツキの声が重なる。
正直、サツキは気がかりだった。装備を買ってくれるのは嬉しいし憧れではあったのだが、シアの路銀がないことが心配だったのだ。そんなサツキにとっては良い話。シアも同様だろう。
と、ウキウキの二人にギルサが声をかける。
「そんじゃ、決まりだな。おやっさん、また後でな」
「おう」
「……ん? ギルサ、どこ行くんだ? 別れの雰囲気みたいなのが出てるが」
出口へ向かっていたギルサは立ち止まり、振り返りながら言う。
「当然次は宿屋だろ。新人を案内するのも先輩の務めさ。いいところに案内してやるよ」
「おぉ……!」
「こっちだ、着いてこい!」
外に出ると、素早く人の波間を縫うようにしてギルサは歩いていく。
サツキは付いていくので精一杯だったが、しばらくすると周囲を見れるようになってきた。
例えば建物。色々あるなぁとしか思っていなかったが、よく見れば年季が入っている。真新しい建築物というものがないのだ。木材がくすんでいたり、欠けていたり……規定世界にも数少ないが、古い建築はあった。だから分かる。
あるいは雰囲気。騒がしいだけと感じていたが、しかしピリリと肌で感じる混沌がある。人々の目を見れば、よそよそしくしているのではなく、警戒しているのだと分かった。その点、ギルサは良くしてくれている。
シアを見ると、周りの冒険者と似たような目つきだった。碧い瞳が泳ぐのではなく、意思を持って動いている。何を見ているかまでは分からないが、慣れている。
——そのうち、第三階層へ上がる階段を昇り始めた。
見上げた先には、いくつもの部屋とベランダがある家屋が点在していた。恐らく、あれらが宿屋で、どれかが今日の寝床になるのだろう。
つまり、第三階層は宿屋が集まる場所なのだ。
「見えるか? 奥の方にある、三階建てで赤褐色のが目的地だ」
温かみのあるブラウンで塗られた建物は、周囲と違った色なのですぐに発見することが出来た。
宿が近い——と実感すると、サツキの両足は一気に悲鳴を上げ始めた。一時は防具の興奮で忘れていたが、そろそろ限界のようだ。
「おう! 久しぶりだな。客を連れてきた、良くしてやってくれ」
到着すると、ギルサは防具屋の時と同じように店主に挨拶をし、サツキたちを紹介した。
宿の中は思ったより広かった。
受付を左に行くと階段があり、踊り場までしか見えない。部屋は後で行くことになっているから、まだこちらに用はない。
反対の右側には食堂があった。数人が静かに食事をしていて、話し声はあまりない。食器と食器が触れる音がカチリカチリと響くだけだ。平和、と言ってしまえばそれだけの、寂しい光景に思えた。
サツキはおもむろに窓際の席に座り、シアもその前に座る。
「……そういや、こっちに来てから最初の飯か」
席にもたれかかった瞬間、サツキの腹の虫が元気に鳴いた。
五秒にもわたる咆哮は周囲にも聞こえる音量で、サツキの顔は一瞬で熱くなった。顔を覆うように手を当て、どうにか冷まそうと試みる。
「あはははっ! そうだね。私ももうお腹ペコペコだよ」
シアの顔は見えないが、コロコロとした笑い声は心地よかった。けれど、顔の熱が全然治まらない。
いっそ氷の魔術を使ってもらおうかとすら思い至った時、横から声がかかった。
「二人とも、パンとシチューでいいかい?」
それは食堂の女将だった。ふくよかな身体と穏やかな表情は慈しみを感じる。
「はい、お願いします」
シアは笑みを保ったまま言った。
数分後、二人分の料理が運ばれてきた。
優しいクリームの匂いを含んだ湯気を立ち上らせる、白いシチューには、数種類の野菜が見え隠れしている。
小麦色のパンは食べられそうな程度の硬さだった。爪で叩くと硬質な音が返ってくるパンには戸惑いを隠せないが、シアが平然としていることから普通なのだと察した。
おとなしくサツキはパンをシチューにつけ、一口。
「まだ硬い……けど美味い」
パンにシチューがよく染み込み、絶妙に合わさっている。質素ではあるが、空腹の人間にはこの上ないご馳走に思えた。
「確かにパンは硬めだね。ただ、もっと硬いのを経験したこともある私からすれば柔らかく感じるほどだよ」
「これより硬いってどんなもんなんだ?」
「石だよ」
「……は?」
「正しくは、長期保存できるようにマナで変質させたパンだね。いやぁ、あれは歯が咽び泣いたよ。口の中が絶望してた」
「絶対に食いたくねぇ……! 何があってもそんなの作らないでくれよ!?」
「悪い子にしてたら作っちゃうかも」
「ひえっ……! 歯の合唱なんか聞きたくないぞ俺……!」
「ま、サツキくんは悪い子じゃないから大丈夫だろうけどね」
軽口を叩きあううちに、パンもシチューも綺麗に無くなっていた。
規定世界とは雰囲気がまるで異なるが、食べ物は食べ物。腹に入れば同じなのだ。
「じゃあ、部屋に行こっか」
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