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管理者に染まる世界線  作者: ねくしあ


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8/10

「……なぁ、そこでいっぱい浮いてるあれはなんだ? 木の色と似てるが」


 数十分は草原を歩き、無数の色に慣れ切ったサツキの足はかなり限界を迎えていた。正直に「疲れた」と言う気分にはなれず、平静を装っていたところにそれは現れたのである。


 先程見た木材を使っていると思しき建物。それが、いくつも空中に浮いているのだ。


 何かの食材を売っている屋台や防具が並ぶ露店などが、五層に連なる階層構造を成しながらも、乱雑に散らばっている。その中には、支柱のように螺旋階段が伸びていた。


 階層ごとに建物の特徴は違うが、その意味はサツキには分からなかった。


「ここが最初の目的地だよ。その名も——冒険者の街、ゲーテ」


「街……? あれが……?」


 サツキの知る街とは、無機質なビルやマンションのこと。木造の家屋など見たこともない。ましてや浮いているのだ、サツキの知る常識から完全に外れている。


 唯一地面の上にあるのは高い石壁で、中は伺い知れない。


 未知の世界に来た——という感想が自然と漏れ出る。


「お父さんから聞いてない? 少なくとも第六世界の街は何かしらが浮いてるよ」


「街があるのは知ってたけど……! てか何だよ何かしら浮いてるって……そもそもどうやって浮かせてるんだよ?」


「そりゃあ、魔術だよ」


 あっけらかんと宣うシア。


 サツキの頭上に広がる空中街には人が行き交っている。冒険者らしい装いの者もいれば、私服の者もいるのも見えた。よく見れば、マナの光を淡く纏っている。


 彼らは皆、魔術の上に立っているのだ。


「今日はここで一泊するよ。宿屋を、それも安めのを探さなくちゃね」


「そういやシア、いくらくらい持ってるんだ?」


「う~ん、数日分かな。どこかで依頼でも受けて稼がないと」


「どこか——ってアテはあるのか?」


「ないっ!」


 そう言って、シアは石壁へと迷いなく進んでいく。


「マジかよ……」


 サツキがぼーっと突っ立っている間にも、シアは歩みを止めない。


 その後ろ姿は、到底同年代の少女には思えなかった。サツキは、自分よりもずっと大人に見えた。


(親父も、あれくらい迷いがなかった)


 ふと我に返る。開いた距離を、すぐに小走りで埋めてシアの元に追いつく。


「……なぁ、どうやってこの高い壁を越えるんだ? 門とか見当たらないが」


「ほら、早く」


 疑問を投げかけるサツキの方を向いてシアは手を差し伸べる。


 無性に嫌な予感がするが、他に手はないと考えその手を握る。


「それじゃあ——〈風よ、舞い上がれ〉っ!」


「あぁやっぱり——!」


 刹那、足元から強烈な風が吹き上がった。 


 シアの纏う外套がなびき、髪がひとりでに持ち上がり、そしてサツキたちの身体が浮き上がった。ちょうど学校から飛び降りたときの逆だ。全身を風が包み込み、上へ上へと押し上げる。


 地面に押し付けられるよりはよっぽどマシだとサツキは思った。反面、地上を見ると余計に恐怖が募るが、もはやシアとの旅の宿命なのだと諦めていた。


「私たち、浮いてばっかりだね」


「お前のせいだろうが!?」


 おどけた様子でシアは笑った。全く他人事のようで、サツキは溜息をつく。それも風に流され、視界はついに壁を超えた。


「——ひっ」


 眼下にはおびただしい数の剣や槍。落ちたらただでは済まないこと請け合いだ。だが埋め尽くされているわけではない。通路なのか、人ひとり分のわずかな隙間は中央にある螺旋階段へと繋がっている。


「いっそのこと上で降りよっか。〈風よ、舞い上がれ〉」



 第一階層は広かった。整えられた木の床があり、向こうではジョッキに入った酒を飲み交わす壮年の男たちが机を囲んで宴会をしている。どうやら飲食店のエリアらしい。それなのに、サツキたちを睨む視線は剣呑で、見定められているように感じた。


 そんな考察を、サツキは床スレスレの低い位置からしていた。


「……た、立てない」


「ありゃ、風の魔術にも慣れないとだね。冒険するなら必須の技能だよ?」


 第一階層まで浮き上がって降り立ったサツキは、足をガクガクと震わせて屈んでいた。今まで散々地面を歩いてきたのに、一度飛んでしまうと人は立ち方さえ簡単に忘れてしまうのだ。


 これなら落ちるほうがマシかも……と、さっきとは真逆の思考が脳裏に渦巻く。


「シアは平気そうだな……」


「当然だよ。なにせ私は熟練の冒険者だからねっ」


 胸を張り「むふー」と聞こえてくるような顔で誇らしげにしている。


 戦闘技能や魔術のスキル——運動能力から魔術の構築・発動の速度と強度まで全て——を鑑みるに、確かに熟練なのだろう。そうは言っても若い。年齢は知らないが、親父たちよりは確実に。


 果たして、それで熟練と名乗れるのか。


 一度考え始めるとキリがないからと、サツキは頭を振った。


「……む、今なんか変なこと考えた? もっと私を敬ってもいいんだぞ?」


「いやいや、なんでもない」


 内心を見透かされたかと焦り、思わず立ち上がる。力が入らずよろめきかけて、なんとか持ちこたえた。


「見てたぞ、さっきの魔術。魔術の腕はかなり高いと見た」


 すると、一人の男が近づいてきた。三十路くらいか、顔のシワはまだ浅いが、古傷がある。肩当てなどの防具や腰の剣など、外見からして冒険者だ。


「褒めてくれてありがと。君はここの住人?」


「そうだ。ギルサって呼んでくれ」


「私はシア。こっちはサツキ」


 軽快なリズムで交わされる会話は、まさに冒険者。規定世界の住人の息が詰まるようなそれとは違う。


「ど、どうも」


 サツキは久しぶりの感覚にたじろぎつつも、なんとか返事をした。


 対してギルサは「おう」と返した。やはり軽い。サツキは無意識に肩に力が入っていたのだと思い、深呼吸を一つしてギルサに向き直った。


「あんたら、ゲーテは初めてか?」


「そ——」


「あぁ。それどころか、第六世界に来たばっかだ」


 シアが口を開いた直後、サツキは割り込んだ。ギルサも会話の相手を定めたようで、身体がサツキの方を向いた。


「マジか! どこの世界からだ? 近くに遺跡はないと思うが……」


「どこから、と言われれば規定世界だな」


 ギルサは目を見開き、サツキを上から下までジロジロと値踏みするように視線を滑らせた。


「それはまた長旅だったな! 道理で服装が……おっと、ようこそ新入り、歓迎するぜ。俺の知り合いがやってる防具屋に連れて行ってやるよ」


 トントン拍子に話が進む中、ギルサが背を向けた隙に、シアはこっそりとサツキに耳打ちする。


「ちょいちょい、サツキくんってばいきなり饒舌になってない? 私に接する時と別人なんだけど!?」


「男の冒険者には慣れてて話しやすいからだろ……たぶん」


「自信ないんじゃん! 私にもあれくらいやっても良いと思うんだけど!」


「いや、そ、それはだな……」


 〝爽やかなイケメン〟——そんなことを学校で言われたのを思い出す。


 それが客観的な事実かどうかはさておき、シアは整った顔立ちをしている。目は透き通っていて、鼻は高く、肌は白い。クラスメイトにもこれほど麗しい少女はいなかった。


 つまり、有り体に言ってしまえば——


(可愛い、んだよな……)


 それを意識すると、途端に目を合わせられなくなる。


 もしかしたら、今までもずっとそうだったのかもしれない。


「ん? どうしたお前ら」


「「なんでもない!!!」」


「そうか。防具屋はこっちだ。段差に気をつけろよ」


 ギルサは気に留めた様子もなく歩き出し、螺旋階段を登る。ついていくと、景色がまた一段高くなった。


(こんなにマナだらけの空間なんか見たことない……!)


 大通りに並ぶ武器屋、防具屋、鍛冶屋、道具屋……と、第二階層はまた違った賑わいで満ちていた。


 人の数も多く、やはり殆どは冒険者のようだ。行き交う人々の雰囲気はどこかよそよそしく、適切な距離を保とうとする規定世界とは似て非なるもので、冒険者に共通する感覚を感じる。とはいっても、親父の姿も、憧憬の剣のメンバーもいない。


 店頭に並ぶ剣や鎧はどれを取っても真新しいものばかりで、金属的な輝きを放っている。それら全てがサツキにとって新鮮だった。


 中でも特筆すべきはマナの多さだ。あらゆる建物からマナが漏れ出ている。即ち、マナや魔術を使っているということ。


 辺境の街でさえ虹色に煌めくのなら、都会はどうなっているのか——そう思った瞬間、サツキの胸中は期待で満ちた。


「あそこだ。はぐれるなよ?」


 ギルサが示した先は通りの角にある平屋。中は見えないが、かなり大きいように見える。


「だってさ。ね、サツキくん。手つなごっか」


「え? あ、いや、手、え?」


「はぐれても見失わないとは思うけど、そもそもはぐれないようにしたいからね。ほらっ」


 シアはサツキに向かって手を差し伸べた。


 規定世界では断ったその提案が、今は魅力的に感じられた。それと同時に躊躇する心も生まれ——負けた。


「こ、これでいいか……?」


 サツキはシアの人差し指だけを掴んだ。


 柔らかな肌は、剣を握ってこなかった者のそれ。


 トクン、トクン——微かに伝わる拍動が、あまりにも〝生〟を感じさせる。


「ふふっ。ま、それでもいいけどさ」


 シアはくしゃっと破顔し、身体を反転させた。


「……お前ら、仲良いな」


「「?」」


 呆れたような物言いをするギルサに、サツキとシアは疑問符を浮かべた。何がおかしいのか、何が変なのか微塵も分からなかったのだ。


「オーケー、俺が悪かった。行くぞ」

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