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管理者に染まる世界線  作者: ねくしあ


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7/9

今日からは毎日19時半に投稿します

 だだっ広い平原。


 第六世界を端的に表すのなら、そうとしか言えなかった。


 親父やシアの話によれば、「冒険者からすればまともな方」なのだとか。


 とはいえ、初めての異世界であるサツキにとってそんな事実は関係なかった。


 踏みならされた道があり、周囲は木々と草が地表を覆っている。空気は澄んでいて、明らかに規定世界とは違う。そもそも澄んでいるという感覚自体がなかったからだ。サツキはシアに教えられて初めてこの言葉を知った。他にも、規定世界になかった色を表す言葉をたくさん聞いた。


「なぁシア! あれは!?」


「木の幹は……くすんだ茶色かな」


 シアの言葉を聞くとサツキは内心で何度か復唱した。「そういうもの」と心が理解すると、走り出してくすんだ茶色の木の幹を触る。


 荒い感触と、木の重さが掌に伝わってきた。揺れる木々の葉が自分に挨拶をしているような気がして、見上げて小さく微笑んだ。


「……よくよく思えば、規定世界から出てきたばかりの子と話すのは初めてだったかも。冒険者になってある程度経ってれば最低限の知識はあるわけだし」


「仕方ないだろ。多少は親父たちから聞いてたけど、見たことのない色が想像できるわけないんだから」


 緑とか、茶色とか、いわゆる自然に存在する色の言葉は聞いていた。だけど、それをいつ使うのか、なにがその色なのかは知らなかった。他の感覚にしてもそうだ。土の感触や草の匂いなど、規定世界には存在していなかった。あれらはまさしく無なのだ。存在を知らなければ、無であることにすら気づけない。


「それは……そうだけどさ。でも、こっちの常識を殆ど知らないのもまた事実だよね。このお姉さんが全部教えて差し上げよう。先輩と呼んでくれてもいいんだぞっ?」


「シア、頼んだ」


「ちぇーっ……」


 シアはなにかにつけて自分をお姉さんと呼ぶが、サツキはそれを容赦なく切り捨てている。さすがにこれをお姉さんと呼ぶ気にはなれなかったのだ。とは言っても、常識には興味がある。知りたくても知れなかったことを知りたい。その願いがサツキの足をひたすらに動かしていた。


「さっき言ったし知ってるとは思うけど、ここは第六世界。自然が多く、自由な世界だ。冒険者にとって住みやすい世界でもあるから、住人には冒険者って人も多いよ」


 軽快な足取りでサツキの前を歩くシア。


 くるりと半回転し、後ろ向きに歩くかたちになって続ける。


「各地にある遺跡や、この世界で二番目に大きい都市・ミカレスタにある塔で貴重なアイテムを入手できる環境も、冒険者が多い理由の一つだね」


「ミカレスタ……聞いたことがあるな。親父も確か、そこの塔を登ると言っていた」


「別名『塔の街』だからね。塔を目指すなら必ず目的地になるよ」


 各世界に一つ存在する巨大な塔。それはサツキの親父が目指した場所だった。プレローマの外へ行くためには避けては通れない試練だ、と何度も聞かされたのを思い出した。


「ということは、俺らも行くことになるんだな」


 サツキの問いに、シアは力強く首肯した。


「でもまだまだ遠いから、今の目的地は近くの街かな。ミカレスタに行く冒険者が準備を整えたり、彼らに向けて商売をする商人がいたりして結構賑わってるんだよ」


「俺ら、完全に手ぶらだもんな……特に俺はまだ制服だし」


「ふふっ。私は好きだけどなー? その格好。似合ってるよ」


 可憐な少女にそんな褒め言葉を頂戴したことがなかったサツキは、顔が熱くなるのを感じた。それを表す言葉をサツキはまだ知らなかった。


「け、けど、やっぱ冒険者っぽくした方が良いだろ! 手甲とか、革鎧とか!」


「それも大事だよね。いざという時に制服じゃ防御力が心許ないし」


「そう! その通りだよな!」


 サツキは現在無一文。防具はシアに買ってもらうことになる……というのを頭の片隅に置きつつも、憧れた防具のために熱弁が止まらない。


「でも……まずは防具なしで戦わないといけないみたいだ」


 しかし、シアは目を細め、足を止めた。


 その声色は一瞬にしてサツキを現実に引き戻すほどに冷静。すぐに振り向くと、前をじっと眺めた。


「ん? どうしたんだ?」


 サツキの身体は震えていた。そして、すぐに違うと分かった。


 震えているのは、地面の方だ。


「何が起こって——!?」


 ——直後、前方の地面が隆起した。


 その膨らみは段々と大きくなり、大地を割いて何かが〝産まれた〟。


 それは黒い動物のようだった。それは四つの足を地につけていた。それは敵意に満ちた目で牙を剥いていた。


「あ、あれって……」


 生存本能が警鐘を鳴らす。警備隊の隊長とはまた違う恐怖。たとえるならそれは、この世にいてはいけないものを直視している心地。


 姿形が、かつて親父から聞いたそれと酷似——いや、全く同じであると気づいたのは、すぐのことだった。


「魔獣だよ。プレローマ全域で予兆なく発生する敵。冒険者は塔や遺跡で宝を手に入れることだけが仕事じゃない。一番多いのは、間違いなく魔獣の討伐さ」


 すると、次々に地面が隆起し、割け、魔獣が産まれた。あっという間に数は増え、合計で五体になった。それぞれの大きさは異なるが、光を飲み込むような黒色をしているのは同じだった。


「グルルル……」


 頭から生える二本の歪な角は剣先を思わせる鋭さ。それが五体分並んでいるとなれば、不意に自分の身体が貫かれる光景が想起される。


「〈氷よ、爆ぜろ〉!」


 その詠唱の次の瞬間、小さな氷の欠片がいくつか放たれた。


 風を切って飛んだ欠片は魔獣が動く前に獲物まで辿り着き——爆ぜた。


 一瞬にして三体の魔獣は氷に包まれ、身動きが取れない状態になったのだ。


「あと二体!」


 魔獣たちがようやく動き始め、唸り声を上げながらシアの回りを走る。どうやらタイミングを伺っているようだ。


「グルッ!」


「〈炎よ、駆けろ〉!」


 一体が勢いよく跳ね、シア目掛けて飛びかかった。


 口の隙間から覗く赤黒い牙がシアの柔肌を割く——はずもなく、空中に現れた炎の球が魔獣の口へと入り、身体の内側から焼き尽くした。


 火だるまになった魔獣はみるみるうちに形を失い、粒子となって消えていった。


「よしっ!」


 だが、その時。サツキは明確な違和感を覚えていた。もう一体はどこへ行ったのか、と。


 直感に従い振り向いた先には、急接近してくる魔獣がいた。須臾の間に彼我の距離は縮まり、サツキが抵抗する手段を模索する暇もなく魔獣は跳躍する。


「サツキくん!」


「シアに助けられなくともッ!」


 乱暴に、策略から最も遠い行動をサツキは取った。


 かつて警備隊長を倒した魔法のような攻撃——つまり殴打だ。短絡的ではあるが、間違いなく最も簡単な答えであり、サツキが持つ唯一の反撃手段なので仕方がない。


(親父みたいに剣でかっこよく戦えれば良かったんだがな……)


 そんなことを思いながらぎゅっと目を閉じ、ただ手に伝わる感触を感じる。それが痛みでないことを祈りながら、だが。


「グルッ……」


 魔獣の断末魔が聞こえ、手に重さがかかる。


 生暖かい液体が拳を覆い、握った指と指の間に入り込む。——それが、握った手の中に異物が紛れ込んでいることをサツキに教えた。


「すごい……やっぱりサツキくんを選んだのは間違ってなかった……!」


 サツキは目を開く。


 目に飛び込んできたのは、魔獣が空中で——サツキの眼前で鮮血を流している光景だった。


「うわぁ!?」


 その奇妙さに思わずたたらを踏む。すると、動きと同時に魔獣の死体も動いた。どうやら同調しているようだ。


 そこで、ようやく何があったかを把握した。


「俺の手に……剣が……」


「サツキくんが魔獣を殴ろうとした瞬間、突然生えてきたんだよ。それが上手いこと魔獣に刺さって絶命、って感じだね」


 シアの説明を聞き、数秒かけてサツキは状況を理解した。


 つまり、手にあった異物とは剣の柄だったのだ。空中に浮いているのではなく、剣が刺さっている。手にかかった重さはその死体だった。


 いつまでも魔獣の死体を掲げている訳には行かないと思い、血振りの要領で死体を振り落とす。地面に転がった死体もまた、黒い粒子になって空気に溶けていった。


 そして、刀身が露わになる。


「——黒い、剣」


 一欠片の曇りすらない、美しい黒だった。どこか妖しげでありつつも、馴染み深いような感覚。なにより——憧れが叶ったという事実が胸を満たす。


「なんだか嬉しそうだね。目がキラキラしてるよ」


「そ、そうか? そんなことないと思うが」


 口はそう言いつつ、自身の口角が上がっていることにサツキは気づいていた。頑張って抑えようにも、込み上げてくる喜びがそれを許さなかった。


 剣を太陽にかざす。剣の影が視界を暗くする。それが、剣をより一層輝かせた。


「……てか、これってツルギの剣か」


「だね。規定世界で腕に刺さっていつの間にか消えた剣と全く同じだよ」


 あの時は謎だったが、今になって再登場するとはサツキも思っていなかった。お陰で命を救われたのだから、ツルギにも感謝しなければいけない……かもしれない。


「まさかこれを見据えて……な訳はないよな」


 冗談交じりにサツキは言う。意見を聞こうとシアに目配せすると、明後日の方を向きながら肩をすくめた。


 ツルギとは、規定世界の秩序を守る秩序の塊のような男のはず。誰よりも秩序たる人間が、そのようなことをするとは考えにくい。


「それじゃあ、そろそろ出発しよっか。日が落ちる前には着けると思うよ」


「だな」


 思考を端に置き、サツキたちは再び草原を歩き出した。


 魔獣の死体は既に消え、戦闘の痕跡はどこにもなくなっていた。



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