6:幕間2
明日から19時半です
よろしくお願いします
黒髪の少年が警備隊の隊長を光る右手で河川へと吹き飛ばした。
そして青い外套を纏う少女が少年の元に駆け寄り、少年と共に脇目も振らず逃げ出していく。
——そんな衝撃的な光景を、二人の少女がビルの影からこっそりと覗いていた。
サツキとツルギが戦っていた場所から百メートルほど離れていて、詳しい会話は聞こえない。しかし「クラスメイトと不審者が警備隊を一掃した」という結果を見るには充分な距離だ。
そんな彼女らの服装はサツキと同じ高校の制服。白黒のスカートとシャツは規定世界の町並みに溶け込む迷彩服のようだった。
片方はツインテールの可憐な少女。可能な限り壁から身を乗り出し、サツキたちを凝視している。もう一人の少女はその後ろに隠れてはいるが、好奇心が抑えられないのか隙間からチラチラと見ていた。
「おぉ……!」
「おぉじゃない! もぅ、マヤちゃんってば危機感なさすぎ! 学校を抜け出すとか大目玉ものだよぉ……」
少し声を抑えながら、少女はマヤを叱る。対してマヤは蠱惑的な笑みを浮かべ、少女の耳元で囁いた。
「とか言って、あたしに着いてきてくれてるじゃんっ。心配したんでしょお~? ありがとねっ」
すると少女はくすぐったそうに背筋を伸ばし、顔を赤らめて「マヤちゃんずるいよぉ……」という呟きを漏らした。それを聞いたマヤは肩の力を抜く。
「でもさ、学校抜け出してきた価値はあったでしょ」
「まぁ……そうかも。平和で秩序が保たれてるのが一番だけど、たまにはこういうのもアリ、かも」
「くふふっ、そうだよね。あたしを追いかけてこなかったらこれは見れなかったんだぞ~?」
「それとこれとは話が別! ダメなものはダメなんだからね?」
再び説教に話が流れ、マヤは少し困ってしまう。
そこで目を閉じ、自分の内側に問いかけ、返ってくる声に耳を澄ました。
『ねぇ~これどうすればいい~? 教えてジヴリナ様~!』
『全くもう、しょうがないわね。そこはいい感じに話を逸らせば良いのよ。その……サツキ? って子の話題にするとかね。恋バナに繋げればより良いんじゃないかしら?』
ジヴリナの声は儚げで、か細い。しかし、高貴で傲慢な心が滲んでいた。上に立つ者に相応しい風格と自信が感じられる、とマヤは常々思い、畏敬の念を抱いていた。
だが、その声は少女に聞こえていない。
「……? どうしたのマヤちゃん」
「てかさ、どう思う? サツキくんのこと」
「ん……? えっと、どう思う、って?」
「かっこいいとか、優しそう、とか。そういうの」
「う~ん。私は特になかったかな。あんまりクラスに馴染めてなかったとは思うけど、みんな優しくしてたし。問題を起こすわけでもないから平和だったよね。それはマヤちゃんも同じクラスだから知ってるだろうけど」
マヤはその話に相槌を打ちつつ、サツキたちが向かった方向をぼーっと見ながら言った。
「ちなみにあたしはサツキくんのこと、気になってたりするよ」
「ふ~ん……って、えぇ!? マヤちゃん全然そんな素振りなかったじゃん!」
一瞬で少女は〝恋愛モード〟の面持ちに変わり、マヤの手を掴んで鼻息を荒くし始めた。
「どこの世界でも恋は人を狂わせるんだなぁ」——とマヤは小さく零し、再び意識の内側へ意識を向けた。
『それでジヴリナ様、あたしたちこれからどうするの~? あのキラキラ女を追跡するんだよね?』
『えぇ。それと、同時にサツキも追って頂戴。憎きあの悪魔に誑かされた可哀想な子と思っていたけど、違った。あれはわたくしと同類よ』
『……えっ、マジで!? あんな弱そうなヤツが!?』
同類。その意味は分かったが、サツキという少年が〝それ〟であることが理解できず、返答に詰まってしまう。
『弱そう、で言ったらわたくしもそうだと思うわよ。なにせ、わたくしは世界プレローマ随一の病弱美少女なのだから!』
『もぉ、ジヴリナ様! そこ茶化すとこじゃないよっ!?』
『えぇ、その通りよ。間違いなく笑い事じゃないわ』
ジヴリナはいつも、自分の思い通りに話を進めようとするきらいがある。
マヤはそんな主人に辟易としつつ、次に続く言葉を静かに待った。
『わたくしの腐れ縁と新人くんの二人を追跡して。新人くんについては後で考えるわ。腐れ縁をどうするかは……分かってるわよね?』
『分かった。じゃあ、行ってきます』
口には出さず、心の中で呟いたマヤは、北の方を向いた。
その視線は遠く遠く——規定世界を超え、第三世界を見つめていた。
深呼吸を一つ。目標を定め気持ちを新たにし、サツキの逃げた東の第六世界へと向き直る。
「ねぇねぇ、サツキくんのどこが気になったの!? 教えてマヤちゃん!」
「うるさい」
未だに騒いでいた少女を横目に、マヤは左手で自分のスカートを勢いよく捲り上げた。
露わになる太もも。
その扇情的な光景に少女が当惑した直後——太ももに携えたナイフが見えた。マヤは慣れた手つきでナイフを抜き、そのまま左手の凶器を少女の額に突き刺す。
「じゃあね。あたし、もう行かないとだから」
「マ……ゃん……」
ドロリと赤黒い液体が、規則正しいリズムで溢れ出す。少女の顔を伝い、悍ましい軌跡を残して白い制服をも染めていく。それは、呑気に広がる青空と対照的すぎるほどだった。
目の光が失われたのを認めたマヤは、ナイフを引き抜いた。支えを失った少女は地面に崩れ落ちる。同時に、血の匂いがマヤの鼻腔に押し寄せた。しかし、顔をしかめることもなく、ただ少女を即死させられた自分の手腕に頷いていた。
「二度と会うことがないとしても、その記憶に混じった混沌は邪魔だからね。規定世界の秩序保持——記憶とかの削除が殺すだけでいいなんて便利だなぁ〜」
面倒そうに吐き捨てたマヤはナイフをホルダーに戻し、自分の頭を覆うツインテールのウィッグを取り払った。
薄紫ライラック色の髪がふわりと零れ落ちる。
それを素早くツインテールに結ぶと、すぐにマヤはその場を去った。
それから数分。
「……あれ、私ここでなにしてるんだっけ」
血溜まりにいたはずの少女は、スッキリとした目覚めを味わった。
「う~ん……記憶がないなぁ。服も汚れてないし……ま、いっか。平和で秩序が保たれているのが一番だもんね!」
自分が真っ白な制服で路地裏にいるのだと把握した少女は、傷一つない身体を動かし、学校へと戻っていった。
生臭い鉄の匂いは既に、風に飛ばされたあとだった。
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