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次回最終回につき連続投稿です
「王宮の方角は分かるか?」
「うふふっ、サツキ様も冗談がお下手ですね。ここから見えるじゃないですか」
「……俺にはあれが王宮には見えない」
遠くには巨大な塔。賢者の塔とは違い、太くて短い。加えて、近くに四つの館も併設されていることも違いと言える。
しかし第六世界の王城——エディン城は目玉であるので、文句を言う筋合いがないことにサツキは気がついた。誰が設計したのか、帰ったら探そうと思った。
「じゃあ、またサーフィンの時間だな」
白い大地であっても、変わらず土の波に乗っていく。
度々集落の近くを通ると、住民がいる。第六世界ではよくも悪くも騒いだが、第三世界の住民たちは慌てもせず、静かに家の中に引っ込んでいく。ただ怯えたような素振りは見せたが、じっとサツキたちを見ているだけで何も喋りはしない。
それはどこの集落もそうで、誰しもがそうした。
謎は無限に膨らんでいくが、その間に王宮はすぐそこという場所まで来た。王宮の上の方から、いくつかの強烈なマナが溢れ出ている。一つはきっとシアだ。ならば、他はジヴリナと部下ということ。
「第六世界から来訪せし侵入者よ、止まれ。命が惜しければ投降せよ」「うわっ……」
見渡す限りを埋め尽くす大量の警備兵。統一された武装と統一された雰囲気は、兵士としては手本であった。もちろん、サツキたちからすれば邪魔でしかない。
「女王陛下のおわす玉座へは行かせない! 我らがここで食い止める!」
地上にいる兵士は槍を装備している。全員がサツキに向けて構えている状態だ。
城壁にいる兵士は弓を番えている。指揮官が隠れて合図を出すと、直後に弓の雨が降った。
「……そんな攻撃だと防げちゃうんだけどな」
世界を操るサツキにとって、弓矢は煩わしい雨でしかない。簡単に壁を作れば、貫通もせず全てそこに刺さっていく。
壁を崩し、役目を終えた無様な弓矢が白い大地に散乱した。
次いで、目深にフードを被った魔術師たちが詠唱し始める。様々な言葉が飛び交い、聞き取れなかったが、炎や水、風、土とありとあらゆる魔術がサツキを襲った。
それらは少し分厚い壁を作ることで防ぐことができた、詠唱の有無は戦場において生死を分けるほどの差が生まれる。ならば、自明とさえ言える結果だ。
儚げなそれらを横目に、アトラは呟く。
「サツキ様、これこそ管理者が最高権力者たる所以です。誰にも縛れない力を持つ者こそ、頂点で輝くのです」
「なるほどな……これくらい強ければ誰かが管理者を支配、なんて無理な話だな」
自惚れているというわけではなく、ここに証明された事実だ。
少なくとも、塔の最上階にいたアンドロイドの剣士や、同等である管理者のような強者でない限り——つまり魔術師でもない一般人は——管理者に太刀打ちするなど夢のまた夢だろう。
「じゃあな、お前ら。管理者同士の戦いに君らは介入する余地はないんでね」
足場を高く、高く作り、弓矢さえ届かない高度まで到達する。
塔の水平方向にはマナだらけの部屋があった。
足を持ち上げる度に足場を作り、作り、作り……壁に空隙を作った。
「迎えに来たよ、シア」
「あら、坊や。やっと来たわね」
「ちっ……俺はお前に話しかけてないぞ」
待ち構えるようにして、一人の女性が座っていた。
机に両腕をつき、組んだ指の上に顎を乗せている。目を閉じたまま、サツキの方を見て愉快そうに口角を歪めた。ベージュの透明感ある髪はだらしなく伸びており、机の足元に散らばっている。
横には戦斧を背中に提げた偉丈夫が立ち、サツキを睨んでいた。
それらより、一番目を引くものは——
「シアっ!」
シアは十字架に吊り下げられていた。綺麗な碧の瞳は瞼に塞がれて見えない。胸が少しだけ上下しており、マナも循環しており生きていることは分かった。だからと言って、サツキの怒りは収まらない。
「お前がジヴリナだな?」
「えぇ。始めまして、わたくしの同僚、サツキくん。生で見ると違うわね」
「目を閉じているのに——あぁ、そこの男も四大公爵、つまり傀儡なわけだ。下衆が」
「あら、言葉が強いわね。そんなに怒らせちゃったかしら?」
「シアをそんな状態にしておいて……ッ!」
「だって、わたくしは坊やと交渉したかったんだもの。手札を捨てるのは意味がないじゃない」
「交渉? はっ、バカバカしい。無理なことを言う」
「わたくし言ったわよね? 仲間になるならこの虐殺の魔女を助けてあげる、って。殺さないでいるのはそれだけのためよ。坊やを配下に加えて、更に勢力を拡大——いずれはプレローマを統べるの」
「はぁ……? それで何を得られるんだ?」
「坊や、勘違いしてるわね。得るとかじゃないのよ。これが管理者に与えられた使命だからよ。これはボードゲームなの。駒を取り合い、生き残るバトルロワイヤルなの。最後の駒になるまで、きっとこの戦争は終わらないわ。世界は一定の条件で自動的に滅んだことにされる。その時点で分かるでしょう? この世界にはルールがあるの」
哀れみ、優しく諭すような声音でジヴリナは言った。
サツキは怒りに満ちていたが、その言葉の価値を見失うほど盲目にはなっていなかった。
思い浮かぶのは博士の姿。世界を裏から鑑賞し、賢者の塔をもたらした男。ただ人間が生きて死ぬだけの世界ではないのだと、サツキはとっくに思い知っていた。
ルール。サツキはルールも知らないままプレイヤーになってしまった。違反するのかも、許されるのかも分からない。しかし、それもまた人生だとも言える。
「だから——そんなのあんまり関係ねぇな。俺は俺のしたいようにする。ただし、お前みたいな奴が他にもいるなら、お前の言う使命を俺が肩代わりするのもいい。お前みたいな間違いはしないさ」
「大きく出たわね! おほほほっ! 楽しくなってきたじゃない! いいわ、もしわたくしを倒せるというのなら、そうしなさいな!」
刹那、隣で沈黙を貫いていた偉丈夫が戦斧を持ち上げ——サツキ目掛けて走り出した。
サツキは狙いをジヴリナに定めていたが、大柄な男に塞がれては対処するほかない。
「ふんっ!」
大振りで、しかし素早く振り下ろされた斧は、床を大きく破壊した。放射状に亀裂が入る。
「こりゃ直撃で即死だな……っ!」
サツキは破壊力を前に慄きながらも、異能で斜めの壁や足場を作り出し、常に不規則に移動する。
予想通り、男の攻撃の手に迷いが生じた。
隙を突くように針を数本生やし、注意を引く。それには反応し、斧で即座に叩き壊していく。何本か壊されたタイミングでサツキは飛び、男の首を目掛けて剣を振る。
——キン——
金属の甲高い澄んだ音が響く。
「反応できるのかよ……!」
斧の刃と剣とがぶつかりあった結果だった。
サツキは剣戟を避け、また不規則な移動を再開する。
今までの冒険でいくらか体力がついたとはいえ、それでもまだ無尽蔵とまではいかない。既に息は上がり始めているが、それを表に出さないように堪えた。早く戦いが終わることを願って。
今度は自分を囮に針を使う作戦に出た。
「うおおお!」
わざとらしく叫び、注意を引く。背後には無数の針が迫っている。
さっきと同じように、男が斧で剣を防げば確実に成功するはずだ。
——そう思っていた。
男は軽々と跳躍し、サツキを躱すだけなく、針の射程外にまで飛んだ。咄嗟に数本を伸ばしたが、やはり材料が木材では壊されてしまう。
何か弱点はないか、思考を巡らせる。
「……魔術を使ってないな」
今のところ魔術の詠唱は誰もしていない。男も戦斧を振り回すだけで、魔術が絡んでいるわけでもない。ライアの時もそうだった。むしろ、魔術はフェイクで、ナイフが得手であることを隠すために使っていた。
もしや、狙い目なのかもしれない。
「はぁっ……おらぁ!」
サツキはもう一度攻撃を仕掛ける。斧で受け止められ、逆に押し返されていた。もしここで負ければ大きな隙ができる。そうなれば反撃は免れない。
と、頭では分かっていても、膂力の差は如実に現れる。徐々に押し込まれ、腕は限界だと叫んでいた。
「サツキ様! 〈主よ、お許しください〉!」
アトラの詠唱。直後——乾いた音が一つ、鳴った。
見れば、男の左胸には風穴が空いていた。目はマナの霧で覆われており、それはジヴリナやシアも同じだった。これでは回避できない一発となる。即死ではないようで、まだ立ってはいるが、時間の問題だ。
「ナイスだアトラ!」
またとない好機。サツキは震える腕に力を込め、剣で刺す。
「甘いわね。わたくしが相手になるわ」
男からジヴリナの声がして、男は戦斧を捨てた。懐から取り出したのは、やはりというべきか、ナイフ。術式列車で見たものと変わらない。
「覚悟はいいかしら?」
サツキよりも大柄な男なのに、ナイフの突きは異常に速い。
不規則に動くことでどうにか逃げ果せているだけで、一つの判断ミスが命取りになりかねない。
「これは——」
攻撃の間を縫って剣を振る。だが軽く受け流されてしまう。
ナイフでよく出来るものだと思いながら、何度も何度も受け流され、しかし反撃は全て防いでいく。
完全な膠着状態。最初に動きを見せたのは、ジヴリナの方だった。
「なら、狙いを変えてみようかしら?」
ずっと援護しようと武器を構えるアトラを、ジヴリナは一瞥した。サツキと違って防御手段がないアトラは、サツキが守らねばならない。そう判断し、壁を創り出す。
「待ってたわよ」
刹那、ジヴリナはアトラではなくサツキの方を見ていた。
「フェイントかっ——」
胸に強烈な蹴りを喰らい、肋骨が折れる音を感じながらサツキの身体は吹き飛んだ。壁さえも壊し、王宮の外へと出て、また他の館へと突入する。
痛いのは嫌なので異能で壁を開き、呼吸を整えようとその部屋へ転がり込んで壁を閉じた。
「はぁっ……はぁっ……ここなら一息、つけるか……?」
誰の部屋かも知らないが、少しだけ使わせてもらう。そんな気持ちでいると、横から声がかけられた。
「……さつ、き?」
蕩けた少女の声色だが、知っている声でもあった。
それに、サツキのことを「サツキ」と呼ぶ少女は一人しかいない。
「ライア——!?」
「えへへ……あたし、反動で身体が使い物にならなくなっちゃって……ずっと休んでるんだぁ……」
聞いたこともないほど甘えた、か細い声。一緒にいたときの快活さは見る影もない。結ばれていない薄紫の髪は垂れ下がり、目には光がない。
服装もだらしがない寝間着。肩を晒し、病人のような振る舞いをしている。
「さつき、しあねえを取り返しに来たんでしょぉ……あたし分かるよ……」
「その通りだ。憎きジヴリナを倒して俺はシアを取り戻す」
「……あのさ。ちょっとだけ、あたしの言い訳聞いてくれる?」
「……あぁ」
裏切られた怒りを差し引いても、これほど寂しそうに言われれば、誰だって頷くだろう。言い訳でもなんでもいい。もしかしたら、サツキは仲間が裏切っていないという証拠が欲しかったのかもしれない。
「あたし、本当は仲良くしたかった。しょーじき、たのしくて……ずっとこのままって、思って……でも、あたしはジヴリナさまのものだから。五感を共有してるから。いまも、たぶん聞いてるよ」
「……そうか」
「でね。あたしは自分に殺されたの。 忠義に負けたの。だから、さつきのことが嫌いになっちゃった」
「そうだろうな」
「けど、やっぱり忠義じゃないあたしはここにいるの。さつき……好きだよ」
「……」
不意に、ライアの目から涙が零れた。
忠義と正直な心で揺れる思いは、ライアを限りなく不安定にしていたのだろう。それくらいは、サツキにも分かった。
「だから……あたしを殺して? もう、だめだから」
「——あぁ」
サツキは差し出されたライアの手を掴む。
そして、真っ直ぐに、じっと目を覗き込み——ニヤリと笑みを深めた。
「死ね——ジヴリナ!」
「ッ——」
——きゃああああああああ!?
ライアはストン、と気を失ってベッドに倒れ込む。
しかし、遠くからジヴリナの悲鳴が届いた。それもそうだろう、サツキは神経を適当に弄んだのだ。ジヴリナならこのタイミングでライアに憑依し、サツキを襲うと踏んだ。その状態ならダメージはよりダイレクトに伝わる。それがジヴリナの弱点だ。
「さて、終わりにしよう」
サツキは壁を開き、凹ませた。そこから壁を戻す反動で自らを射出し、一気に距離を詰める。
視界の端に、倒れる男を捉えた。アトラが武器で倒したらしかった。
あとは自分だけ——と思い、剣を強く握る。
「チェックメイト!」
「チェックメイト」
ゆっくりと、ジヴリナはその目を開いた。
まるで宝石のように煌めく琥珀色の目と、虹色に揺らめく瞳孔。美しい——不覚にもそう思ってしまった。
それが罠であると気づいたのは、次の瞬間だった。
「っあ——!?」
身体が乱暴に床へ叩きつけられる。
首に灼熱が迸る。明らかな異物が混じっている。
「残念だったわね! わたくしの臣下は四大公爵だけじゃないのよ? 坊やの首を貫いたのは騎士爵——坊やを襲撃したあとに授爵した期待の新人くんよ。鎧を着ながら天井にずっと隠れていたの。気づかなかったわよね!」
「っあっ……」
喉ごと貫かれ、声は出ない。血がどんどん流れ出ていく。意識が刻一刻と暗闇に落ちる。
「サツキ様っ!」
乾いた音が連続して響く。
だが、カラコロと小気味良い音が鳴るだけに終わった。
「残念ね。銃はそこの女が使うから対策済みよ。弾丸でも壊れないような鎧にして正解だったわね」
視界は黒と赤に染まる。ジヴリナの吐息に、命の灯火が吹き消されていく。
だからと言って、サツキが諦める理由にはならなかった。
ガゴン、と轟音を鳴らして十字架は壊れた。そこにいた罪人も解放され、地面とのハグで意識は浮上する。
「んっ……なるほど理解! 〈炎よ、爆ぜろ〉!」
瞬時に魔術を行使したシア。
爆音がサツキの意識を繋ぎ止め、自分の上から騎士が退くのを感じた。サツキは身体を起こし、行方を眺める。
次いでアトラが追撃をし、騎士の足を撃って封じた。
「……治ってきたな」
もう回復した喉を鳴らし、おもむろに立ち上がる。
ふらつく程度ならば、シアが支えてくれた。
「ライアもダウン、部下は全員そこでうずくまってる。さぁて、お前はどうするんだ? 女王様サマよ」
剣を突きつけ、サツキは最大限に皮肉な笑みを浮かべて言い放った。
苦々しい顔をし、ジヴリナは自分の運命を悟った。
「……信じられないけど、わたくしの負けよ。好きにしなさい」
「なら、俺の下につけ。俺がお前の野望を奪い取ってやる。どうせ俺は世界を巡るんだ、これくらいしたっていい」
「何を言って……!?」
「従え、ジヴリナ」
「……分かったわ。わたくしは第六管理者サツキに恭順するわよ」
「ふっ、それでいい」




