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「おはようございます」
「うわぁっ!?」
耳元で囁かれた声は、ダイレクトにサツキの脳に侵入し、睡眠から叩き起こした。
一瞬で目が覚めた原因は、当たり前のようにアトラだった。
「うふふっ。お可愛い反応をされるのですね。朝食の用意が出来ていますよ」
そして、当たり前のようにサツキと同じベッドの中にいた。目を開けばアトラの顔面で埋め尽くされていたのだ。
「……まだいたのか」
「いえ、厨房のシェフたちに料理を作っていただくよう指示をしました。その後、戻ってまいりました」
「なんでだよ!」
「もちろん、サツキ様の寝顔を鑑賞……間違えました、サツキ様の安全を確認するためです」
「全部言ってから訂正されても困る」
鑑賞するような要素はあっただろうか、とサツキは疑問を抱き、その無意味さに気づいてすぐ捨てた。無駄だ。
ごそごそとベッドから出るアトラに従い、サツキもベッドを出る。服装は寝間着に変えられており、戦闘服はサイドテーブルに折りたたまれてあった。誰か——どこぞの聖女である可能性は高い——が着替えさせたのだろう。
アトラが扉を閉めたのを確認し、サツキはすぐに着替えた。
扉を開け、後を追う。
「これからの予定ですが、朝食をワーキングブレックファーストとして私とサツキ様による会議を行います。その後、決定した予定を基に行動していきます。といっても、ベースは第三世界への強襲ですので、細かい段取りを決めることになります」
歩きながら呟くアトラの姿は、ビジネスパーソンといって差し支えないものだった。仕事が出来る人間であるのが伝わってくる。サツキとはかなり身長差があり、小柄ではあるが、子どもっぽさはなかった。
色々とサツキは嘆息しながら内容を反芻し、脳内で予定を組み立てる。
「朝食会場はここです。さぁ、中へ」
「……広すぎやしないか」
奥側は全面が窓になっているのか、カーテン越しの朝の柔らかい光が眩しい。手前に視線を向けると、尋常ではなく横に長いテーブルがあった。テーブルクロスも白で、床も白。清楚に統一されている。テーブルには向かい合うように椅子が二脚。サツキとアトラのものだろう。
「我々の立場を考えてください。これくらいが普通なのです」
「まだ実感がないんだよなぁ。とりあえず俺は早く食べたい、腹が減ってるんだ」
ミカレスタで勇者と呼ばれた時、サツキは嬉しかった。二つ名がつき、親父に近づいた気がしたからだ。
だが、管理者と呼ばれるのは些か急だった。まだ年齢に甘えていたいとすら思ってしまう。
「これから慣れていけば良いのです。この一件が終われば正式に着任を宣言します。あれこれ考えるよりやってしまう方が、苦しむ時間は減りますよ?」
「ぐうの音も出ない……」
二人は席につき、既に用意されていた朝食を食べ始めた。
ミカレスタに到着してすぐに食べたものと内容は近かったが、やはり味が違った。濃厚感や深みが段違いなのである。サツキは如実な違いにまた立場を感じた。
「まず、第三世界への移動についてですが……遺跡の場所はご存知ですか?」
「あぁ、それなら地図を貰っている。ライアの最後の優しさだ」
サツキは戦闘服のポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出した。戦いのあれこれでシワだらけになってしまったのだろう。だが、書かれたものは問題なく認識できた。
「俺は地理に疎いからサッパリなんだが……分かるか?」
「もちろんです。ご案内することもできるでしょう。ですが……」
「どうした?」
「かなり遠いのです。術式列車も通らない地域ですので、最寄りの駅から歩くことになると思います。となると、日数はかなりかかってしまうかと……」
途端に朝食から味が消えた。しっかりとした甘さのパンは無味の雲になった。ヨーグルトは水未満の液体になった。
喉は通るが、それは拒む気力すらないということでしかない。
「他に何か……ないのか?」
「あいにく、私は代理の身でしたので術式列車のない地域まで足を運ぶ仕事もなかったもので、移動手段というのが……」
自分でどうにかするしかない。
サツキは思い知った。今までシアがいたからどうにかなったことが、どうにもならなくなってしまう。自分は無力であったのだ。
「無力……いや——」
けれど、今のサツキには力がある。
世界を自由に編集する、管理者の特権たる異能が。
「アトラ、椅子の横に立ってくれるか」
「え、えぇ」
疑問の色を浮かべながらアトラは席を立ち、横に立った。
サツキはその椅子を材料に、アトラの足元を隆起させた。
「ひゃっ! な、なんですかこれ!?」
「ははっ、それだけじゃないぞ」
そう言いながらサツキは、アトラを自由自在に運んだ。ちょうど部屋は広かったので、遠くへ運び、近くへ寄せ、床で自由な波を作り続けた。
「これで早く移動できるだろ?」
「……! さすがですサツキ様っ!」
互いに目の中に光を内包し、示し合わせたように準備を始めた。
アトラは武器を取りに行くと言い、部屋を出た。
サツキは剣を出し、刃毀れがないか入念に調べ、布で拭った。何を斬っても傷つかず、漆黒は汚れ一つない。ツルギはどうして自分にこれを投げたのか、なぜこれを自在に出し入れできるのか——サツキはまだ解明されていない謎を頭の片隅に追いやり、帰ってきたアトラに視線を向けた。
「私の方は用意できました。サツキ様は大丈夫ですか?」
「俺も問題ない。一番大事なことは——シアの現在位置だ」
「今朝、魔術で特定済みです。私物と第三世界と限定できる情報があったおかげです。詳しい位置は第三世界の王宮。第三管理者の居城です」
「やっぱりか……」
憎い相手を自分の近くには置かないかもしれない、とサツキは考えたが、結果は予想通り。ジヴリナやその部下との戦いは避けられない。
サツキはローブを羽織り、覚悟を決めた。
「じゃあ——出発するか」
サツキはアトラの手を取り、壁に穴を空けた。そして——吹っ飛ぶ!
「いきなりですかああああ!?」
「しっかり掴まってくれよ!」
全身にアトラの身体が密着する感覚と、空気抵抗を同時に感じながら、サツキはエディンを疾風の如くサーフィンする。あらゆるビルや道路を材料に、高速で止まらない波に乗り続けるのだ。
いつの間にか周囲は草原に変わり、エディンを抜けたことを理解する。
つまり地上であり、当然のように魔獣が跳梁跋扈していた。
「魔獣です! どうしますか?」
「俺に任せろ!」
サツキたちに気づいて牙を剥き出しにする魔獣。その直下に狙いを定め、巨大な針を作り出した。何十体という魔獣が一撃で片付き、進路には再び安心が戻ってきた。
しばらくすると、今度は魔鳥も現れた。針では逃げられると思い、サツキは巨大な壁を生み出した。魔鳥は自分が影の下に入ったことに気づいていない。絶好のチャンス——とサツキは壁を倒し、魔鳥を下敷きにして押し潰した。
「ふはははは! 俺の敵はいない! 俺の邪魔なんか出来やしない!」
力を使う度に気分が高揚する。思いの丈を叫びたくなる。妙な開放感に包まれつつ、どんな敵がいても異能で全て片付けていく。
そして、サーフィンの旅にも終わりの時がやってきた。
「サツキ様、ここです!」
ゆっくりと止まる。
そこには、廃れた家屋があった。今にも崩れ落ちそうな——どころか、殆どが腐り落ちている。時の流れを残酷に感じる建物だが、これが異世界へ繋がる遺跡の玄関のようだ。
「この中に遺跡へ繋がる道があります。その先にゲートがあるんです」
「遺跡ってのはどれもこんな感じなのか?」
「そうです。私はここに来たことはありませんが、どこもこれと似ています。ボロボロの建物が目印なんです」
そう言いながらアトラは建物へ入っていく。
続いてサツキも足を踏み入れた。
内装もかなり廃れているが、よく見れば生活感があった。数十年前は誰かが住んでいたのだと思わせる程度には、人の痕跡が残っている。
床には地下へ続くハッチがあり、アトラは躊躇なく階段を降りていた。
「こっちです。洞窟みたいになっていて薄暗いですから、足元にお気をつけて」
地下へ突入すると、空気はひんやりとしていた。足元や柱は石で、どこかへと道が繋がっている。埃っぽい匂いもして、遺跡の名に恥じない雰囲気で満ちていた。
「足跡がある方へ行きましょう。ここを通っているなら足跡もあるはずです」
目を凝らすと、僅かに足跡のようなものがうっすらと見えた。アトラも見つけたようで、二人はそれを探しながら進んでいく。
次の瞬間、地面から魔獣や魔巨が這い出た。暗がりで目を怪しげに光らせる様に、背中には冷たい汗が流れる。
「——死ね」
それもサツキにかかれば瞬殺。数多の針に貫かれて絶命した。
ただそのままだと歩きにくいので元に戻し、再び二人は足跡探しに腐心する。
背中を丸め、一歩一歩を確認して数十歩。
ふと前を向くと、そこには門があった。向こう側には全く特徴の異なる遺跡が続いており、それが門である所以を示していた。
「石の種類が違う、よな……」
「世界によって気候は違いますから。それによって形成される石の種類も変わってくるためだと考えられています」
「つまり——」
「第三世界への門、ですね」
「感動してる暇もないな。行くぞ」
門を越え、遺跡を歩く。
微かに吹く風が、行くべき道を教えてくれた。
「ここを上がれば——」
階段を上り、見えた景色。
そこは、荒涼とした真っ白な大地だった。冷たい風が肌を痛めつける。空からは白い雨が降り、静かに地面へ積もっていく。
「常冬の光景——やはり、ここは第三世界で間違いありません」
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