33
2
サツキが経歴を語ると、アトラは涙ぐんでいた。
「ぐすっ……大変だったのですね……!」
鼻をすすり、溢れる涙を両手で拭っている。
十四歳で管理者の代理をする方が大変な気もしたが、人の価値観によるだろうとサツキは発言を控えた。
ちなみに、アトラは服を着ている。ずっと裸にしておくのはサツキとしても忍びなかった。
「……まぁ、そういうわけで、俺は親父とシアを探している。シアは『ログが残っているかも』と言ってたんだが……知らないか?」
「ログでしたら管理者の権限で閲覧可能ですよ。右腕の賢者の石に登録されているはずです」
「賢者の石ってさっきも言ってたな。……あとで説明を貰うぞ」
「うふふっ。喜んで」
剣を出すでもなく、世界を変えるでもなく、ログを表示させる。
今までと違う感覚に、剣先が少し出てくるなどハプニングが起きたが、唐突にそれは現れた。
「これがログ、か?」
空中に半透明の板が浮いている。
だがその内容はどうにもパソコンと似ていて、様々な項目にフォルダ分けされているようだ。
例えば「城内関係者」。この城に勤務する者の所属部署を含めた名簿が入っていた。
あるいは「登録済み卸売業事業者」。他にも登録済み系は多くあり、つまり既知の名簿が閲覧できるということだった。もし親父がどこかで正社員として働いていれば見つけられるということになる。
「……そんなわけないよなぁ。仮にも剣の実力者が? いやいや……」
口ではそう言いながらも、チェックは止めていない。見落としのないよう冷静に、名前を精査していく。
「サツキ様、一時間が経過しましたよ。そろそろ休憩になさってはいかがです?」
「……まだ、可能性が、ある」
目は乾き、瞬きが止まらない。大量に並ぶ文字は混ざり合ってきた。それでもサツキは諦めない。可能性があるところは全て探したかった。
事業者、就労者、関係者——何が違うのかもよく分かっていないフォルダ名とにらめっこし、遂にリストの最下層へと辿り着いた。
「えっと……サツキ様?」
「わ、分かってた……ここにいない方がらしいんだ……見つけたいという思いと見つかってほしくないという思いが……」
「まあ。そう落ち込まないでください。私がいますから」
アトラはサツキに近づき、優しく頭を撫で始めた。
少しくすぐったかったが、抵抗はしない。目を閉じ、身体が癒されるのを待った。
「〈主よ、癒されてください〉」
じんわりと、身体が温まっていく。鈍重だった腕が、足が、頭が軽くなっていった。
サツキは目を閉じているが、自分の頭から温かいマナが流れ込んでくるのを感じていた。血管を巡り、固まっていた筋肉が解れる。
「驚きましたか? これでも私は聖女と呼ばれていますから。人を癒すのは得意なんです。それが主であるサツキ様ならひとしおというもの」
「聖女……シアから聞いていたよ。仲が良かったんだ、とも」
サツキは楽しげに投げかけたが、アトラの顔には疑問が浮かんでいた。
嫌な予感がして、サツキは後悔の念に襲われる。
「申し訳ありません。私のお知り合いにはシアという方はおりません」
刹那、シアの顔がフラッシュバックした。
アトラについて語り、楽しそうに、切なそうに笑うあの顔が、サツキの瞼の裏にはっきりと描かれる。シアは秘密が多く、過去について、あるいは誰かとの関係性にも触れなかった。それでも仲が良いと言ったのはアトラと第六管理者だけ。
「……アトラ。このプレローマが時間を繰り返しているという話は聞いたことあるか?」
「いえ、寡聞にして」
サツキは考える。今まで過去や時間について発言した人間はどれほどいたか。
まずはシア。既に滅んだとされる第八世界の管理者だった、つまり過去を知っている。
次にジヴリナ。時間を繰り返しているとサツキに伝えた張本人であり、第三世界は第八世界によって損害を被ったらしい。
他には……いない。ならば、二人の共通点とはなにか。
「管理者、か……」
サツキは第六世界の管理者だ。アトラはそう見抜いたし、玉座もそう告げた。
ならば、アトラはどうして見抜くことが出来たのか。
——賢者の石とそのマナ……!
「アトラ、賢者の石とは何だ? 知ってる限りで教えてくれ」
「もちろんです。賢者の石——それは、管理者が体内に保有する物質のことです。サツキ様は右腕にございます」
「……出会い頭に腕にキスをしたのはそういうことか」
「うふふっ。失礼いたしました。これもサツキ様への愛でございます」
「それで、賢者の石と管理者に何の関係があるんだ?」
「そもそも、我々は賢者の石を持つ者を管理者と認識しています。どんな人であろうと、賢者の石があれば良いのです。それに、賢者の石を持つ者は、魔術では再現できない異能を扱えます。それも世界運営に欠かせない能力ですから」
世界を自由に操れる能力は便利だ。使い道はいくらでも思い浮かぶ。
戦いにおいても、地の魔術の完全上位互換と言える。その代わり炎や水を生成することは不可能だった。
「……でも、シアを救うには足りない。第三世界に囚われて、今も一人で——」
「恐縮ですが……既に殺されている可能性は?」
「脳裏によぎったさ。ただ、殺すなら術式列車の中で良かったはずなんだ。わざわざ誘拐している時点で、何か思惑がある……と思う。そう信じたい」
「一理あります。では、第三世界に強襲をかけますか? お供致しますよ」
「その言葉は嬉しい。けど……正直に言うなら、勝算が欲しい。実力で勝てるかどうか……」
あのときは狭い車内で剣が不利だったのもあるが、強襲したとしても結局相手のホーム。広かったとしても不利は覆らない。
唯一の違いはアトラがいること。この聖女をどうにか勝利へ導くための切り札にしたい。サツキはまた、シアの言葉にヒントを求めた。
——アトラちゃんは見えないものを見たり、干渉する力があるんだよ。それで啓示を受けたりするの。
ミカレスタに向かう術式列車で、シアはそう言っていた。〝見えないもの〟なら、ジヴリナでも対処しようがないはず。
「アトラ。お前の能力は何だ?」
「私は主——サツキ様に祈りを捧げ、その名の下に魔術を行使します」
「見えないものを見ることは?」
「可能です。失せ物探しに使うことがありますね。サツキ様にお導きいただく、という形ですが」
サツキの頭には、勝利への道が完成しつつあった。
見えないもの。それをもし、サツキの異能で変化させられるとしたら。それを変えることによって、未来が変わるものならば。
「アトラ——〝俺の運命〟を見せてくれ」
「サツキ様も面白いことを考えますね……! 〈主よ、運命をお示しください〉!」
マナの奔流がサツキの周囲を駆け巡る。渦を巻くように荒ぶったそれらは、サツキの眼前へと収束した。
〝それ〟は樹だった。細い根から生えた太い幹があり、枝葉が伸びている。だがその先は生い茂っていない。短い枝があるのみだった。
「このままだと俺の人生はすぐに終わる。ならば——この手で変えてみせよう!」
枝を太く、長く。葉を実らせ、豊かに。
運命の樹はどんどん大樹へと成長していく。
しかし、代償もきっちり払う羽目になった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」
身体に存在するあらゆる神経や血管——枝が痛みを発した。灼熱に燃え盛り、あるいは雷が流れるように痺れる。
「それでも——ッ!」
視界が明滅してきた頃には、謁見の間の天井まで成長していた。これほどの大きさならば、誰が見ても大樹と認めざるを得ない。
それを見上げた次の瞬間、サツキは倒れた。
「サツキ様っ!?」
「な……なんとか生きてる……ぞ」
アトラに受け止められ、腕の中でサツキは答える。
限りなく生を実感するも、不自由な身体は死の気配に満ちていた。
「お熱がございます……! すぐに安静にしませんと!」
「まだ……シアの場所を……見て、ない……」
「そう焦らないでください。今夜は私が傍におります。明朝、シアさんの場所を確認してから出発しましょう。今は回復に専念してください」
そう言ってアトラはサツキを持ち上げた。いわゆるお姫様だっこだが、悪い気持ちはしなかった。それに、サツキを軽々運ぶアトラに驚いていたのもある。
廊下に出て、少し歩くとアトラは部屋に入った。
そこには大きなベッドがあり、寝室だと分かった。ゆっくりとサツキは降ろされ、ベッドの中に入れられた。
「……なんでアトラも?」
さりげなくアトラもベッドの中に入っていた。かなり広いため、窮屈ではないが、いかんせん距離が近くてサツキはかなり困惑している。
「傍におります。絶対に」
「どうしても?」
「どうしても」
「なんで?」
「当然——サツキ様をお慕いしておりますから」
「っ……」
だっこされるより、その台詞の方がよほど気恥ずかしかった。
でもやはり、悪い気はしない。
「おやすみなさいませ。どうか、良い夢を。どうか、良い朝を」
「面白い!」「続きが読みたい!」
と思っていただけましたら、
画面下にある☆☆☆☆☆を押して頂けると幸いです!
ブクマも是非!
それらがモチベになります!!!




