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「あ……」
——ここはどこだ?
それが最初の問いだった。
段々と意識がはっきりしてきて、サツキは自分が術式列車で倒れていることに気づいた。
硬い床を手で押して身体を持ち上げ、微妙に力が入らず、座り込む。
断片的に記憶が去来し、天井がないのも、座席がないのも、自分のした行動の結果であると思い出した。
「——シア! どこに……」
この車両の中にはサツキ以外いなかった。
戦闘の傷跡は残されているが、誰もいない。あらゆる場所を見つめるが、何も無い。ただ、一つだけ残っているものはあった。
「シアの……ローブ……」
ずっとシアが身につけていた紺色の外套が落ちていた。
慌ててサツキは手に取り、抱きしめる。
「ちょっとだけあったかい……匂いも……」
シアの体温と匂いがサツキを少しだけ癒した。しかし、それがかえって「いなくなった」という事実を突きつける。
ライアの裏切りと優しさ、ジヴリナの復讐、シアの罪。色々と大変なことに巻き込まれてしまったのだ。
「そう言えば……傷が……」
サツキはナイフで滅多刺しにされて気を失った。だが心臓は平然と鼓動を打っている。血も広がっておらず、服も無事で、サツキ自身に起こった出来事がなかったことにされているようだった。
自分自身が何者なのか。なぜ殺されなければならなかったのか。
底知れぬ未知に寒気がして、サツキは手に持っていたローブを羽織った。シアの加護があると信じて。
そのとき、車両のドアが開いた。車両をつなぐ方ではなく、外と隔てる側のドアだ。
立っていたのは車掌と思しき制服を着た男だった。惨状を見て当惑し、視線を右往左往させ、しばらくして口を開いた。
「……お客様、いったい何が?」
「あぁ……すみません」
サツキは可能な限り座席を復元した。材料は足りていた。
木材が水のように流れ、形を取り戻す光景に車掌は唖然としていた。
当然、力を行使する本人も意味が分かっていない。いつからこの力を持っていたのか。異能があるということは自分が何者なのか——
敢えて答えを出さず、ぼんやりと考えるだけに留めながら作業を終える。
「……ここは、どこですか?」
「この列車の終着点ですよ。第六世界の首都、エディンです」
サツキは車両から降り、初めて広がる街を目にした。
——聳え立つビルの数々。それらは乱立し、屹立し、それぞれが存在を主張している。しかも、ビルとビルの間に空中回廊があるものさえある。もちろん空中都市であるからして、坂によって高低差もつき、余計にアンバランスな町並みを形成していた。
青空と灰のビルはあまりにハイコントラスト。規定世界と似て非なる、いっそ清々しいほど〝混沌〟の街だった。
「ではお客様、よい旅を」
◇
駅を離れ、サツキは知らない街を一人で歩いていた。
今度こそ、初めての孤独。だが、止まない喧騒や行き交う人々——冒険者ではなく、仕事をするビジネスパーソンだ——が紡ぐ混沌の糸は、サツキにとって安らぎを与えるものだった。
「ははっ……俺は最初からここに来るべきだったんだ……」
空気はきっと美味しくない。それでもサツキは呼吸をやめなかった。息を吸う度、心の中の孤独をそっと埋めていく。
心地がいい。そう感じたのは、この旅で初めてな気がしていた。
「規定世界を出て……俺にあったのはシアだけ、だったんだよな……」
大切なもの。誰しもが持っているものだ。
サツキにとってそれは自分を導くシアであり、他に大切を作らずにいた。作れなかった。大切になりそうだったライアは裏切った。
「最初からもっと何かを持ってれば……違ったのかな」
どこからともなく湧いてくる惰性が、足を動かしていた。故に時折、誰かの肩とぶつかることもある。その痛みさえも、サツキは孤独ではないと教えてくれる。
「首都って称号に偽りはないな……ミカレスタより都市らしさがある」
コンクリートで舗装された道は躓きにくい。歩き慣れているからだ。
冒険という道は歩き慣れていなかった。幾度も躓いて、転んで、立ち上がった。今もその道の中にいる。
だから、どこへ進むべきか、サツキには分かっていた。
「影……?」
——ビル街に似合わない巨大な浮遊球。まるで生きているかのように脈動するそれは血を流していた。傾いた太陽を大きく隠し、広く影を作り出している。
このエディンの中で最も威容を放ち、存在感を持つそれは、膨大なマナに覆われていた。
感動に足を止めたサツキの肩に、また誰かの肩がぶつかる。
「あっ。あの、あの大きなのって何ですか?」
「ん? あれは管理者代理の住まうエディン城だよ。あの人は孤高な感じあるから、気軽には会えないかもだけど」
世界によって、管理者の扱いはかなり異なるようだ。
第三世界は厳しく、第八世界はかなり緩い。第六世界はその中間辺りの雰囲気がある。
「ありがとうございます」
管理者代理。シアの話した友人。アトラ・ルミディーナ。
サツキは確信した。この状況を打開できるのはアトラしかいない、と。
異能を使い、サツキは足場を作った。コンクリートを波のように動かし、人混みをかき分けていく。
「何だあれ!?」
「異能……ってまさか——!」
「すげぇなあれ!」
サツキはコンクリートの波に乗り、城まで一気に接近した。
ビル街には慣れたもので、苦労することなく正しい道を選べた。
遍く人々から視線を向けられたが、これにも慣れた。
城の真下まで来ると、エディン城の奇妙さがよく分かる。
「……そもそも、これのどこが城なんだ?」
形は目玉だ。鼓動を打ち、血を流す様は心臓だ。
どういう原理なのか、建築に疎いサツキはお手上げだった。
——ギョロリ。目玉はサツキを凝視するように動いた。恐怖と困惑が交じる中、身体は目玉の奥へ吸い込まれる感覚がした。
「くっ……!?」
視界は移り変わり、広いエントランス。白と黒のタイル模様で統一された床に、長く続く廊下。奥の上方には窓があり、夕日がエントランスをオレンジに塗りつぶしている。
親切にも城内マップがあり、それを頼りにアトラの部屋を目指す……はずだった。
「『目的地に触れてください』……?」
マップにはそう書いてあった。
サツキは正直に、アトラの部屋——「管理者代理室」に触れた。
刹那。マップはドアへと変化していた。目線の位置には「管理者代理室」の文字がある。
(まさか——転移システムがあるのか?)
サツキは唖然とした。塔の内部のような転移が、塔という不思議な——博士の手が入った空間ではなくとも存在しているとは。
気を取り直し、慎重にノックを三回鳴らす。
「どうぞ」
当然ではあるが、やはり中には誰かがいる。それも少女の声だった。
いよいよアトラの可能性が高い。
周囲には誰もいない。緊張に胸が高鳴る。
「し、失礼します……」
意を決して一歩。
そこには一人の少女がいた。夕日を背に、肩ほどまである金色の髪を煌めかせている。机の上には大量の書類。今もペンを走らせ、一枚、また一枚と片付けている。
サツキを一瞥すると——手が止まった。
「な、なぜ俺をじっと見てるんです……?」
ゆっくりと少女はペンを置き、椅子から立ち上がり、サツキに向かっておもむろに近づいてくる。
「えっ……? ん???」
足を一歩動かすごとに、少女の顔は明るくなる。
そうして距離が限りなくゼロになると、少女はサツキの右腕を持ち上げ——口づけをした。
「!?!?!?!?」
「うふふっ……賢者の石とそのマナ……やっぱり……!」
状況が飲み込めず、サツキは声にならない声を上げて驚いていた。
少女はマイペースに、サツキの右手を自らの左頬に添えた。その温もりが、少女のサツキに対する愛や信頼を証明しているように思えた。
「始めまして、でいいですよね。私はアトラ・ルミディーナ。お会いできて光栄です——主様っ♡」
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