30:幕間3
【個別実験・3】
「あたしの部屋……だ」
目を覚ますと、そこは第三世界にあったあたしの部屋だった。四大公爵に与えられる館の一室。あたしにとって、プライベートという言葉を使えるのはここだけ。一歩出れば王宮と変わらない。
窓は硬く閉ざされ光が差し込まず、魔術の光源——マナランタンだけが机の上でぼんやりと光っている。
可愛い装飾やベッドも、薄暗い中ではあまりはっきりとは見えない。
けれど、記憶がそれに形を与えた。
「帰ってきたのは……規定世界に行ったきりだったな。久しぶりに見た」
ジヴリナ様からの命令で、あたしは普通の女子高生を演じて潜入していた。そこでなぜかジヴリナ様に似た雰囲気を持った男の子がクラスにいて、ずっと気になっていた。特に誰をどうしろとも言われていなかったから、とりあえずは好きに遊んでいた。
そして、あの日——いきなりその男の子、つまりサツキが学校から脱走したのを目にして、あたしは一目散に追いかけた。友だち……現地協力者が付いて来るアクシデントもあったけど、規定世界なら殺せば記憶ごと消えて秩序を取り戻す便利な力がはたらいていたから問題はなかった。
その後、あたしは第六世界に踏み入れ、適当な街で服を買い揃えてサツキを追った。
「それで、再会したのが誘拐されかけてる時とはね……」
路銀でも稼ごうと、ミカレスタで闇組織相手に強盗をした結果、敵に見つかってしまった。全員殺すこともできたけど、ジヴリナ様が『面白いから捕まってみたら?』なんて言うものだから、なんとなく捕まった。
「嘘でしょジヴリナ様」
とは言ったものの、相手たちが、
「魔術師が手に入ったぜ!」
なんて言うものだから抵抗する気力も失せていた。
気づけばミカレスタでの騒がしい日々が始まって、あたしは——
『若き四大公爵閣下。ご機嫌麗しゅう』
「この声は……あたし?」
ベッドに腰掛け、気楽に足を泳がせているあたしだった。外見も変わらない、同一人物だった。
『そうだよぉ。心の中のあたし。強いて区別するなら、そっちが快楽のあたし。こっちが忠義のあたし』
「忠義……快楽?」
首を傾げて聞くあたしに対して、忠義のあたしはベッドにごろんと倒れ込んで答えた。
『そうでしょー? 快楽ちゃんは忠義を忘れ、ないがしろにして、冒険を楽しんじゃってるよ。塔の攻略でナイフを使わず、苦手な魔術で手の内を見せなかったのは褒めたげる』
「あたしに褒められても全然嬉しくないね。さっさと消えてくれない? あたし、戻らないと」
『いやいやいや! それはだーめっ。忠義があるなら、決着つけないと正しくないよねぇ? 曖昧なのは良くないよねぇ?』
「ちっ……まぁいいけど。で、どうすればいいの? 殺し合いでもする?」
いつも通り隠し持っていたナイフを取り出し、忠義のあたしに向けた。
というか、この変なやつが忠義を名乗っているのが気に食わない。あたしだって忠義があって、そこに自分があって、一人の人間として生きているだけなのに。何の権利があってこいつは忠義を名乗って、いや気取っているのか。考えれば考えるほど腹が立ってくる。
一言で言えば、マジウザい。
『くひひっ、短絡的だねぇ。快楽ちゃんってば、認めたくなくて焦ってるんでしょー?』
「ち、違う!」
『じゃあ聞くけどさ、冒険は楽しかった? 魔剤を探してスラムを歩いて、商人を脅して、始末するべき対象と一緒にお風呂に入って。それって〝せーしゅん〟って感じじゃない? それでいいのぉ?』
「そっ、それは……信用を得るための……」
全て分かっている、みたいな目をする忠義ちゃんがキモい。
ニヤニヤして、あたしを見上げているのに見下している。
『まーあ? 秘密を共有することは信用される手段ではあるよねぇ~。そういう意味では裸を見せたのも評価ポイントかもだし。あとむっつりなジヴリナ様もちょっと喜んでたし』
第三世界の人間の視界を覗き見ることができるジヴリナ様は、時折男女の情事を覗いている。四大公爵はそれを知っているから、むっつりと皆思っている。
口に出したら殺されそうだから言わないんだけどね。
……いいのかな、復讐相手の裸でちょっと喜んでて。おっぱいは綺麗だったけど……あたしより大きかったけど……
『でも、信用させるだけじゃなくって、あたし自身が信用しちゃってるじゃん? 仲間という意識を持って、連帯感で動いてるじゃん?』
「それはほら、一応戦闘してるんだし、当然じゃね?」
『なにより——サツキにいっぱい笑顔を見せてるじゃん。楽しいなって思いながらさ』
——違う、って言いたかった。演技だって否定して、鼻で笑ってやりたかった。
でも、どうしてか喉からその言葉が出てこない。滑り落ちてしまうのだ。
『騒がしい二人は愉快な冒険を引っ提げてあたしを助けた。頼れるお姉さんと、同い年の男の子。なんなら、ちょっぴりサツキのことが好きになってるでしょ』
「も、もう! いい加減にしてよ! さっきから意味わかんないことばっか! あたしは第三世界女王ジヴリナの臣下、四大公爵のマヤ・ライア! それ以上でも以下でもないの!」
『照れ隠しなんて、あたし可愛い~♡』
忠義のあたしはあたしに這い寄って、全身をいやらしい手つきで触った。下から上へ、舐めるように。
そして胸の辺りで手を止め、そっと耳を当てた。
『走ってる時みたいにドキドキしてるよぉ~?』
「——っ!」
嫌気が差して、がら空きの背中にナイフを振り下ろす。
しかし、右腕を掴まれて阻止された。そのうえ捻られて、痛みにナイフを取り落としてしまう。
「いたたたっ……!」
『甘い。甘いよあたし。そ~んなんじゃダメだよぅ』
そのままあたしは乱暴に押し倒された。
頭を打って痛みが響く最中、更なる痛みが心臓を貫く。
「ああああああああああ!?」
『ダメダメなあたしは殺したげる。それが忠義でしょー? 死んで誠意を示してよ。それを嫌がるなら——生きたいって願うなら、それは忠義じゃないんだもの』
「やめっ——いだいだいだいだい!!!!!!!」
何度も何度も、丁寧とさえ言えるほどにナイフを振り下ろす。
口から生暖かい液体が溢れて、血が肺を汚したのだと気づく。
十を数えるくらいの穴が胸に空いて、ようやく忠義のあたしは手を止めた。
『もし、またあたしがサツキを好きになったら——そのときは、快楽ちゃんの勝ちでいいよ。勇者の光はどこまであたしを照らすのか、ワクワクしてきちゃった』
「あっそ……」
全身が急速に冷えていく。もうどうでもいい。どうにでもなれ、って思った。
たぶん、忠義のあたしはサツキを殺す。あたしにしたみたいに。
「……ごめんね……サツキ……」
足音が遠ざかっていく。というより、視界も遠ざかっていく。
生命から離れていくのだ。あたしが。
……そうやってぼんやりしていた。なのに、足音がなぜか近づいてきた。お迎えというやつかなーなんて考えていると、それはあたしの顔を覗き込んだ。
「今度は君の負けのようだ。えーっと、快楽ちゃん?」
「はか……せ……?」
ここに来る前、最後に見た景色のメインキャラクター。
博士と名乗った男が、面白いものを見る目でいた。
またあたしを見下ろしている。また腹が立つ。けど、もう死の間際だ。靴の隠しナイフで首に穴を空けたかったけど、力が入らない。さいあく。
「ふふ……それで良い。色々と面白いことの起こる世界線だからね。君の死もあるべき運命さ。我々は運命を操作などしていないのだから」
「さっきから……何を……」
「ふむ、死人に口なしとも言うし、少しだけ答えを教えてやろう。我々はWALTZ。プレローマを見つめる実験者さ」
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