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ツルギと名乗った男の目は、その言葉に反して温かみがあるように感じた。
それが情けや温情なのか、その他の感情なのかはサツキには分からなかったが、後者だという確かな感覚も同時に存在していた。
「嫌だ、と言ったらどうするの?」
大胆不敵に問いかけるシア。
ツルギの答えは、実に秩序らしいものだった。
「あの少女は任せた。少年は私が対処する」
隊員たちを一瞥し、ただそれだけ呟く。
「「「「はっ」」」」
すると、隊員たちは一斉に銃を構えた。その方向は間違いなくシアに向けられており、狙いが急所を外した部分であることも見て取れた。
そして次の瞬間——乾いた音が、同時に四つ響く。
「〈氷よ、広がれ〉!」
シアの二歩先に、身体を覆うほど大きな氷が現れた。
飛来した銃弾はその壁を貫通することなく、次第に勢いを失って地面に落ち、カラコロと敗北宣言を鳴らす。
「私を甘く見たね? そんなピストル如きでどうにか出来ると思ったら大間違いだよ!」
そう言ってシアは素早く駆け出し、路地裏へと隊員を誘った。ぞろぞろと追いかけていき、気づけばこの通りには、サツキとツルギの二人しかいなくなっていた。
——銃声が鳴る度にシアの詠唱が聞こえる。ここからは見えないが、銃弾を防いだり、あるいは反撃をしたりしているのだろう。
しばらくはイタチごっこになる、というのは明らかな事実だった。
一方、残った氷壁の冷気がサツキの肌を伝い、熱くなる頭を冷ましていく。
(シアが隊員たちを対処するまで、俺は隊長——ツルギの相手をしなきゃならない。だが……どうすりゃいいんだよ?)
サツキの手には何も無い。武器という意味だけでなく、策も何も持っていないのだ。
右腕には剣が刺さっており、使い物にならない。反対の左腕が筋骨隆々というわけでもない。装備も着の身着のままだから当然制服で、剣や銃に対してなんの抵抗力もない。
時間稼ぎなど、出来て数秒だとサツキは見積もった。
「さて、少年。部下たちに少女の対処を任せたのは、君と話がしたかったからだ。付き合ってくれるかね?」
「……あ、あぁ。話をするだけなら、いくらでも」
思わぬ好機にサツキは一瞬呆然としてしまった。
まさか、相手から時間稼ぎのチャンスを与えてくれるとは思ってもいなかったのだ。
(あんまし会話は得意ってわけでもないが……耐えろ俺、このチャンスをドブに捨てるわけには行かない!)
サツキが覚悟を決めていると、ツルギはゆっくりと口を開いた。
「君——『サツキ・アルヴェルクが誘拐された』と、治安局へ通報があった。しかし、君は誘拐犯に着いていっている。不可解で仕方がない。もしここで規定世界に戻るのなら、丁重に保護しよう」
ツルギの言葉は、「シアを見捨てて帰れ」と言っているに他ならなかった。
確かに、ここで見捨てるのが一番安全な策だ。自分に危険はないし、変化をもたらすシアを隔離できる。今まで通りの生活に戻れる。
でも、そんなものはサツキの憧れた冒険者ではない。
——変化なんかいくらでもしてしまえ。危険なんていくらでも冒してしまえ。
心の中でそう言い放つ声が聞こえた。
「くっ……くくっ……!」
「何がおかしい?」
サツキは笑いを堪えながら、ツルギの目を睨みつけた。
「理由? そんなものはただ一つ。このつまらない世界から抜け出す好機だからだ! たとえどの世界でも、ここよりはマシだろうよ!」
「そうか……では、交渉決裂だ。警備隊の一員として、相手させてもらおう」
直後。ツルギの左足が持ち上げられ、サツキの脇腹へと素早くぶつけられる。
「かはっ——!?」
息が漏れ出て、苦しさを覚えたのも束の間。
ドゴッ!——轟音が鼓膜を震わせ、全身に痛みが走り抜ける。
次にサツキが瞬きした時には、砂埃が周囲を覆い尽くしていた。
「けほっ、けほっ……。何が……起こって……」
感覚はあるが、身動きが一切取れない。見下ろしてみると、全身がコンクリートの壁に埋まっていた。回し蹴りだけでこれほどの威力——サツキは内心、焦りにも似た後悔がじんわりと湧き上がるのを感じた。
四階の窓から平然と飛び降りるシアに、ビルの壁に人を埋めるツルギ。はたして秩序とは何だったのかと辟易しつつ、何度も腕を動かそうと試みる。だが、その隙にツルギが近づいて来たことで退路は絶たれた。
「さて、逃げ道がなくなったところで一ついいかね?」
「……何だ」
「’君は、規定世界から抜け出して何を目指す?」
サツキは意表を突かれた心地になった。
規定世界の住人が規定世界の外について言及することすらないのが常識なのに、ツルギはギリギリのラインを攻めるような質問を繰り出してきた。やはり、ツルギは普通ではないのだろうとサツキは確信を深めた。
「先程の質問は職務上必要なものだった。しかしこれは……そう、単なる個人の興味に過ぎない」
「ここから出たら……まずは親父を探したい。そして、親父とシアとプレローマの外へ行きたい」
「どうやって行くのかも、何があるのかも知らずに、か?」
「それを追い求めるのが冒険者だ! そう言って親父は旅立った!」
サツキの叫びが、一瞬、その場を静まり返らせた。
その静寂を切り裂いたのは、ツルギが腰の剣を抜いた音だった。サツキの喉仏に突きつけられた剣先は、薄皮を切っていた。
「こんな体たらくで、君はプレローマの外——つまり、第三世界や第六世界すらも超えた向こう側へ行こうとしているのか? 見上げたもんだ」
「それでもッ! 一歩踏み出さなきゃ憧れには辿り着けないだろうが!」
そのタイミングで、全身がコンクリートの拘束から逃れられた。身をよじり続けていたのが功を奏したのだ。
直後、サツキは左手で剣を掴んだ。刀身の冷たい感触を押しつぶすように指先に力を入れる。
そして思い切り剣を振り払い、壁を蹴ってツルギとの距離を詰めた。
「俺は夢を諦めねぇ! 絶対に!」
右手に入る全ての力を入れ、ツルギの頭へと目掛け——ぶつける。
ツルギの身体は浮き、殴った勢いのままに吹っ飛んで、街を流れる川に落ちて盛大に水しぶきを上げた。太陽の光を浴びて光るそれらは、清々しいほど青かった。
痛みが残る右腕は、強く虹色の光を放っていた。刺さっていた剣は跡形も無くなっていた——まるで、溶けてしまったかのように。
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