28
翌朝。
オルフレッドのラリアットでサツキは起きた。寝相の悪さはあの頃から変わっていなかった。
「しっ……死ぬ……!」
「あ——すまないサツキ。巨大な魔巨にラリアットする夢を見ていてな……」
「どんな夢だよ!」
なぜか想像出来てしまう夢だな……だとサツキは思いながら、ベッドを抜け出す。
昨日は日が落ちるまで様々なこと——サツキやオルフレッドの過去、今、そして未来を語らっていた。夜を更かしたい気持ちはあったが、身体に蓄積された疲労は無視できない。頭の奥が鈍重になり、頷く度に首をカクンと折り曲げるのを繰り返していた。食事と風呂まではなんとか耐えたが、それ以上サツキは口を開くことさえ叶わなかった。
「おはよ、サツキくん」
「おはよ~~~」
「二人ともおはよう」
この家は広い。それはそのまま、オルフレッドがいかに冒険者として稼いだかを示している。だから、当然のように客人用の寝室も用意されていた。二人はそこで寝たのだ。
サツキがオルフレッドと寝たのは単純に仲が良かったからであり、兄弟みたいな関係性であったから。シアが小さく頬を膨らませていたのをサツキは見逃していなかったが、割り切った様子だったの大丈夫だろうと考えている。
足はリビングに向かい、とりあえず、という感じでソファに座る。
「三人はこれからどうされるのですか?」
奥さん——ニファさんが言った。
このことはサツキもぼんやりと検討していた。オルフレッドが語った憧憬の剣の足跡。それを辿っていくべきだと思ったからだ。
「これからに関して、シア、ライア……相談がある」
「聞くよ」
「俺は、憧憬の剣が旅した順番で全世界を巡りたい。親父の歩んだ道をなぞるように」
思案に耽っているのか、誰も返事をしない。旅路を決めるというのは、簡単なことではないからだ。きっとそれを分かって悩んでいる。
数分後、最初に口を開いたのはオルフレッドだった。
「気持ちは分かるが、逆から行った方が確率は高いと思うぞ。皆の行方は知らないがな」
「あ、あたしはサツキに賛成。理由は特にない、けど……なんとなく?」
二つに意見が割れ、サツキは首をソファに預けて天井を見上げた。
合理的な選択もしたい。だが、今の仲間の意見も大事にしたい。
どこまでも相反する概念に、踏ん切りがつかないでいた。
答えを出して欲しい——と、一か八かの思いでシアに眼差しを注ぐ。
「……私は反対しないよ。ただ思うのは、アトラちゃん——つまり管理者代理なら何か知ってるんじゃないかなってこと。何かしらのログも残ってるかもだし」
「嬢ちゃん、〝ろぐ〟ってなんだ?」
「履歴とか記録、みたいなものです。世界の中枢はかなりシステムで動いていますから」
シアの考えもまた一理あった。
管理者のシステムについてサツキはよく知らないが、だからこそログの存在は盲点であり、重要な鍵となる。もしログにヒントとなるものがあった場合、進路は全く異なる可能性すらあるのだ。
「ここで決めるのは、もしかしたら危険かもな……」
「俺もそう思う。旅ってのは理詰めでやるもんじゃないぞ。たまにふらりと、気の赴くままに放浪してみるのもまた醍醐味なんだからな」
「オルフ兄さん……!」
「ほら、飯食いに行くぞ。腹を満たせば迷いも悩みも全部消えるからな」
「オルフ兄さん……!」
「感動してばっかだねサツキ。シア姉の顔見てみなよ」
ライアの脱力した顔も気になるが、言葉に従ってシアの顔を見ると、頬を大きく膨らませていた。
「えっと……シアさん?」
「べ、別に気にしてないもんっ。昔なじみの方が信頼できて実力もあって、私を頼ってくれないんだなんて思ってないよっ」
どうやら、頼られなかったことが不満だったようだ。
怒りとまではいかない以上、善意の裏返しだと受け取った。
「アトラの話を提案してくれたのはシアだろ? 充分に頼りにしてるし、シアがいなかったら何も始まってない。だから……機嫌を直してくれないか?」
「サツキくん……!」
ぱあっと明るい顔でサツキの手を握る。
やはり、シアには敵わないな——とサツキは笑い返した。
「こりゃ、サツキの心配をする必要はないな。団長も同じことを言うはずだ」
「あらあら」
暖かい視線が向けられている気がしたが、サツキは気にしないことにした。気にしたら負けだ。
「それじゃあ、行こうか」
◇
食事も終わり、いよいよ出発の時となった。
揃って第四階層の駅に向かい、座席を確保した。代金は塔の素材を売った金が潤沢にあったため、余裕だった。
既にここは駅のプラットフォーム。術式列車が背後にある。
「荷物とか大丈夫か? 忘れ物だとか……思い出はきちんと持ったか?」
「あぁ。ばっちりだ」
荷物はいつも通りライアが持っている。思い出はサツキの頭の中にある。
思い返せば、たった数日なのに規定世界にいた十五年分とそう変わらないほど慌ただしい日常を過ごしていた。初めての色。初めてのもの。全部が新鮮で、鮮やかで、一つとして同じ色はなかった。
「あ、そうだシア。マルクとショーンに何も言ってないんだが……」
「私たちは別れの挨拶を済ませておいたよ。サツキくんは……『挨拶もなしに出ていくくらいが丁度いいわあのガキは』だって」
「マルクだな」
「正解っ!」
下手な声真似だったが、口の悪さがヒントだった。
中々な言い様だが、サツキ自身もそんな気がしている。規定世界の人間に対して誰一人別れを告げずに——仲が良かった人もいないのだから当然ではあるが——出てきたのだ。そういうものとしか言えない。
「サツキ。元気でな。旅は長くなるだろうが……諦めない心、楽しむ心。そして勇気があれば、きっと乗り越えられる」
「肝に銘じておくよ。ありがとな、オルフ兄」
あまり長いと心残りができそうで、口惜しくなりそうで、サツキは術式列車へ向き直った。目頭が熱くなるが、袖で拭って隠した。
「ははっ、サツキらしいな。俺も寂しくなっちまう、先に帰るよ。またな」
「——またな」
二人分の足音が遠ざかる音がした。それが聞こえなくなるまで、サツキは振り返らなかった。
シアが肩を二回叩き、顔を覗き込む。
「知己との別れは寂しいよね……でも、私たちはずっと一緒。別れなんかないからさ。今を生きていけば悲しさも和らぐよ」
「先輩に言われると、なんだか安心するな」
「おっ、私を先輩呼びか……! いいね、お姉さんよりしっくりくるかも?」
喜んだかと思えば、ドヤ顔で格好つけている。
これでは調子に乗るばかりだな、と内心呆れていた。
「なら二度と言わないな」
「えぇー? なんでよ!」
——間もなく発車の時間です。ご乗車されていない方はお急ぎください。
車掌と思しき男性がそう声をかけているのを見て、サツキたちは歩き出した。指定した座席へはすぐに座ることができ、あとは発車を待つのみ。
右側には窓、左側には通路があった。サツキが奥、横にシア。前にライアが座っている。荷物は上の棚に載せた。
「なんだか緊張してくるな。次は首都——第六世界の中心か!」
「ミカレスタを心臓とすれば、首都であるエディンは頭脳だね。アトラちゃんのいる主城もあるし、各地の企業のオフィスや行政機関も存在してるんだ」
「今までとだいぶ違うな。行政とか存在してない印象だったのに」
「一応ミカレスタにも行政はあったよ。ゲーテも第六世界を構成する三つの地区の一つの中にある。貴族社会ではないけど、封建制ではあるんだよね」
「ほえぇ……」
「アトラちゃん、あるいは第六管理者を首長とした政治体制は最高法に記載されてるよ」
冒険者として生きていると、あまり政治には触れないのだろう。というより、触れずに生きていけるのが冒険者だと言える。今までこの世界で管理者に言及したのは職人——おやっさんだけであり、冒険者は自分のことばかりだった。
「あっ、動き出した」
慣性がゆるやかに働き、窓の景色が徐々に動き出した。
駅を出ると、また景色は草原に染まった。踏みならされた道は殆どない。
一方、左側の通路を怪しげな三人が通った。全員が目深にフードを被っている。恐らく魔術師だ。纏うマナが常人より濃かった。それをライアが睨んでいる。今日一日、どこか不機嫌というか、落ち着かない様子だ。とはいえ原因が分からない以上、サツキは発言する気になれなかった。
その後もサツキは周囲をぼんやり眺めていたが、誰も通らず、景色に大きな変化もなく、退屈を感じていた。
しばらく黙っていた三人だが、サツキがふと口を開いた。
「そう言えば、第三世界はどうなんだ? 制度とか」
「あたし、知ってるよ」
「ならライア、説明を頼んだ」
「まず、制度は封建制……というか独裁? ジヴリナっていう女王がいて、その下に四人しかいない四大公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵ってあるよ」
「なるほど……第六世界より階級はしっかりしてるんだな」
爵位は規定世界になかったが、歴史の授業でサツキは習っていた。またもや思わぬところで勉強が役に立ち、複雑な気分になる。
それを紛らわしたかったのか、疑問が湧いてきた。
「それはどこで知ったんだ? ふと思ったが」
「……実はあたし、第三世界出身でさ。ポータルの位置も知ってて……」
「だから朝の会議で、俺の順番に行く——次の目的地が第三世界になるルートを支持したのか?」
「ま、まぁそゆこと」
すると、ライアはおもむろに一枚の髪とペンを取り出す。
スラスラと線や四角の図形を書き始め、数分後。半回転させてサツキの方へと向けた。
「これは第六世界から第三世界へ行くためのポータルがある遺跡の場所。使う時があれば……使ってね」
やけにしおらしい対応。サツキは「らしくない」と感じた。
シアは悟ったような顔でそれを見つめるばかり。何かを知っているのか、あるいは……?
「……」
先ほどとは打って変わって、気まずい沈黙だ。
隠し事、嘘、欺瞞——無意識にサツキの脳裏によぎっていた。嫌な言葉を連想させるだけの力があった。
直後、視界の端で何かが動いた。
「動くな」
シアの首には、銀色の煌めきが添えられている。
サツキでもそれは知っていた。
「ナイフ——!?」
気が動転し、謎の声の言った通り動かない——動けないでいるサツキ。
その目の前で、ライアは悠然と通路に降り立った。
「お、おいライア何を……!」
「はぁ~い、この車両の全員はさっさと出ていってね~! 死にたくないなら、さ!」
怪しいフードからナイフを受け取り、乗客に見えるよう掲げた。
状況を察した乗客たちはドタバタと騒がしく、焦燥する声を響かせながら去っていった。
「これであたしたち、シア、サツキになったねぇ?」
通路からサツキを見下ろすライア。横にはフードが二人。シアの首にはまだナイフが突きつけられている。
「あはっ! まだ分かんないんだサツキ。あたしはね、これからシアを殺すの。もしあたしたちに従うなら、サツキの命だけは助けてあげても良いよ? それが陛下の——女王ジヴリナのご意向だから」
「面白い!」「続きが読みたい!」
と思っていただけましたら、
画面下にある☆☆☆☆☆を押して頂けると幸いです!
ブクマも是非!
それらがモチベになります!!!




