26
サツキが目を開けると、そこはまた別の空間だった。今度は床に倒れている。天井は正方形の線でタイルになっており、どこまでも続いていた。壁は見えない。白い光に囲われているだけで、床も天井と同じだ。
夢との違いと言えば、左右にシアとライアの二人が寝ている。それだけでサツキは安心感を覚えた。
「シア、起きてるか……?」
「んっ……あ、おはようサツキくん。なんだかひどい夢見ちゃったなぁ」
「俺は変な夢だったな。博士が出てきたし」
「私もだよ……気持ち悪い登場の仕方で殴っちゃおうか迷った」
「シアがそう言うって相当だな……」
表情から嫌悪感が伝わってくる。自分も学校生活という過去を振り返らされたのだから、シアもそうなのだろうとサツキは考えた。仄暗い過去があることはサツキも聞いている。
「うへぇ……あたしも嫌な夢見たなぁ~」
「ライア、起きたか。夢に博士は出てきたか?」
「え? うん、いたよ。ゲスみたいな顔だった。キモって感じ」
「こっちもひどい評価だな」
二人が起きたところで、サツキは周囲を見回す。しかし、いくら目を凝らそうと何も見えない。特段マナも感知できなかった。空間自体に広がるマナはあるが、それは外でも同じ。
どうしたものかと首を傾げていると、いつもの声が響いた。
『ステージ EXを開始』
サツキの前方数メートル先に、一人の男が現れる。
その全身は規定世界警備隊の服装と同じだった。しかし肌はメタリックな銀色で、腰には剣と鞘を提げている。顔は目があるのみで、鼻や口、髪や耳までもがなかった。
「なんだあれは……」
不気味な様相に、サツキは気圧される。剣を持った警備隊——まるでツルギだ。嫌な予感がしながらサツキが剣を出すと、相手も剣を抜く。
『自律戦闘アンドロイド・完全機械化型試作機——戦闘用意』
「セントウ、ヨウイ」
「喋った!?」
サツキが驚いた瞬間、ツルギに似た機械剣士は一歩踏み込み、距離を詰めた。
目の前に現れた剣士の剣が迫る。
なんとか腕を動かし、それを防いだ。
「力つっよ——!」
今まで戦った誰よりも膂力が強い。骨が悲鳴を上げている。
サツキは焦るが、しかし何も出来ない。ひたすら踏ん張るのみだ。
「〈炎よ、槍となれ〉!」
横に回り込んだシアが魔術を唱え、剣士は後ろに跳躍して回避する。
サツキの前を槍が横切り、仕切り直しになった。
直後、剣士は再びサツキに接近する。左上からの大振り。その隙に突きを繰り出した——はずが、サツキは脇腹に強い衝撃を感じて吹き飛ばされた。
「あがっ——!?」
「サツキくんっ!」
遮蔽物のないこの空間では何にもぶつからず、放物線を描いてサツキは幾度か地面にバウンドした。次第に勢いを失って転がり、静止する。
「回し蹴りまでツルギとおんなじかよ……!」
前衛がいなくなったのを好機と捉えたか、剣士はシアに向かって動き始めていた。
そうはさせまい、とサツキはすぐに起き上がり、走り出す。
とはいっても、剣士は機械。運動能力に秀でてもいない人間の走る速度が敵うはずもない。
「〈岩よ、起き上がれ〉!」
シアの魔術で無数に棒が屹立し、障害物となる。その内の一本を、剣士は左手で殴り、破壊した。
「嘘だろ……化け物かよ!」
シアと剣士の間合いは数歩分。この距離では、魔術を唱えるより剣が先だ。
「シア——!」
「これでも喰らえ!」
その時、回り込んでいたライアが声を上げた。手に握られているのはビーカー。それをライアは全力で投擲した。
剣士は振り向きもせず止まり、僅かな逡巡の後、引き返していった。
ビーカーは地面にぶつかり割れる。だが、シアは守られた。
「ありがとライアちゃん!」
「ナイスだライア!」
「機械ならこの液体は有効、だからね。あたしってば天才? ヒーロー?」
「あぁ、ヒーローだ!」
サツキはようやく追いつき、三人が再び集まった。
剣士は警戒しているのか、こちらが動くのを待っている。
「にしてもあいつ、今までとは格が違うよな……」
「速度も威力も桁違い。今のところ無傷だよね?」
「あたしの必殺技も避けられたぁ~」
あまりに次元が違う。ツルギよりも冷酷で容赦なく、人間には難しい動きを連発していた。金属を溶かす切り札に至っては、視線を向けず的確に避けていた。
「機械だし、目が二つじゃないとしてもおかしくない、よね」
「おかしくないどころか、正解だと思うぞ。センサーやマイクで認識していれば死角なんてなくなる」
「えぇ!?」
「機械の剣士……なんでもありってわけだ」
だが、金属である以上は切り札が有効なはず。どうにかして切り札を命中させれば勝ちだ。
「タイミングを合わせて拘束できればいいんだが……」
「魔術でやってみる。狙ってる間、サツキくんは耐えててほしい」
「分かった。ライアは行けると思った瞬間に頼む」
「おっけ~」
サツキは前へ出る。剣士も合わせて一歩進んだ。
「手加減してくれよな!」
動き出すのは同時だった。やはり剣士の方が早いが、剣はぶつかりあって互いに止まる。
金属の擦れ合いが不快な音を立てる。それが止んだ時、警戒心が最大限まで引き上げられた。
剣士は鍔迫り合いをやめ、剣戟を始めた。
左から横薙ぎが来て、背中を反らして避ける。返す刀で袈裟斬り。それを剣で受け止め、前のめりに力をかけて姿勢を戻した。しかし剣士はビクともしない。
「〈岩よ、鎖となれ〉!」
剣士の右手——剣を持つ腕を、地面から生えた岩の鎖が縛る。次いで右足、左足、左腕と鎖に縛られ、四肢が拘束された。
ライアがビーカーを持ち、狙いを定める。
「ジャマ、ダ」
「マジか!?」
剣士は鎖を思い切り引っ張って壊し、足の拘束も蹴るようにして砕いた。
そして間髪入れず走り出す。
向かう先には——
「シア! 危ない!」
サツキの警告と剣士がシアの前まで到達するのは同時だった。
剣士は身を少し屈め、足をシアの腹へと突き上げる。
「かはっ——」
上空へ蹴り上げられたシア。
シアが攻撃された。痛めつけられた。
その事実が、サツキの頭に大量の血を昇らせた。
「貴様ああああああああああ!!!!」
彼我の距離は数歩。全力で叫び、威嚇し、持てる力全てで足を動かす。
剣を握る手はもはや痛い。でもそんなものは関係ない。
——剣士にとっては、絶好のチャンスでしかなかった。
「——ッ!?」
下腹部に灼熱と強烈な痛みを感じた。
異物が侵入している感覚があった。
ゆっくりと視線を落とすと、姿勢を低くしている剣士がいた。その剣は、サツキの腹に刺さっている。貫通しているだろう、というのも分かった。
「ライ、ア……!」
「今度こそ当たれぇ~~~!!!」
だからと言って、諦める理由にはならない。
今が一番、サツキと剣士との距離が近いのだ。
パリン——と硝子の割れる音がした。フッ化水素酸と硝酸の化合液は剣士に命中し、身体を溶かしていく。
痛みを無視し、サツキは剣士を蹴り飛ばした。剣が腹から抜けるが、千載一遇の好機を逃すまいと、右腕の関節を切り落とす。剣が落ち、カラカラと鳴った。当然手は止めず、左腕の関節も斬る。
「トドメだあああ!!」
腰から上半身を引き絞り、反動をつけて首を横に薙いだ。
首がポトリと転がり、力なく倒れ込む。
「か、勝った……!」
その安心感で、サツキも後ろに倒れた。
すると、バタバタと一人の少女が駆け寄ってきた。
「サツキくん! 大丈夫!? 血が流れてるけどっ……!」
「回復の魔剤をくれ……致命傷じゃない……」
「う、うん!」
魔剤の蓋を開け、シアは穴の空いた下腹部に流し込む。
傷がどうなっているかサツキは見えないが、順調に治っている感覚は分かった。体内が蠢くのは奇妙だが、効果の証明でもある。
「ぅぇ、もう治ってる。早すぎでしょ」
「ライアちゃん、そんな気持ち悪いものを見る目しないであげて」
「いや、俺もこの速度で回復するのは気持ち悪いと思う」
「私の折角のフォローが……!」
シアの手を借りながらサツキは立ち上がった。問題なく身体が動くことを確認すると、動かなくなった剣士を見る。
「……本当にツルギに似てるな。まるでコピーしたような」
言うとよりそう思えてくる。剣の使い方や足癖の悪さは、ツルギに近い。あるいは、親父にも——
『全ステージ終了。転送を開始します』
「——それじゃあ皆、帰ろうか」
視界が白に染まり、浮遊感。
そうしてサツキたちは、帰還を果たした。
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