25
【個別実験・2】
「シア様、他の世界からの侵略者が来ております」
私の前で膝をつく若い伝令は、汗を流しながらそう報告した。
この時は、確か……そう。
「他の世界……? すごく面白そう! お友達になれるかな?」
能天気で恥ずかしい私は、部下たちが見る中でそんな戯言を言った。この瞬間にも、優美な王宮の玉座に腰掛けている者とは思えない台詞だった。
伝令の男は屈託のない笑顔で「なれる可能性はあるでしょう」なんて言ってくれた。
私は知っている。この人は私が見ていないところで冒険者に殺される。私付きの伝令がこの後変わるのだ。
「妙な夢だなぁ……」
本当なら横にサツキがいてほしかった。けれど、この時分の——第八世界管理者である私の横にはまだいない。
その代わり、もう会えないと思っていた部下たちがいた。まだ元気そうだ。というより、記憶の中そのままだった。
「アレックス、メアリー、ライリー、サラ……」
「どうされましたか? シア様」「お呼びですか?」「はいっ! なんですかー?」「シア様、どうしたのですか?」
私の呼びかけに、みんなは笑顔で優しく答えてくれた。
失ったものが目の前に現れるなんて、夢みたいだ。
何度だって考えていた。やり直せるのなら、きっと良い未来に繋がると。全てを知っている私なら、この過ちも治せると思った。
「私はね、まだ認めてないの。私自身の過去を。過ちだとは思ってるけど、答えは未だに見つかっていないの。どうにか出来るかも、って希望に託して。たぶん、現実的じゃない」
独り言に、部下たちは困惑していた。ただ黙って話を聞いていた。律儀な部下で、大切な友だちだった。
「聞いているのでしょう? ジヴリナ。私のこと、どう思っているんだろうね。この頃はまだ、子どもだと侮っていたのかな」
「シア様、ジヴリナといいますと第三管理者の……?」
「聞いている? 教えてください、シア様。そのご発言は——」
手を上げ、制止する。
忠実な部下たちはそれに従った。
私は一先ず、やりたかったことをすることにした。悲劇を生まないために、するべきだったことを。
「《創造》」
どうやら、私の管理者としての異能も復活しているようだ。
掌の上には、シンプルで剛健な銃があった。確かその名前は「デザートイーグル」。私が愛用するものの一つだ。久しぶりに持つが、やはり馴染む。
これを使うときは怒っている時だけ。部下の顔が引きつるのが分かった。でも、躊躇はしない。
「アレックス。第三世界が降伏するのなら私たちは手出ししないよ。もし攻めるつもりなら……分かるよね?」
「〈女王よ、力を与えよ〉!」
刹那、アレックスは魔術を唱えた。第三管理者ジヴリナの異能を引き出すための魔術。一時的にジヴリナが憑依し、操り人形にして戦う切り札。
「はぁ……バレたからには私をここで始末する、と。物騒なこと考えるよねあの女は」
剣を抜き襲い来るアレックス。その脳天に、私は銃口を突きつけた。一瞬の猶予もなく、引き金を引く。
「きゃあぁっ!?」
「ひっ……」
大口径の弾丸は轟音と共に彼の頭を貫き、破壊した。脳みそがこぼれ落ち、アレックスは背中から倒れた。
無様な死に方だが、追加で心臓に二発、両足に一発ずつ撃ち込む。動かれでもしたら大変だからだ。
「ジヴリナの憑依対象である臣下——四大公爵が部下に紛れ込んでるなんて、私には到底思いつかなかったよ」
銃の反動にも慣れたものだった。剣を握ったり、ペンを握ったり、武器や仕事に慣れるうちに、反動もへっちゃらになっていた。
「……これでも、きちんと警告と猶予を与えているだけ前の私よりずっと成長してるのに」
「確かに、シア様は迷われないお方でした。銃を知る人間が少なければアドバンテージが取れる、という理由も合理的ではありますが。ですので、シア様は成長しておられるのかもしれません」
プレローマで銃を持っているのは私の知っている人だけ……というのは嘘で、当時の知識でしかない。知らないところで銃は各地にばら撒かれており、サツキくんと出会う前にも銃を持った人を見かけている。
遺跡から出土したもの以外、プレローマで銃を作れるのは私だけのはずなのに。
「ライリー、少し用意があるから待っていて欲しいな。終わったらすぐ、侵略者のところへ向かうから」
「はっ」
私は玉座を立ち、自分の部屋へと向かう。王宮の構造は記憶と変わらず、部屋も同じ場所のままだった。
わざわざ一人で来たのは理由がある。どうしても確認したいことがもう一つあったのだ。
「懐かしいな……」
広いベッドと綺麗な景色が見える窓。あとは持て余した空間だけ。それが私の部屋だった。
大きな姿見の前に立ち、服を脱ぐ。いつも着ている旅装と違って脱ぎにくいが、身体は覚えているものだ。
半裸のまま、手鏡を手に取る。そして、姿見に背中を向け、手鏡でその反射を映す。
——予想通り、封印は消えていた。
「このままだったら、あのときサツキくんに見られても……良かった、のに」
ゲーテの夜、サツキくんに目を閉じてもらったのは封印を見られないようにするため。結局強烈なマナが瞼を貫通しちゃったみたいだけど、これは私の鎖であり烙印。
「今なら……力を使える」
すぐに戻り、私は侵略者を迎え撃つために動き出した。
かつては絶望したが——今なら。
「シア様、あちらです」
第八世界の王宮から数キロメートル地点。ここには第三世界や第四世界と繋がる遺跡が点在していて、冒険者たちにとっての駅となっていた。
なぜ遺跡と異世界が繋がっているのかは誰も知らない。だが、時々侵略行為にも使われることは事実だ。
「遺跡近くの街は栄える代わりに、侵略されるときはまず皆殺しにされる。代償にしては苦しいよね……」
「どうされますか? 生存者はいるか不明ですが……」
「——助けに行く」
黒煙と救援要請の狼煙が混ざっている。
たぶん、誰も生きていない。
それでも助けようと思ったのは、勇者の相棒として胸を張りたかったから。サツキくんに嫌われたくない……から、だと思う。
「〈風よ、破れ〉」
魔術は私の命に従い、空間の距離を破った。
次の瞬間、目の前にはゲーテに似た街が広がっていた。
「規格外ですよね……数キロを一瞬だなんてあり得ないですよ」
「これくらい、みんなのお姉さんとして当然だよ。ほら、生存者を探すよ」
「はっ」
焼けた家や店だらけの街。炭と血の匂いが充満し、地面には亡骸が血溜まりに沈んでいた。
心が痛むのを堪えながら、耳を澄ませる。
火の弾ける音、木が崩れて擦れる音——苦しみに喘ぐ声。
「——! ここ! 生きてる!」
二人で協力し、瓦礫の山をどかしていく。何本もの木材を動かしたところで、一人の青年が現れた。
「ごほっ……た、たすけ……」
「私の手を掴んで。せーのっ!」
ボロボロになり、血を流す青年は自分の足で立っていた。私の目をじっと見て、何かを伝えようとしている。
「その……僕のことは見捨ててください……」
「どうして?」
「また悪い人が来るかも……見つかったら、今度はお姉さんも危ない、です……」
「大丈夫。お姉さん、強いから。本当は子ども一人くらい守ってたって、余裕で戦えるんだよ」
私には魔術の才能がある。それを封印されていなければ、巨大な魔巨も、機械の獣たちも、本当は魔術一つで消し飛ばせた。
今なら、子どもを守るなんて造作もないのに。
「とりあえず、安全な場所に避難しようか。〈風よ、破れ〉」
今度は二人を連れて元いた場所に戻った。
侵略者たちも、ここまでは来ていない。
「お、お姉さん……これからどうするの?」
「シア様、ご指示を」
既に答えは決まっていた。
数刻後、二つの世界は示しあったように第八世界に侵攻を始める。今は近辺の街から略奪し兵站を集め、遺跡に集まっているのだ。
「ライリー。あなたは王宮に戻って、防衛体制を固めて。各地にも伝令を走らせ、各自で自衛するように、と。少なくとも一週間は維持させて。今から私が——幸せを取り戻す」
「はっ」
助けた青年と二人。
長閑に揺れる草原や、自由を保証してくれる青空を前に、私は狙いを定めた。
「〈生命よ、聞かせて〉」
——なぁ、街をいくつか滅ぼせばいいんだろ?
——それで大量の賞金……! 最高だよな!
——でもどうしてだ?
——そりゃあ言ってただろ。潜在的な敵なんだから、先手を打たないといけないんだとよ。ここの管理者、平和ボケしてるからな。
——やる気出す前に叩くのか。そりゃあいい!
「はぁ……どうして協調しないのか不思議だなぁ。仲良くすればいいのに。疑心暗鬼になって、騙しあって、戦うより平和が良いよ」
……ま、私にはそんなこと言う権利ないか。付け入る隙を与えて交渉のテーブルにも立てなかったんだし。
とはいえ、後で和平条約を結ぼう。サツキくんとみたいに和気あいあいと管理者同士で集まれればいいな。
「〈極光よ、攫え〉」
——ん? 何だ?
——眩しい……!
——光がここを囲ってる! 魔術だ!
可哀想な冒険者たちは既に檻の中。囲われていることに気づいたときにはもう遅かった。
直後、光の檻を押しつぶすように幾千の光が降り注ぐ。冒険者たちの身体はそれに貫かれ、その部分から消え失せていく。まるで光による誘拐だ。
数分間にも及ぶ、白昼堂々の誘拐劇は、全ての人間の消失を以て幕を閉じた。
「お姉さん、さすがだね。勇者の相棒という肩書きを相当重んじているらしい」
青年が言った。青年に相応しくない口調で。聞き覚えのある雰囲気で。
私は分かってしまった。この青年は哀れな被害者ではない。途端に、彼の手を掴んだ自分の指が汚く思えた。切り落としてしまいたくなった。
「そんな顔をしないでくれよ、元第八管理者。オーティオス君と言ったほうが良いかい?」
「ちっ——観客気取りなんて気持ち悪いことするよね、博士」
もう若々しい顔なんかではない。醜悪な、全てを見下す観客の汚れた視線だった。
「僕は、君が力を取り戻してやり直せるならどうするのか見たかっただけだよ。復讐の鬼となるか、運命を甘んじて受け入れるか——新たな選択肢を見出すのか。実験は成功だ。そうだろ?」
「——いつか君の顔を見て、一発殴る。それまでは死なない。君の思い通りにもならない。サツキくんと生きるから!」
私はデザートイーグルを創造し、博士の額に突きつけた。
引き金に指をかけ、僅かに力を込める。あともう少しで弾丸が博士の脳をブチ抜くはずだ。
「やれやれ、怒らせてしまったか。では、実験を仕舞いにしよう」
青年が指をパチリと鳴らした。
世界はそれに従い、落とした硝子のように割れた。
「後悔のない人生を。僕はいつだって見ている」
「面白い!」「続きが読みたい!」
と思っていただけましたら、
画面下にある☆☆☆☆☆を押して頂けると幸いです!
ブクマも是非!
それらがモチベになります!!!




