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『ステージ2・開始』
スタート地点は教室だった。
椅子と机が等間隔に並び、綺麗にチョークが消された黒板がある、見慣れた景色。
サツキはすぐさま教室を出てクラス番号を確認する。
「1-A……五階が一年生、四階が二年生と振り分けられているから、ここは五階、かつ一番端っこだ」
「おぉ、サツキってばナイス」
「目標は実習棟に固まってるよね。中央階段から行こう」
「あぁ。授業棟には用がないから、隣接する実習棟に到着するまでにどれだけ倒せるかが大事だな」
敵に会わないように動くなら、A組のすぐ近くにある西階段を使えば良い。しかし敵を倒すのが前提なため、広くて大きい中央階段を使うことにした。
中央階段は、廊下を真っ直ぐ行って途中で左に曲がるとある。いわゆる丁字路だ。
——キーンコーンカーンコーン……
「何の音?」
「チャイム……要するに合図だ。敵が来そうな予感——!」
サツキの予感は正しかった。廊下の右側が教室、左側が窓となっているが、窓からドローンが三機侵入してきたのだ。
「ドローンは私が片付ける! 〈土よ、槍となれ〉!」
普段より多くマナを消費し、シアは槍を三本生成した。
ドローンは機械の羽を回転させ、モーターの駆動音をジジジと響かせながら不安定に揺れている。だが、それでも狙いを外さないのがシアだった。
「うおぉ! 命中!」
ドローンが針を撃つ前に土の槍は放たれ、胴体を無慈悲に食い破る。
動力源を失ったドローンは気絶したかのように床へ転がり、火花を散らして動かなくなった。
「〈風よ、共にあれ〉!」
兎にも角にも移動しなければ始まらない。
A組、B組、C組……と続く教室を横目に、周囲を警戒しつつ走った。
G組まで来たところで左に曲がり、横幅三メートルはある中央階段に到達した。けれど、障害が立ちはだかる。
「アラクネ!」
「その糸もあるよ~!」
目を細めると、陽の光に反射して金属線が階段に張り巡らされているのが見えた。勢いよく突っ込んでいれば、身体のどこかに食い込むか切れるかしていただろう。サツキは背筋が凍る思いがした。
ケタケタと笑うようにアラクネは壁に張り付きながら上下に動いた。どういう原理かは不明だが、倒しにくそうだ。
「糸は俺が剣で斬る!」
試しに剣を振り落とすと、パチンと切れて垂れた。
何段か下りながら剣を振り回し、踊り場を反転して下りて……と繰り返す。それをアラクネは縦横無尽に動きながら傍観していた。
「ギチチ!」
「おい待てアラクネ! これ邪魔だなぁ……! 絶対刺してやる!」
「〈水よ、矢となれ〉」
壁は剣の届く高さより高く、上まで行けばアラクネはサツキの攻撃を受けない。するとシアが魔術を行使し、下に追いやる。
まさに上を下への大騒ぎ。
そんなもの長く続くはずもなく、アラクネは濡れた窓に脚を滑らせてついに落っこちた。
「隙ありぃ!」
狩人気分のサツキは刹那、剣を両手で持ち、全力で地面へ串刺しにした。
ちょうどコアの部分を貫いたようで、アラクネは動きを止めた。
「っしゃぁ!」
「喜んでる暇なんかないよ! 最初の目的地は二階、このフロアだよ!」「危ねぇ、行くぞ!」
考え事をしていると、階段をつい下りすぎたり上がりすぎたりする。サツキは何度かその経験があり、今回も同じ過ちを繰り返すところだった。
「次はハウンドが二体か……」
「奥にはアラクネもいるね。目的の部屋を塞いでるよ」
「あたしの出番だね!?」
はいともいいえとも言う前に、ライアは水筒サイズの円筒状の鉄を取り出した。
飲み口部分にはピンがあり、ライアは迷いなくそれを引き抜いて投擲する。
「バァン☆」
視界が明滅し、落雷のような音が鼓膜を震わせた。
その音量は決して可愛らしいものではなく、ハウンドとアラクネが煙を上げて倒れているのが証拠だ。床や部品の焼け焦げた匂いがして、顔をしかめる。
「臭すぎだろっ……けほっけほっ」
「ほらサツキくん、糸だけは切って。すぐ回収して次へ行くよ」
「あぁ……」
生臭い金属の匂いに気分を悪くしつつ、道を切り開いたサツキは、目的地——化学実験室へ入る。
お目当てのものは〝フッ化水素酸〟と〝硝酸〟の二つ。それを混ぜたいのだ。
「切り札……のはずのものはどこだ?」
棚に様々な種類の薬品があり、一つ一つ確認するのは時間がかかる。三人がかりでもかなり大変だ。
——当然、それだけには終わらない。
「サツキくん! ハウンドが三体来たよ!」
「任せろ、この扉から先には通さない!」
「グーッ——」
メタリックな全身と、赤く光る瞳、口から覗く無機質な牙。
魔獣と色や質感が違うだけなのに、全く違った恐ろしさが棲み着いている。殺意がサツキの肌をさらりと流れた。
冷静かつ冷徹な猟犬が三体、サツキを睨みつけ——動き出した。
「邪魔だ!」
一番に来たハウンドが牙を剥く。その上顎に剣を刺し込み、切り上げる。上顎を両断はできなかったが、勢い良く天井に叩きつけ、胴体の装甲を歪ませた。
次に飛びかかってきたハウンドの牙を躱す。同時に腕を引き絞り、思い切り突き刺す。刃は胴体を貫き、串刺しとなった。
胴体が歪みバランスが傾いたまま、ハウンドは再びサツキに噛みつこうとする。それを剣で打ち払い、廊下の向こう側へ吹き飛ばした。
「あらよっと!」
今度こそ胴体が砕け散り、沈黙する。剣に刺さっていたハウンドも吹き飛び、身軽になった。
最後に残ったハウンドは愚直にサツキを狙った。そこで、サツキはアラクネがいた方へ走り出し、残っていた糸に足をかけた。壁に手を添えながら上まで登ると、ハウンドは届かないのか無様に吠えた。
「黙らせてやるよ!」
そして——サツキは糸から飛び降り、騒がしい頭を剣で貫いた。
「シア! 見つけたか?」
「あったよー!」
シアは透明な液体の入ったビーカーを三つ持っていた。
これがお目当ての切り札。ライアはそれらをそそくさとリュックにしまった。
「じゃあ、次の目的地だ」
中央階段を再び降り、一階へ。少し歩き、購買に向かった。
コンクリートの屋根のある広場。奥には室内運動場があり、放課後には運動部で賑わう場所だ。
そこに並ぶのは自動販売機。第二のお目当てがある。
「ここにある食べ物を略奪するぞ。あの自販機は飲み物じゃなく軽食があるからな」
「じはん……き?」
「反旗でも翻すの……?」
「ちげぇよ! 食べ物とか飲み物が買える無人の店、みたいなものだ。規定世界と他の世界じゃ食べ物が全然違うからな、もしかしたら売れると思って」
「なるほどね。でも略奪って大丈夫かな?」
「……さっき規定世界もどきを滅ぼしたのに?」
「さっきからサツキくんの反論が痛いよ……よよよ……」
シアの下手な泣き真似を無視し、サツキは剣先で自販機のショーウィンドウを壊した。
サツキはいくつか長持ちしそうなものを選び、ライアに渡す。
「なにこれ、冷やし担々麺……? 羊羹……? いちごパン……は分かる」
「な? 食べたことないだろ? 俺はある」
「えーうらやましー」
「私も食べてみたいなぁ」
「また来ればいいだろ? 今は敵を倒すことを考えないとな!」
「決戦の場所へゴー!」
購買を出て、廊下を抜けた先にはグラウンドが広がっていた。地面は全て人工芝になっていて、丈夫な白い芝は滑りにくく運動にも適している。
「アラクネ対策に開けた場所で戦うのは合理的だね。これも事前に情報を知らなかったらできなかったことだよ。サツキくんの謎のセンスに感謝だね」
「俺も、まさか二十ルドエンの機械が有益な情報をもたらすとは思ってなかった。直感は大事だな……」
「それにしたってサツキ、校舎にキモい量のアラクネが張り付いてるけど」
数えて八体のアラクネが、校舎の壁からサツキたちを見下ろしていた。糸が飛んでこない程度には離れているから無害だが、気持ち悪さは拭えない。
それを眺めるうちに、ハウンドやドローンも集まってきた。それぞれ五体と七体ずつ、集結している。
「シア、例の魔術を」
「分かった。マナを貯める間の守りは任せたよ」
これからシアは大規模な魔術を発動する手筈となっている。その間、サツキとライアで食い止めるのだ。
「サツキ、ハウンドが一気に来たよ!」
「これは俺の仕事じゃないな。ライア、切り札を!」
「合点承知ぃ!」
横に列を成して猛スピードで走りくるハウンドたち。
それに狙いを定め——ライアはビーカーを放り投げた。
空中で液体が撒き散らされ、ハウンドたちに降り注ぐ。
「命中! ははっ、すげぇ威力だ!」
刹那、白煙を上げてハウンドたちの身体は融解していく。
フッ化水素酸と硝酸は金属を溶かす性質がある。それらを混ぜた化合物は、より強力な効果を発揮するのだ。
「規定世界の知識すっごいね……あたしには原理がぜーんぜん分かんない」
「俺もあんまり分かってないぞ? なにせ留年しかけてたくらいだからな。それでも勉強の成果はあったわけだ」
「やめて! 留年の意味も分からない! 規定世界用語やめてー!」
わざとらしい反応にサツキが笑っていると、ドローンが二機近づいてきた。シア抜きでドローン、どう戦うべきか……と考えていると、ドローンらは狙撃手の如く針を発射する。
「やべっ——!」
咄嗟にサツキは刀身を盾にして防ぐ。キンと甲高い音を立てて跳ね返り、芝の上に落ちた。
ふと、化学実験室前での戦闘を思い出す。剣を剣として使っていないように思えたが、サツキは気にせず対処法を考えた。
「ほら来いよ、打ち返してやる」
次いで第二射。針を目で追い、柄を強く握り、刀身で打ち返した。
カキン——と澄んだ音を鳴らしたそれはドローンに着弾、撃墜した。
「お前も落ちろ!」
第三射、同じ要領で反射し、空中を舞う機械は地面へと帰った。
「二人とも、準備できたよ! 私の後ろに隠れて!」
素早く向き直り、二人ともシアの背後に移動する。
サツキの目には、シアの貯めたマナが鮮明に見えていた。それはそれはとても美しく、空によく似合っている。
「〈炎よ、地を砕き天を染め爆ぜろ〉——!」
瞬間。
赤色に変化したマナは地を這い、校舎の近くまで進んだ。そこを起点に、マナは質量を急激に増幅させ——視界を埋め尽くす。
校舎を遥か高く越えるほどに爆発が起こり、大地は衝撃を受け止めるように揺れ、空までも灼熱が舞い上がっていた。
これほどの爆発に耐えられる建物などないだろう。学校でさえ例に漏れず、壁は崩れ落ちるか焼け焦げていた。アラクネなど一欠片も見当たらない。剥き出しの教室がサツキに姿を露わにしていた。
胸の中で渦巻く様々な感情に、息を大きく吸って酸素を送り込む。燃料を投じられて膨れ上がったその感情を、サツキは全部全部吐き出した。
「バーーーーーーーーーーーーーーーーーカ!!!!! ざまあみやがれぇぇぇぇえええええええええ!!!!!!」
「俺はっっっっっっ!!!!!!!! みんなと冒険してるぞおおおおおおおおーーーーーー!!!!!!!」
「だからっっっっ!!!!!!!!! 思い残すことなんかっっ!!!! ない!!!!!!」
肺の中は空っぽになり、中身の一切を失った。
息を吸おうとして息が詰まり、吐こうとして虚無を吐く。
胸が締め付けられるような痛み。喉が空気を通さない。そのせいで身体から力が抜けて膝から崩れ落ちた。
「あがっ……い……きが……っ」
「サツキくんっ! 落ち着いて、深呼吸して……」
心配そうに駆け寄ったシアはサツキの背中に手を回し、優しくさする。そこから滲んだ優しさが肺を満たし、心臓を包み、自然と酸素が——生命の動力源が戻ってきた。
「大丈夫だよ。私はサツキくんの傍にいる。私を選んだその選択が、間違いじゃなかったって思わせてあげる」
「そう、だな。俺は……既に正解だと思ってるが、更に大正解にしてくれれば最高だな」
雲一つない空に、壊れた学校。あまりにもそのコントラストが綺麗で、もしシアと出会う前にこれを見ていれば何かが変わっていたろう、と過去を嘲る。
「ははっ。こんなつまらない世界には丁度いい」
『ステージ2終了。セーフゾーンへの転送を開始しま——』
前と同じ声。サツキは安心して気を緩めた。
しかし、そうは問屋が卸さない。
『レベル4権限においてプロトコルを中止。多目的階への転送へ上書き』
若い青年が割り込み、訳のわからないことを言った。
世界にノイズが走り、砂嵐に変わり、次の瞬間、真っ白な空間にいた。
セーフゾーンを拡張したような雰囲気だが、家具はなく、遥か高くに薄く黄色に染まった窓があった。そこから一人、白衣を纏った男がサツキたちを好奇心に満ちた目で見下ろしている。
「ようこそ、我らが賢者の塔へ。歓迎するよ勇者クン」
「誰だっ! 我らって……お前のものなのか、この塔は」
「あぁ。我々がプレローマに打ち込んだ計測器だ。それが何か?」
突然の出来事に、サツキは言葉を失っていた。何を質問すれば良いのか。そもそも奴は敵なのか。情報があまりに欠けている。
その空白を埋めるようにして、シアが口を開いた。
「私、この声知ってる。あれは——管理者よりも上の存在だ」
「ほぉ、気づくのが早いな。元第八管理者、シア=オーティオス。といっても、君以外の二人とは接点がないからね」
「あなたのことはなんと呼べばいいのかな。プレローマで管理者より上を指す言葉はないのだけど」
「なら——博士と呼んでくれ。本当は主席研究員なのだが、まぁ博士号があるので間違いでもない。何しろロマンがある。研究者はロマンと成果を求めるものだと、個人的には考えているのでね」
博士の顔には余裕、あるいは傲慢さが浮かんでいた。自分が上であるという揺るぎない自信だ。
「……おっと、雑談が過ぎたかな。君たちには、個別で実験を受けてもらう。それを以て第三階層の攻略とする。拒否権はない」
「はぁ? 実験? 何を言って——」
「幸運を」
視界は黒く染まった。意識が揺蕩い、眠りに落ちる寸前の瞼の重さを感じる。身体の力などとうに抜けて、夢に落ちることを待つだけだった。
「面白い!」「続きが読みたい!」
と思っていただけましたら、
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それらがモチベになります!!!




