21
第一階層はスラムだ。
サツキはそれを前提に考えてきた。では第六の塔の根本は——入口はどこにあるのか。答えを知ったのは、朝になってのことだった。
「こんな場所があったのか……」
塔を囲うように、円形の石壁がある。塔の半径を三メートルとしたとき、壁の領域は十メートルほど。
領域内の地面は半透明な硝子になっていて、つつくと小気味よい音を鳴らす。サツキはこの地面に一切のマナが含まれていないことに気づいた。むしろ、失われたとも言える。
塔を見上げると、地面とは真逆——マナを過剰に帯びている。
「すごい。マナが見えない私でも分かるくらい虹色だ……」
「あたしも同じくー。ぐにゃぐにゃしててなんだかキモーい」
マナに隠されて、塔は本当の姿を明らかにしていない。
あらゆる異様な景色に、塔というものがどれほど世界の異物であるかをサツキは感じた。
「みんな、用意はいいな?」
「もちろん!」
「荷物はきっちり確認したよぉ。全部持ったからおっけい!」
シアは変わらず濃藍色の外套をなびかせ、碧色の瞳を輝かせた。
ライアはこの前より何倍も多い荷物を背負い、サムズアップをした。
サツキは戦闘服のポケットに各種魔剤を入れるなど、準備を整えた。
「それじゃ——始めるぞ!」
◇
入口を抜けると、一瞬の浮遊感の後に景色が切り替わった。
「ここは……」
「規定世界、だね」
白いビルの群れ。青い空。白い草花。
視界に存在する全ての要素が、規定世界であることを証明していた。
サツキたちは道路の上、ビルが密集する間に立っていた。
マルクから貰った地図は間違いではなかったが、これなら地図などなくともサツキの記憶でどうにかなる。
「でも誰もいないよー?」
「当然だよ。ここは塔の中。人はいない、私たちだけの世界だよ」
「俺が十五年生きてきた世界に、まさか数日で帰って来るとはな……似て非なるものと分かっていても不思議な感覚だ」
帰郷——と言えば聞こえはいいが、サツキからすれば帰りたくなかった故郷。まさか塔の中がそうなっているとは思わなかったが、いっそ攻略するモチベーションが高まった。
「すぐに登りきって第六世界に戻るぞ」
そう決意させるには充分すぎたのだ。
『ステージ1・フェーズ1を開始』
どこからか聞こえた無機質な声。
ただ、それが合図であることは察せられた。
「早速お出ましだよ!」
シアの言葉と同時に、目の前には五体の魔獣が現れた。
いつも通り、四足歩行する獣だ。
「俺とシアで二体ずつ、ライアは一体頼む」
「了解!」
「頑張るね~」
戦いの火蓋を切ったのはサツキだった。
剣を持って駆け出すと、魔獣も呼応するように走り出す。
彼我の距離が近づき、剣の間合いに入る。サツキはステップを踏んで右側へ回り込み、右の魔獣の首を断ち切った。
「グルルっ……!」
残された魔獣は怯まず、サツキの腹目掛けて牙を剥く。
咄嗟の防御は間に合わない——そう判断し、開かれた口に剣を差し込んで剣を噛ませた。
硬いものが擦れ金切り音がする。不快感を覚えつつ、サツキは力を込めて剣を押し込む。
「くたばれ!」
「グッ——」
「ぐおおおおお!」
拘束を抜け出した剣は魔獣の下顎を斬り伏せ、返す刀で上顎を斬る。
頭部を二つに分けられ、失った魔獣は力なく倒れて消えていった。
「サツキ! 上見て!」
「上? ——なんだこれ!?」
空中には、魔獣と同じ特徴——光を飲み込むような黒い毛皮——を持った鳥がいた。今しがた倒した分と入れ替わるように二体、サツキに向かって鋭いクチバシを突き出しながら急降下して来ている。
「避けるしか——ねぇ!」
サツキは薄々分かっていた。空中などの遠距離にいる敵にはどうしても戦えない、と。それが現実となった以上、遠距離攻撃である魔術を使えるシアの手を借りるしかない。それまで、サツキは耐えることにした。
幸運にも鳥の魔獣は真っ直ぐ降下している。上手くタイミングを見計らえば避けられると踏んだ。
「カァー!」
「カァー!」
「3,2,1……!」
自分の頭上に凶器が迫る様は怖いが、それでもじっと待ち——前方に思い切り転がった。うんと小さく丸まり、当たらないように。
「カァー……」
振り返ると、鳥の魔獣はクチバシを地面に埋めていた。刺さって抜けなくなったらしく、ジタバタともがいている。
これは——チャンスだ。
「ははっ、ざまあねぇな!」
哀れではあるが、敵は敵。殺意の結果である。
容赦なく、一気に横薙ぎで両断して倒した。
警戒を解かず辺りを見回すと、ちょうどライアが炎の魔術を放って鳥を倒したところだった。
「あたし、あんまり動き回る敵に魔術当てるの得意じゃないんだよぅ……シア姉は上手すぎだし」
「ふふっ、魔鳥はミカレスタで戦ってないもんね。慣れてなくても仕方ないよ」
荷物がある分、余計にライアは大変そうだ。シアは飄々と、耳にかかった髪を後ろに流している。
サツキもまだ体力は余っているが、余裕綽々というわけにはいかない。
「なぁシア、さっきのやつ——魔鳥はどうすればいいんだ? 俺やライアじゃ倒す難易度が跳ね上がる」
「なら、一人ひとりが分担するんじゃなくて連携しよう。魔鳥は私が倒すから、魔獣はサツキくんがお願いね。全部倒せとは言わないけど、前に出て欲しい」
「確かに、連携した方が効率的だったな……なるほど」
「ライアちゃんは周りを見て敵の位置を教えてくれたら良いよ。私たちの怪我とか、敵の様子を見て荷物から魔剤とかのアイテムを使って支援、って感じかな」
「任せてっ。きちんとどこに何が入ってるかは把握してるから!」
サツキは、ライアが一つずつ確認しながら荷物を収納していたのを知っている。だからこそ、一切の心配をしていなかった。
「さぁ、次が来るぞ!」
現れたのは、五体の魔獣に似た四足歩行の動物だった。されど、その体躯は細くない。魔獣よりも全身が太く、肩が盛り上がっている。前脚は丸太の如き太さで、顔は丸い。二本の角は同じだが、それだけだ。
「なんだこの威圧感……! 魔獣の何倍もデカいぞ!?」
「魔巨——そこらへんの魔獣より強いよ。太い前脚で殴られれば重症は免れない。噛みつきも相当なダメージになる。……サツキくん、気を付けて!」
「ヴォォォ……」
五体の魔巨は唸り声を上げ、突進し始める。狙いは——サツキだった。
どう動くかを迷っている暇はない。サツキは周囲にあるビルのうち一つに入ることに決めた。
「サツキくん!?」
「後で頼んだ!!!」
「えぇ!?」
「連携——ってやつだよ!」
サツキは作戦を考えついた。シアの力がなければ不可能なものだ。
それを「連携」と呼ぶのだと信じ、サツキはビルの階段を駆け上がる。
「ヴォォ……!」
「さすがに人間のが階段は早いよな!」
二階、三階、四階……と進み、小休憩と思いオフィスに入った。
中には誰もいない。大量のデスクとパソコンがあるのみ。窓からは無人の規定世界が眺められるが、まずは適当なデスクに隠れ、魔巨が五体いるかを確認する。
「いち、にぃ、さん、し……ご。全員着いてきてるな。はぁ……ふぅ……階段ダッシュは……やっぱ厳しいわ……」
荒い息を吐く間も、魔巨は歩みを止めない。体力が無尽蔵にあるのではないかとすら思える。
そしてそのうち一体がサツキのいるデスクを通り過ぎ——なかった。
「ヴォ?」
「あ、どうも……」
頬を引きつらせながら会釈する。魔巨もそれっぽい動きをして、右腕を大きく振るう。
「あっぶねぇ——!」
間一髪で避けたものの、腕の風圧は肌で感じた。
これは当たれば即死かも——とサツキは身震いしながらも、デスクにあるパソコンや書類を投げつけながら、シアたちがいる方の窓に向かって走る。
「ヴォォォォ!!!!」
「キレてるねぇ! そうこなくっちゃ!」
窓は眼前に迫っていた。剣を窓に向かって突き出し、割った。サツキにとってそれは——脱出口だった。
地面から遥か高く。空中は慣れたものだが、心と身体が分離しそうなほど落ちる時の重力は大きい。
「シアーーー!!! 魔術を!!!」
「サツキくんどこから……ってえぇ!?!? なんで飛び降りてるのさ!? って言う暇もないし! 〈風よ、舞い上がれ〉!!」
「さすが相棒!!!」
ふわりとサツキの身体は浮いた。しかし、窓から飛び降りたのはサツキだけではなかったのだ。
「ちょっとシア姉! 上から魔巨が降ってきてるよ!」
「またまたライアちゃん、さすがに魔巨は降ってこな——うわぁーー!?」
ビルの四階から、文字通り向こう見ずに獲物を狩ろうとジャンプを決めた魔巨たちは、無慈悲な物理法則によって空中を泳ぐ羽目になった。手足をジタバタさせ、飛ぼうと努力しても、魔術も翼もない魔巨の運命は変わらない。
——バンッ! と生々しい音を立てて、魔巨たちはひしゃげていく。
「ヴォ、ォォォ……」
「しぶといね……〈炎よ、燃えろ〉!」
「——!!!」
サツキがゆっくりと、安全に地面へ降り立つ頃には、五つの死体が並んでいた。炭化したのは即死でなかったものたちだ。それ以外も動きはしない。
「ほらシア、これぞ連携だろ?」
「うーん、定義の上では合ってても……違和感があって……」
「それぞれが個別に倒すんじゃなく、強みを活かして戦ってるから連携だろ。なぁ、ライア?」
「あたしも……納得できないんだよね……連携……?」
「どうしてだよぉ!」
サツキは仲間二人から否定され、膝を折って地面を叩いた。唯一できる抗議の形がこれだった。
「……てか、なんか最近仲良くないか? 初日はあんなにいがみあってたのに」
「そっ、それはね——」
シアは言葉を取り繕おうとしていた。
だが、その前にライアが割り込んで言い放つ。
「裸の付き合いをしたんだよっ!!!」
「ライアちゃん!? な、なんかその言い方、え、えっちだよ……!」
「あぁ、そういや一緒に風呂入ったもんな」
「サツキくんの理解が早すぎる……!」
「逆にシアは何を連想したんだ?」
「あっ、いや、その……」
サツキがシアに詰め寄ると、白い肌がじんわりと赤くなっていった。目線は全く合わない。追いかけっこをするみたいに動いている。
視界の端でライアが「やれやれ」と肩をすくめていることにサツキは気付いたが、黙っておいた。「お前のせいだろこれ」と一言言いたかったが我慢したのだ。
次に言葉を発したのは、誰でもなく、世界の方だった。
『ステージ1・フェーズ2』
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