20
「お、お待ちください! 何を仰っているんですか!? ショーン、あんたの為に我々はその魔剤を盗み出したんだ!」
「ミカレスタの闇は深い。その闇を定期的に間引きするのが、僕の役目なのです」
……どうやら、仲間というわけではないらしい。それどころか、依頼主——ショーンとやらが裏切った様子だ。
全く状況が掴めないでいるサツキに、ショーンは話しかけた。
「そこの少年。一人で来たのかね?」
「あっ、俺は仲間と分散して、一人でここを見つけて……その、魔剤を取り返せば報奨金が出るとか聞いて」
「ほほぉ。面白い。さすがは〝勇者〟と呼ばれる男だ。確かに勇気がある」
「ゆう、しゃ……?」
耳馴染みのない言葉。不意に聞き返してしまった。
勇者——勇気ある者。誰かのつけたサツキの肩書き。
自分で勇気があるという自意識があるわけではないが、妙にすとんと腑に落ちた。
「すまないが勇者くん、報奨金は諦めてくれ。僕が回収し、兄さんに渡す。その代わり、と言っては何だが、願いを一つ聞いてあげよう。金で解決できることならね」
「えっと……ど、どうしようか……」
突然の提案に驚きと困惑を隠せない。
だが、サツキよりも困惑している男がいた。
「俺を抜いて何を話してる! ちっ、裏切りやがったな……ぶっ殺してやる!」
部屋の奥に腰掛けていた男はついに我慢の限界らしかった。
声を荒らげ、立ち上がり、椅子を床に叩きつけて壊した。
「お前たち、あいつを捕らえろ」
「はっ」
当然、ショーンは部下たちに命じ、男たちを取り押さえる。
鍛えられた部下たちの膂力には為す術もなかったのか、抵抗虚しく地面に組み伏せられた。
「……やっぱり昨日の奴だし」
「すまない、話が逸れた。勇者よ、何を願う?」
魔剤が手に入らなければ報奨金はない。
だが願いを聞いてくれると言う。
目の前には奴隷の子どもが——サツキと近い年齢ばかり——八人。
後ろ髪ひかれる思いだが、心に嘘は付けない。
「そこにいる奴隷を全員解放して欲しい」
「ほほっ。素晴らしい、勇者は清らかな精神を持っているようだ。分かった、後で隷属魔術を解除するプロを呼んでおく」
元々、金はこのために使うはずだった。遠回りであったが、目的は果たされたのだ。
後悔とも安堵ともつかない感情がサツキの胸の中に生まれ、情緒をかき乱す。
サツキが指を咥えて傍観する前で、ショーンは魔剤を回収し、懐にしまい込んだ。
「これで達成か……皆、帰るよ。それと勇者くん、兄さんの店まで着いてきてくれ。魔剤の件もあるし、な?」
「俺としては、そこにいる部下たちと話がしたいんですがね」
「あぁ、昨日は迷惑かけたらしいな。そこの彼には互いに恨みっこ無しだと言いつけているので、許してやってくれ」
「それなら……まぁ、はい」
渋々その提案を承諾した。サツキに殴りかかってきていないのが、因縁がなくなった証であるからだ。
「では行こうか。この人数で歩いていれば、勇者くんのお仲間も自然と合流するはずだよ」
入口へ向き直り、ショーンは外に出た。追従する部下たちの後ろにサツキは並び、古びた街を抜けていく。
足音がこんなにも鳴れば、ライアはともかく、シアは必ず気づく。
そう思っていると、サツキの身体は宙に浮いた。
「うわぁ!? 脇掴んで持ち上げないでくれよ!」
「サツキくんっ。この人たちは誰? 昨日の敵がいるけど……」
シアは姿を隠して空中浮遊しながらサツキを持ち上げている。
つくづくなんでもありな相棒だ、とサツキは苦笑した。
「あー、和解したんだよ。今からこの人——ショーンって名前なんだけど——の兄の店に行くんだとさ。魔剤の持ち主が兄らしくて」
「和解……? 全然意味分かんないけど、とりあえずライアちゃんには伝えておくね」
ドサッ、と地面に放り出される。よろけながらも、バランスを取って転ばずに済んだ。
既にシアは遠くまで行っていた。
空を見上げて立ち止まるサツキに、ショーンは問いかける。
「ほほっ、話し相手はもしかして相棒の少女かな?」
「そうですね。不可思議だけど信頼してますよ」
「僕からすれば、勇者も、勇者の相棒も、謎だらけの新星だがね」
まだまだシアの謎は多い。生まれも、過去も、秘密も、サツキは知らない。なぜ自分が選ばれたかさえも。
そもそも、シアが色々なことを知りすぎているのだ。その一端に触れるのを、サツキは怖がっている。
「俺たちはただの冒険者ですよ。塔を巡って旅をする——よくある夢です」
「普遍的だからといって普通とは限らないだろう。稀にいるじゃないか、紛れ込んだ化け物が——才能が。冒険者だって玉石混交だよ」
「それが俺だと?」
「それはまだ分からない。塔を登頂して証明してくれなければね」
「なら、やってやりますよ。元より登頂が目的だったし」
「ほほっ、その言葉を待っていた。期待しているよ」
ショーンが言うと、階段を昇り始めた。第一階層の出口であり入口に戻ってきたのだ。
それから会話はなく、ひたすら奇異の目を向けられつつ第二階層を歩いた。ボソボソ「勇者か?」なんて言う人も散見された。
再び立ち止まったのは、これまた見覚えのある場所だった。
「兄さん、盗品を取り返してきたよ」
「おお、そうか。助かったよショーン——って待て、なんであのガキがいる?」
「……あんた、この人の兄だったのか……!」
「二度と顔見せるなと言ったよなぁ!?」
「勇者くん。兄——マルクだよ」
そう、昨日ライアが倒した小太りの店主——マルクの店だったのだ。
兄弟並ぶと、体型は見事に逆。ショーンの細さが嘘のように思える。ただし顔つきはよく似ていた。
「ショーン! あいつは俺の忌々しい仇敵の仲間だ! どうして連れてきた!」
「だってかの勇者だよ? ミカレスタでの注目度は高い。それに、魔剤を盗んだ犯人と戦うほどの勇気は本物だ。パトロンになれば一躍有名、評判も上がる」
「くっ……だからってなぁ!?」
マルクが叫ぶ。まさにその時、サツキの背後から「ぐえっ」と変な声と、ドサッと地面に落ちる音がした。
「——ッ! ショーン! あいつだ! あの薄紫のガキだ! ああああああ!」
「やっほー! ライアちゃん、シア姉の小脇に抱えられてとーじょー!」
「サツキくん、ただいま」
「おう。おかえり、シア」
狭くない店とはいえ、ショーンと部下、サツキたち、マルクでは手狭すぎる。窮屈な部屋で、小太りの中年が騒いでいるともなれば余計に暑苦しい。
「そういやライア、そろそろ種明かししてくれないか? なんでマルクはあんな風に……」
「そりゃ、『あたしを誘拐しようとしたのはおじさんだよね? ただでさえ店の商品が高いのに、奴隷をこき使っていたと知れたら——』とか、『誘拐の実行犯たち、おじさんの悪行について自慢してくれたけど……』とか言ったんだよぉ」
サツキは唖然とした。ライアの言葉は、何の変哲もない純粋な脅迫だったからである。
こんなことを言われれば、地図くらい渡して出禁にするのも当然だ。サツキは同情しかけたが、悪行をしている方が悪いので、同情の余地などなかった。
「おい、勇者とか呼ばれてるガキ。名前は?」
「俺はサツキだ。……あれ、俺もしかして旅で初めて自己紹介した? うおおお!!!」
規定世界からかれこれ数日。様々な人と出会ってきた中で、自分で「俺はサツキ」と言ったことは一度もなかった。誰かが名前を呼んで認知されているだけだったのだ。
その相手がおっさんであることに微妙な気持ちになりつつ、謎の達成感に包まれる。
「何を喜んでるんだ、気持ち悪い……してサツキ。塔を登るんだってな?」
「あぁ、そうだ」
「俺たち兄弟がお前らのパトロンになってやる。その代わり、闇商売については誰にも言うな。それと、塔を攻略して手に入れたアイテムは全て俺たちに売れ。この条件で良ければ援助をしてやる。アイテムの売却金も相場近くで払う」
「……なぁシア、これどう思う?」
違和感があるくらいまともな条件だ。サツキは訝しみ、こそこそ耳打ちする。シアの顔には一つの憂いもなかった。
「妥当なんじゃないかな。けれど、大量に商人がいるミカレスタを探し回るよりは信頼が置けるとは思うよ。それが変なおじさんでも、ね」
「おいキラキラした女、全部聞こえてるぞ。……まぁ、俺も同感だ」
「変なおじさんってところがか?」
「違う! 信頼の部分だ!」
「くひひっ……あひゃひゃひゃ! おじさんおもしろーい!」
「お前は一番黙ってろ!」
かつてないほどの惨状だが、ショーンは冷静に契約書を持ってきた。
ライアとマルクが仲良く喧嘩するのを背景に、サツキとシアは書類に目を通す。
「おいこれ……全然読めないんだが? こんな言い回し見たこともないし、読めない単語すら……」
「内容はさっき言ってたのとほとんど同じだね。大丈夫そう」
「なっ!?」
「ん? どうしたのサツキくん。目を丸くしすぎだよ?」
「なんでシアはこれが読めるんだ……? 教科書で一度も読んだことない文章のレベルだってのに……」
「なるほど、そっか……私、こういう書類を一日に何十枚、何百枚と処理してきたから。第八世界で」
「これを!? 何百枚!? か、管理者ってすげぇ……」
この瞬間、シアが誰よりも格好良く見えた。知恵と経験を持った少女——非常にスマートで憧れる。
しかしサツキは忘れていた。ここにはシア以外の人もいることを。
「ほほっ。今のは聞かなかったことにしておこう」
「あっ……」
ショーンはサラサラと、契約書の一部に「乙の身分または経歴を含む情報について、甲は秘密を保持し、外部への一切の漏洩を禁ずる」と書き足した。
「ショーンさん……!」
「心配はいらない。そうだ、他に何か要求はあるかね?」
「なら——憧憬の剣について教えて欲しい。特にそのメンバーの所在を」
「……分かった。塔を攻略している間に必ず調べておく」
そう言ったショーンの目には、驚きと興奮の色が浮かんでいた。何かを知っていることは明白。少なくとも、憧憬の剣は聞き覚えがあるのだろう。
「後でうちの店にも来ると良い。必要なものは提供する。だから——必ず塔を攻略してくれ」
自らの双肩に「期待」の二文字が置かれたのをサツキは感じた。それは親父に置かれて以来、久しいものだった。
シアと顔を見合わせ、頷く。
「シアとなら、乗り越えられる」
「サツキくんとなら、打ち勝てる」
窓から見える第六の塔は、相変わらずマナの光に歪んでいた。
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