18
◇ ◇ ◇
「……」
「……」
二人の少女が、沈黙を保ちながら、互いに明後日の方向を向きながら服を脱いでいた。
その速度は競うようであり、勝者は薄紫の髪の少女——ライアだった。先程まで結われていたツインテールは外され、滑らかな肩に乗せられている。
シアは少ししてから浴場に入った。当然、二人とも一糸まとわぬ姿だった。
——浴場もかなりの広さがあった。手前は身体を洗う場所で、シャンプーなどの洗剤と、床にはバスチェアが二つ置いてある。奥は人が数人同時に入れそうなほど大きなバスタブ。ライアとシアであれば、向かい合って入っても足がぶつからない。
シアは壁にあった蛇口を迷わず捻った。直後、天井近くに取り付けられた無数の穴からお湯が流れ出した。
「ほえー……すごい……はじめてだぁ……」
ライアの間抜けで気だるげな感想は、湯の流れ出る音で掻き消された。
二人の髪が湿っていく。一部は髪に留まり、肌に張り付いていくが、大半は水滴となって身体を伝い、床に落ちて排水溝へと旅立っていく。
しばらくそのまま温かい雨を浴びたシアは、髪が充分湿ったタイミングで蛇口を捻り、お湯を止めた。
「こっちがシャンプーで、こっちがボディソープだね」
容器を一瞥しただけで判別し、プッシュポンプを押して中の液体を掌に出し、髪につけて泡立てる。
その様子を見たライアも、動きを真似て髪を洗う。
白い泡がそれぞれの髪を覆った。ライアの頭に雲が乗っかったような状態に、シアは笑みをこぼした。
程なくして、シアはシャンプーを洗い流した。無論、ライアの雲も同時に流れる。
今度はライアの方が早くボディソープを手に取った。勝手知ったると言わんばかりに掌で泡立てる。
「ライアちゃん。私が背中、洗ってあげようか?」
「……ぇ? あたしの背中を?」
「うん。なんだかそういう気分だからさ」
「…………ま、まぁ、そーゆーことなら」
不承不承といった様子でライアは承諾した。
まさかシアから施しを受けるとは——そんな衝撃が、思考を混沌へと陥らせたのだ。一方、小さく芽生えた友情は、受け入れる方へと思考を誘導した。
「じゃあ、それに座って」
言われるがまま、ライアはバスチェアに座る。背後では、シアがバスチェアに座る音が聞こえた。
次の瞬間、背中に柔らかな感覚が二つ触れた。背中という平原を駆け回り、時に腕や腰辺りまで侵食してくるそれらに、ライアはくすぐったさを覚えて笑いを堪えきれなかった。
「ちょっ! あひゃっ! く、くすぐった……!」
「暴れないの。洗いにくいでしょう?」
「だ、だって……うひっ! シアお、お姉様っの手がぁ……!」
脇や横腹に至るまで、後ろから見える領域はシアが手ずから洗った。
横から見れば半分にしか泡がない。中々どうして珍妙な光景になっていた。
「前は自分で洗ってね。というか、そこまで私が世話焼くのもおかしいし」
「別にいいけど……言い出しっぺの癖になんか違和感あるな~」
愚痴を吐きつつも、ライアは胸、腹、足……と順番に泡で綺麗にしていった。
「お姉様ぁ、流して~」
「はいはい」
お姉様よりかは母親の方が似合う口調でシアは返事をした。
ライアの泡がなくなり湯を止めると、シアは自分の身体を洗い始める。
「んぇ? あたしも背中洗ってあげよーか?」
「私は大丈夫——せいっ」
振り向いたライアの目に、シアは迷いなくボディソープを手から振り落とし、ライアの目へと打ち込んだ。
「——!? いったい目がぁ~~~!?」
バタリと床に倒れ込み、目を抑えてのたうち回るライア。
主犯は湯を再び流し、自身は端の方で続けていた。
「きちんと目を洗ってね。十秒とか以上はやらないとダメだよ」
「お前が犯人だろーが~~~!」
こうしてシアは、ライアに背中を見せることなく、すべきことを完遂したのだった。
被害者が使い物にならない間、シアは湯船に湯を張っていた。と言っても、ボタンを押せばすぐ適温の湯が流れ込んでくるシステムになっているため、複雑な操作はいらない。ライアがなんとか起き上がれるようになったその刹那、湯は浴槽に溜まった。
むわりと白い湯気が立ち上り、温かさを物理に則り証明している。
「ほら、入って」
「むぅ~~~」
ライアはシアから逃げるように湯船に入った。
距離を開け、一番奥に縮こまるようにして座り込んだ。シアは悠々と手前側に肩まで浸かり、足をゆったりと伸ばして気持ちよさそうな顔をした。
「ふわぁ……久しぶりのお風呂だぁ……」
あまりに蕩けて油断だらけなものだから、ライアもせっかくの風呂で縮こまるのがバカバカしくなった。ぎこちない動きで身体を伸ばし、筋肉を弛緩させる。
「ふへぇ……きもちい……」
「だよねぇ……」
視界が湯気で霞む。こころなしか、頭にも霞がかったような心地さえ覚える。
そんな状況で、シアは秘めていた思いの丈を解き放ち始める。
「——ねぇ。サツキくんのこと、どう思ってるの?」
「一応聞くけど、どう思う、って?」
「ふふっ。それは言わない。だって私から言葉を与えちゃったら面白くないじゃん? ライアちゃんの持つ手札で答えて欲しいんだ」
「……楽しそう、って思う。善悪なんて抜きにして考えれば」
「どうして?」
「だって、敵だとか、周りからの視線とか、そういうの気にしてない。ほどほどに気楽で、楽しい方に進んでる。あたしはそう思う」
「つまり、羨ましいんだ」
「それはっ——」
「分かるよ。私も、ちょっぴり羨ましいもん」
「——えっ」
想定外の返答に、喉の奥で言葉が渋滞して、一粒だけが抜け出してきた。
「サツキくんは自由なんだよ。堰き止められていた水が溢れ出すように、カゴの中の鳥が飛び立つように。規定世界という小さな箱庭から飛び出して、自分の世界へと歩き始めている。……いや、〝自分の世界を始めている〟。私にはもうできないことだから」
「世界、を……」
「だからライアちゃん。あなたの今までについて聞きたいんだよ。ライアちゃんの世界を——話してくれる?」
湯に溶け出していたライアの心は、ピクリと震えた。
過去を晒すことの恐怖はライアにとって未知なる感情だった。数日とはいえ冒険を繰り広げた仲間——その事実は消えない。たとえ誰になんと言われようと。それをどう思うかが重要なのだ。
(あたしは……どうするべきなんだろ)
過去を話す。何が変わる?
シアを信じる。何が変わる?
(——いっそ、話してから信じるかを決めちゃえばいいや。あたしの過去で、シアを測る)
そうしてライアは、とある少女の話を始めた。
ライアが憎み、殺そうとした〝目的〟の話を。
「あたし、第六世界出身じゃないんだ。遠い遠い……他の世界。そこであたしは生まれた。パパとママと、幸せに暮らしてた。将来どうするか、なんて考えてなかった。それを考え始めたのは、パパが言った昔話がきっかけだった」
——この世界は、かつて悪魔によって襲われ、滅亡寸前まで追い込まれたんだ。
——その悪魔は冒険者を殺して回り、女王陛下さえも殺そうとした。
——阻止するために色んな人が尽力した。けれどダメだった。みんな悪魔に殺されてしまった。
——そして、最後に望みを託されたのが四大公爵なんだ。
——女王陛下の意志を確実に受け取り、行動する、世界最強の四人。彼らによって、悪魔は撃退されたんだ。
「なんとも悲しいおとぎ話だね」
ライアが〝おとぎ話〟を話し終えた直後、シアはそう呟いた。まるで事前に用意された台本を読み上げるように。
「悪魔はなんで襲ったか、ライアちゃんには分かる?」
「……分かんない。でも、悪魔はずっと笑っていたんだって。虐殺を楽しんだんだから、悪魔だよ」
「……そう、だね」
シアは顔を伏せた。
湯は透明だが。常にゆらゆらと揺れる水面から、水底のものを真っ直ぐ見ることは出来ない。うねる湯が複雑なシアの心情を表していろと感じた。
「だから、あたしは——復讐がしたいの」
打って変わって、ライアは曇りない目でシアを見た。
視線に気づいたシアが覗き込んだ少女の双眸は、弱さを隠す子どもに見えた。本人さえ気づかないほどではあるが、瞳には恐れと寂しさが浮かんでいた。シアには分かった。いつか鏡で同じ揺らぎを知っていたから。
「ありがとね、ライアちゃん」
シアは湯の中を進んだ。二人の距離は縮まるが、逃げ場などなかった。
そして——お姉さんは幼気な少女を抱きしめた。
柔らかな胸の中、驚きでライアは動けなくなっていた。
「——!?」
「よし、よし……なでなで……」
薄紫の髪は、その優しい手を拒まなかった。絡むこともなく、手を通すばかりだった。
「面白い!」「続きが読みたい!」
と思っていただけましたら、
画面下にある☆☆☆☆☆を押して頂けると幸いです!
ブクマも是非!
それらがモチベになります!!!




