17
第六世界に入った瞬間、どこまでも広がる世界に嘆息したのをサツキはよく覚えている。
ではなぜそれを思い出したかと言えば、今見ている景色がそれほどの感動を生み出したからだった。
ここは第七世界——ではない。第六世界のミカレスタにある変な名前の宿屋の三〇八号室だ。やはり、というべきか、この部屋も石造りだった。しかし文句が一切出ないほど広く、快適な部屋なのだ。
「サツキくん! このベッドふっかふかだよ!」
「サツキ、ここにお菓子とか置いてあるー! うわジュースも!?」
「お前らすばしっこいなぁ……!」
サツキも二人と同じようにはしゃぎたかったが、全体を見回す時間を挟んだのと、二人の速度があまりに早すぎて追いつけなかった。おかげで出遅れてしまった。
既に巨大なベッドはシアの領域と化し、置いてあったお菓子やジュース——冷気の漂う箱から取り出された——はライアが貪っている。
シアはある意味管理者らしく、ライアは無邪気だ。
「……作戦会議でもしようか。な」
雲のように柔らかなベッドに腰掛けたサツキは、二人を視界に収めながら言った。
シアはゴロンと転がり、サツキの横へ移動した。ライアは食べる手を止め、耳を傾けている。
「まずは……路銀についてだな」
「はーい! あたし、いいこと思いついた!」
「ライア、言ってみてくれ」
「さっきの悪徳商人の財産を盗むのはどう!?」
「却下」
「ぬえ~? なんでぇ~?」
「塔の攻略に差し障る」
「いやサツキくん、そこは善悪を意識するところでしょ」
「その……強盗紛いのことをこの前やってるから……」
「あっ……そうだった、ね」
そのうえ、その金は豪勢な宿代に消し飛んだ。悪夢の中にいる心地がするが、現実のベッドは身体をどこまでも沈める。
身を投げ出し、全身でその感触を味わうと、いよいよ全てがどうでも良くなってくる。ふんわりとした眠気がサツキに侵攻してきたため、眠る前に決めてしまおうと強い意思を持った。
「現実的なのは……依頼を受けることだな。シア、案はあるか?」
「ミカレスタなら、やっぱり塔のアイテムが一番高く売れるよ。塔では道中で色々な報酬が手に入って、それを持って帰って売るのが塔の街にいる冒険者の収入源さ。世界共通だよ」
「ま、そうなるよな……」
昼間に買った二十ルドエンの謎の物体も、冒険者が持って返ってきたものだった。価値が分からないものもあれば、価値のつくものもあるということらしい。
自分は何を手に入れるのか——思いを馳せるだけで期待がサツキの胸中に渦巻いた。ちなみに、妄想の端からゼロが何個も並ぶ買取金額が顔を出してもいた。
「ふっふっふ。そこであたしの出番ってわけだね!! サツキ、見る目あるッ」
「見る目も何もあるかなぁ???」
「あたしを拾ったのはサツキじゃん! あたしを襲う悪い男たちに向かって『出来るものならやってみろ——ッ!』って見栄切って、かっこよく助けてくれたじゃん!」
「そんな声じゃねぇから! 困惑しながらだったよね??」
ライアのしたサツキの真似は、多分に誇張が含まれたものだった。
幼気な声の逆。とても低い声で、小馬鹿にしているとさえ受け取れるくらいにわざとらしい。
ライアはベッドの上に転がり、ニヤニヤしながら続けた。
「で、『大丈夫かい? 可憐なレディ——』って手を差し伸べてくれたよね!」
「もう言ってない事言い始めたね??? 手も差し伸べるどころかライアから抱きついてきたしさぁ!」
「あひゃひゃひゃ!!!」
引くほど笑っている。腹を抱え、無様に笑い転げ、パンパンとベッドを叩いている。シアはそれを静かに睨む。
肩を竦めるサツキは、壺にハマったライアを当惑しながら眺めた。
「くひひっ! あひゃっ……!」
「……ライアちゃんがこんなんだし、私、先にお風呂入っちゃおうかな。そこにあったよね」
玄関に立ったときのことを思い出す。
部屋の手前は廊下のような狭さで、左側は扉があった。奥側は部屋が広がってベッドが置いてある。お風呂がありそうなのは、どう考えても玄関近くの扉の奥だ。
「——あれお風呂だったのか! さすがだなシア、目敏い。あ、俺は後でいいからな」
「ふふっ。ありがと——」
ベッドから立ち上がり、いそいそと向かうシアの足は、どこからか生えた手が掴んで止めた。
「あたしもお風呂入りたいなぁ~?」
「怖っ、新手の魔獣かよ」
「酷い! こんな可愛いツインテール美少女を魔獣呼ばわりなんて!」
「私もそう思う」
「シアお姉様ぁ~~~??? 大人気ないよぉ~~~?」
「お姉様って呼ぶなら譲ってくれてもいいんじゃないかな? かな?」
なんと恐ろしいことか、お風呂を巡ってシアとライアの間で戦いが起きてしまった。
ベッドの上の怪物——ライア。対するは、美しきお姉様——シア。
(……何考えてるんだろうな、俺。普通に早く止めた方がいいだろ。どーしようかなぁ……)
「あたし疲れちゃったなぁ。荷物持ちして、逃げて、大変だったもん」
「ライアちゃんは笑い転げた以外に何か突かれることしたっけ?」
「シアお姉様こそ、魔術で岩作った以外何かしたっけぇ?」
(これはっ……考えろ、あと一分もすれば殺し合いになりかねない……!)
煽りはどんどん激化していく。冗談で済むか怪しいレベルだ。
ツルギやギルサとの戦闘に引けを取らないほどに思考を回す。脳内から浮かぶ水泡を潰し、極端な考えを否定し、相克した結果——中間に落ち着いた。
「じゃあ、二人で一緒に入れば良いんじゃないか? 二人とも女の子なんだから、そう問題もないだろ」
「……サツキくんが言うなら、そうする」
「ちょっ、従うの早すぎじゃない!? な、ならあたしも!」
謎の張り合いによってお互いに折衷案を受け入れた。サツキとしては本当にそれでいいのか? とも思うが、本人たちが良いと言っているのだから良いと結論することにした。疑問を呈するのは藪蛇というものだ。
「じゃ、俺は一眠りするかな……」
二人が静かに去った寝室、ベッドの上で、サツキは意識を容易く手放した。
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