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荷物持ちが増えたのであれば、荷物を持つことができる。
至って当然の結論に至った三人は、塔の攻略のために様々な物資を買うことにした。とはいえ、スラムにそんな店があるはずもないので、ミカレスタ第二階層へと移動した。「塔の入口に近い階層だから、冒険者用のアイテムがあるんだよ~」というライアの言葉に従った結果だ。
それが嘘ではなかったのだと、サツキはすぐに分かった。第四階層の人々は洋服を着ている者もいたが、第二階層は見覚えのある冒険者風の服装ばかりだったのだ。
その原因は、辺り一面に広がっていた。
「店がある、どころじゃないね……ほぼ全部そうなんだけど」
シアの言う通り、向こう側までずっと店が並んでいる。ここだけでゲーテより規模が大きい。防具屋や鍛冶屋はもちろん、雑貨屋、保存食など、塔攻略には欠かせないものも揃う。
「こんだけあれば選り取り見取りだな! ナイスだ、ライア」
「これくらいとーぜんっ! くふふっ!」
八重歯を覗かせ、嬉しそうに笑っている。
サツキは既に良い仲間を手に入れたと感じていた。ライアの戦闘能力がどれほどかは分からないが、大抵のことが起きても怯えたり逃げたりはしないのは確実だ。
「でも、これだけ並んでると選ぶのさえ難しいよね。サツキくん、どうする?」
「先輩であるシアが困るなら俺も困るんだが……まず何を買うか、だよな」
「今必要なのは……塔攻略系のアイテムと、保存食かな。他は足りてる」
「はいはーい! そこはあたしに任せて!」
「任せる、って……来たばっかりなんだろ? 俺らと同じ条件なのに大丈夫なのか?」
「あたしのいいとこ見せないと追い出されちゃいそうだし。そんで追いかけっこの挙げ句奴隷になるなんて嫌だし。ねっ?」
少しでも疑念を問いかけた瞬間、きっとこのセリフを聞くことになる。サツキは頭痛の種を抱えたことを悟った。「尽くしてくれる」とも言い換えられる、と暗示をかけ、なんとか平静を保つ。
「あぁ、うん……分かった。頼んだよ」
「やった! じゃあ、こっち!」
小柄なライアは、サツキの手を掴んで俊敏に駆け抜ける。
咄嗟にサツキはシアの手を掴み、転ばないよう歩調を合わせながら小走りでライアについていく。
「ライア、店の候補とかはあるのか?」
「あるよ~。だから心配いらなっしんぐ」
まるで住む世界が違うみたいだとサツキは思った。
もし、これから他の世界に行くとき、そこに住む人はどうなのか……先輩冒険者のお姉さんにでも今度聞こうと決心した。ただ、目の前の異世界人の対応は不得手なようだが。
「あ! ここ!」
ピタッとライアは足を止めた。勢い余ってサツキは転びかけたが、シアに引き上げられ事なきを得る。
ライアが指さしたのは、素朴な店構えの雑貨屋だった。上の方に掲げられた木製の看板には店名が書かれているが、その文字は掠れている。どうやら老舗のようだ。
店に入ると、腰ほどの高さのテーブルが影際や店の中心にあり、その上には様々な雑貨が置いてあった。サイズも、小指ほどのものから抱えるほどの大きさまである。全体的に温かみのある木を基調としているからか、安心感もある。
「いらっしゃい」
「どうも」
店主と思しき初老の男性が、店の奥——会計の場所から声をかけてきた。サツキは一言返し、商品を見て回る。
すると、透明な容器に入った薄緑色の液体が目についた。
「これは……薬か?」
「それは治癒の魔剤だよ。傷口にかけると治るの。色が薄いから、ちょっとした擦り傷には効果あると思うよ」
「じゃあ、それ以上の——失った指とかは治らないのか」
「高い魔剤なら話は変わるよ。そうそう売ってるものじゃないから、お目にかかることすら難しいけど」
「こっちは赤いな。効果が違う、とか?」
「正解。強壮剤だね。身体の血を増やしたり、元気にしたりするの」
他にも気になるものはたくさんあった。
その度にシアは教えてくれて、有用なものはライアに渡していたが、一つだけ答えられないものがあった。
「これは?」
「……分かんない」
「マジか」
「値段を見てみなよ。二十ルドエン。この店で一番安いよ」
それは長方形の金属だった。先端は光沢があり、それ以外は黒く塗られている。様々な角度から見ると、先端は特殊な形状をしていた。長方形の枠が有り、その中で上半分は空洞、下半分は青い金属で塞がれている。
不思議そうに見つめるサツキたちを心配に思ったか、店主は近づいて言った。
「昔、ワシの知り合いの冒険者が命がけでもって返ってきた戦利品じゃよ。その時は高かったんじゃが、誰も買わず、価値を見出さず、安くし続けて今に至る」
その顔には哀愁が漂っていた。
しかし、サツキは表情など一切気にしていない。胸の奥から湧き上がる激情を、最小限の声で静かに呟いた。
「——ロマンだ」
「えっ?」
「誰も価値が分からず、燻っているアイテム——! 爺さん、俺これ買うよ」
「おぉ……! そうか、ありがとうな」
「サツキ、こっちも買いたいものは集めたよ。一気に会計しちゃおーよ」
店主は涙を浮かべながら商品の値段を計算し、そこからかなりの金額を割り引いた。かなり得をしたが、塔の地図や比較的高価な魔剤などは買っていない。廉価なものだけが集まった。
「アイテムはここに入れておくよ。ひひっ、あたしも荷物持ちっぽくなってきたな~」
ライアの背中に大きなバックパックが背負われていた。
店の物全て入れても収まるのではないか、というサイズ感は非常に目立つ。街を歩いたら視界にいる限り見失うことはない。
「そういうわけで次! 二軒目行くよっ!」
「あんまり無駄遣いするなよ……?」
「あたしを信じなってサツキ。問題なっしんぐ!」
ライアはサムズアップを決め、元気に店を出ていった。呆然と眺めていると、ライアは向かい側にある店へ意気揚々と突入していた。
なんと、ここは向かい合わせに似た店が立っていたのだ。
初老の店主の店は質素な印象なのに対し、あちらは黒く磨かれた石で作られていて豪奢な印象を受ける。
「……ワシの店は廉価ではあるが、品数は少ない。あっちは本当に何でも揃う……が、高い。法外な値段で物を売る悪徳商人じゃよ」
「シアっ、止めに行くぞ!」
慌てて店を飛び出し、サツキとシアはライアを追いかけるように向かい側の店に入った。
「これは——!」
視界に飛び込んできたのは、ゼロの桁が先程よりいくつか多い値札の数々。品数は間違いなく倍はあるが、値段が信じられないほど高い。貴重そうなものもあるが、適正な価格かどうかは疑わしい。
「お客さん、ようこそいらっしゃいました。冒険者の方なのでしょう? でしたらきっと満足できるに違いない」
店主は腹の出た中年の男。
傲慢な顔つき、見定めるように細められた目。どれもがサツキを不快にさせた。
「どれどれ……十万ルドエン!?」
「それは、かの第六の塔における、第一階層から第二階層までの〝完全〟な地図です。割いた苦労は多大なもの、十万でも仕方ないのですよ」
その割には、言葉には重みを感じなかった。
シアもサツキと同じことを思っているのか、アイコンタクトで「嘘臭い」と伝えてきた。
「ライア、ここは高い。やめよう」
「くひひっ、サツキはそこで見てて?」
無策の人間はこんな対応をしない。
まさかとは思うが、何か対抗策があるのか。一先ずサツキは様子見をすることにした。
「ねぇ、おじさん。ちょっと面白い話があるからあたしに耳を貸してくれる? もし満足行ったら、地図を安くしてほしいの!」
「はっはっは、既に面白い話ではあるが、どれ、聞かせてみろ。この大商人たる私が割り引くようなことはないと思うがね」
腰を曲げ、男はライアの口元に耳を寄せた。
「ごにょごにょ……」
そして——男は膝から崩れ落ちた。
みるみる内に顔が真っ青になり、怯えたようにサツキ、シア、ライアと視線を向けた。しかしライアは追撃を繰り出した。
「まだまだあるよぉ~? ごにょごにょ……」
「わ、分かった! もう辞めてくれ! 地図なんかタダでくれてやる!」
「くひひっ、交渉成立だねっ!」
大の大人が、小柄な少女に完全な敗北宣言をする——残酷な景色を目の当たりにしたサツキは恐怖でいっぱいだった。
「ライア、恐ろしい子……」
「いえいっ☆」
「早く出ていけ! もうお前らの顔なんて見たくない!」
店主がそう叫ぶので、サツキたちは地図を持って足早に店を去った。
少し離れたところまで来て、サツキはライアに疑問を問いかける。
「なぁ、どんなことを言ったんだ? 何を言えばああなる?」
「それは……面白いから内緒っ!」
「面白いから、って理由は聞いたことないけどな」
「二人とも、笑ってる場合じゃないかもしれない——あれ見て」
シアが落ち着いた声で言った。
眼差しを向けると、そこには怪しげな男が二人。……と、見覚えのある男が三人。
「「さっきの——!」」
サツキと男の声が重なる。
そこからの判断は素早かった。
サツキたちは逃げるように走りだし、男たちは追いかける。人を躱し、避け、掻い潜り……散々色々言われながら。
「ちっ、あっぶねぇな!」
「なんだあの怖い奴ら……戸締まりしとこ」
「面白そうなことやってんな、混ざろうかな」
「アホなこと言ってんじゃねぇよ」
第二階層だけでは引き離せないと考えたサツキは、第三階層へ上った。また少し走り、第四階層への階段を駆け上がる。
ちらりと背後を確認するが、男たちはまだ視認可能な範囲にいた。
「はぁっ……シア、魔術で第五階層にあげてくれ……! これ以上は体力が持たない……っ!」
「あ、あたしもっ……荷物持って走れた分褒めてぇぇぇぇ……」
「もう。仕方ない子たちだね。お姉さんが助けてあげるよ。〈風よ、舞いあがれ〉」
「うおおお懐かしい!」
「ひょわぁ~!? たのし~!」
逃走劇で流れた汗が風で冷やされ、全身が冷涼な風で包まれる。
重力に逆らう空中浮遊も束の間、第五階層まで上昇したサツキたちは、隠れ場所を探して足を動かす。
第五階層は穏やかな雰囲気だった。冒険者というより旅客向けで、宿屋であったり、
「——そうだ、宿屋。宿屋がある。あそこに入れば!」
「あたしはサツキにさんせー!」
「私もそれでいいよ」
皆の賛同を得て、サツキは宿屋を選んだ。基準はただ一つ、外装が頑丈そうなもの。
すると、そびえ立つ灰色の石を見つけた。
近づくと、巨大な石を削り出したかのような宿屋であった。
「……これだ」
自分が半ばおかしくなりながら選んでいることは自覚しつつも、足は止まらなかった。
扉を開け、中に入る。
——広いロビーは、とにかく石で作られていた。
床、壁、天井。どれも灰色。辛うじて石でないもの——照明はあるが、光源以外は石。窓はさすがにガラスだ。
今のサツキには、それがお洒落なセンスの塊にしか見えなかった。
「混凝亭へようこそ。三名様でよろしかったですか?」
「はぁ……はぁ……はい」
「ご宿泊は何日のご予定ですか?」
「一日……いや二日で」
「畏まりました。では——十八万ルドエンをお願いします。先払いなので悪しからず。その代わり、朝食や夕食は込みとなっております」
シアは黙って手持ちの金を差し出した。
ジャラジャラと流れ出るルドエンたち。サツキは「待ってくれ」と手を伸ばしかけた。
そうして受付が数え終えると——
「ぴったり十八万ルドエン、頂戴いたしました。お部屋は三〇八号室でございます」
空っぽの袋の前で、絶望が告げられた。
「面白い!」「続きが読みたい!」
と思っていただけましたら、
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