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管理者に染まる世界線  作者: ねくしあ


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 駅はミカレスタの第四階層に繋がっていた。円を描くように形成された街は慣れないが、新鮮で面白くも感じた。

 やはり旅人や観光客相手の商売が盛んなのだろう、レストランやお土産などの店がたくさんあった。

「ゲーテにはこんな店なかったよな」

「あそこでお土産なんて誰も求めないからね。首都に近づくにつれて冒険者の割合は減っていくよ。いわゆる〝普通〟の人間が多くなる」

「普通……か……」

 サツキは反芻するように呟いた。

 普通——世界における標準という意味——といえば、規定世界のものしか知らない。第六世界に限らず、プレローマの普通も知らない。

 冒険せず、平和に暮らす人間とはどんな思考をしていて、どんな未来を描いているのか。サツキからすれば、規定世界の人間と同等に理解の出来ないものだ。

「そんな暗い顔しないでよ。価値観なんて、深く考えたってすぐには変わらないんだからさ。ほら、あの店すごく良さそうじゃない?」

 シアが示したのは、好いパンの香りがするレストランだった。

 レンガの外装は温かみがあり、窓からは朝食を楽しむ客の姿が見えた。

「あれとかすごく美味しそうだよ!」

「そうだな。入ってみるか」

 中に入り、注文を済ませる。

 どこに座ろうかと思い、不意に窓際の二人席を選んだ。

 ミカレスタの塔や、地上の街を見下ろせる。なにより青空が綺麗だった。

「やっぱり青空はいいな。世界の広さを感じられてさ」

「規定世界にも青空はあったよね。違いとか感じる?」

「全く違うな。こっちの方が複雑な色をしている。それに無粋なビルがない。どの建築も空に映えている」

「そういうもんかなぁ……。私はあんまり分かんないや。雨さえ降らなければ、ね」

「雨は嫌いなのか? 冒険者として大変だとは思うが」

「まぁ、そんなところだよ」

「ふむ……?」

 妙に腑に落ちない返事だったが、料理が運ばれてきたことで意識がそちらに向く。

「こちらがクロワッサンモーニング、こちらがフル・モーニングセットでございます」

 シアが注文したのは前者。クロワッサンが二個とバター、オレンジジュースのセットだ。

 サツキは後者。ベーコン、ソーセージ、目玉焼き、焼いたトマト……など、かなり量の多い構成となっている。

 肉、野菜、パン——様々な好い香りが入り混じり、食欲を掻き立てる。

 だが、サツキはそれよりもあることが気になってしまった。

「……ゲーテのあれは何だったんだ?」

「辺境の街なんてそんなもんだよ。農業とか酪農とか、魔獣ノームが湧くから難しいの。ここは冒険者も多くて警備とかしやすいから」

「そうか、生産自体が難しいんだな。規定世界には生産なんてなかったから、慣れない概念だ」

 新しいものを知る度に、規定世界との違いが嫌でも目立つ。

 魔獣ノームともまだ一度しか遭遇していない。あの悍ましい雰囲気と獰猛さには、できれば二度と会いたくないものだとサツキは強く思っている。

「……というか、そんな小難しい話より先に飯を食おうぜ?」

 そう言ってサツキはフォークを手に取り、焼き目のついた真っ赤なベーコンを口に放り込んだ。

 噛む度に肉のガツンとした味わいが溢れ出す。そこに、塩気と少しの焦げがアクセントになっている。

 次に目玉焼きを食べる。口の中でプツリと弾けた卵の黄身の甘さが、ベーコンの濃さを中和してまろやかにしていく。

「美味い! ミカレスタに来て正解だったな!」

「正解も何も、目的地だったから仕方ないんだけどさ……とはいえ、料理は間違いなく美味しいね」

 一方、シアのクロワッサンはサクリ、と音を立てた。そのまま抵抗なく歯が沈み込み、噛みちぎられる。バターの甘さも相まって、そちらも非常に美味しそうだ。

「……広いな」

 一通り料理を堪能すると、視線と興味は窓の外へと向けられた。

「そういや、地上に街があるよな。どこも空中に作っていたのに」

「あれは古い街なんだって。ミカレスタの中で一番最初に出来た場所。今じゃ魔獣ノームが湧いて危険だから、って理由でスラムみたいになってるけど」

 サツキは感嘆の声を上げたが、ふと疑問が立ち上がった。

「なんでシアはそんなこと知ってるんだ? 元管理者、だからか?」

「ん~半分正解かな。元第六管理者とは仲良くってさ。色々教えてくれたんだ」

「……じゃあ、その第六管理者はどこにいるんだ? 『聖女』が代理をしてるのはなぜ?」

「さぁね」

 シアは席を立った。料理は完食していた。

 軽く伏せられた目は、何かを思い出す素振りに見えた。

(これは……アトラの話題を出したのは失敗だったかな)

 感情の機微を判断するなど、サツキには到底できないことだったのだ。術式列車の中での失敗が克明に蘇り、舌の上で苦みへと変わる。

 ただ、憧憬の剣のメンバーにも近い感情を発露していた人がいた。周りは彼の表す感情を「トラウマ」と表現していた。

 シアのそれは、どうにもよく似ている。

 もし本当にそれなのであるならば。きっと癒えない傷で、言えない傷なのだ。

「頼む、シア。俺を置いていかないでくれ」

「っ……!」

「もう、こんなことは言わない」

 親父は言った。「トラウマを抱える奴には冗談で笑わせるか、真面目に向き合うかしかねぇ」と。

 冗談の言えないサツキは、正直であることしかできなかった。

「……私がサツキくんを置いていくわけ、ないじゃん。だって——」

 シアが顔を上げた刹那——空気が震えた。

 ドロドロとした殺意が肌にまとわりつく。その不快感と同時に視界の端は黒く染まった。

「っ……!」

 経験したことのない感覚に喉が詰まる。

 胸騒ぎがして、サツキは窓の外を見下ろす。

 ——そこには、黒い海があった。第一階層のスラムはそれに呑み込まれているように見えた。

 誰も騒がないのかと周囲を見回し、聞き耳を立てる。

「またこれか。まぁ、スラムの奴らが困るだけだから気にすることもないな」

「そうね。奴隷もろともしぶとく生き残るでしょうし」

 どこかに座る男女が、さも当然かの如く、日常の会話を交わしていた。

 人がいる。そう気づいた途端、サツキの身体はもう動いていた。

 慌てて店の外へ出て、円の端まで歩みを進める。

「シア! 魔術で一番下まで降ろしてくれ!」

「ちょっ、いきなり変なこと言い出さないでよ! まさか助けに行く気!?」

「もちろん!」

「あぁもう……! サツキくんは性根が冒険者すぎるんだよっ! 〈風よ、運べ〉!」

「うおぉ!?」

 サツキの身体を中心に風が渦巻きはじめる。

 それは次第に勢いを増し、身体を空中に浮き上がらせるだけでなく、最下層へと放り投げるようにサツキを吹き飛ばした。

「嘘だろ——!」

「〈風よ、守れ〉……私も行くかな」

 落ちた高さで言えば、学校の数倍はある。そう確信したのは明らかに滞空時間が長かったからだ。

 身体を捻って向きを反転させ、地面の方を見る。まだまだ距離はあるものの、着地しそうな場所は石畳でもなんでもなく、黒く蠢く異形たちの絨毯だった。

魔獣ノームかッ!」

 一体、また一体と地面を裂いて生まれるのは、鋭利な角と獰猛な瞳を持つ四足歩行の化け物。

 なぜ街が空中にあるのか——という問いの答えは、これを見ればすぐに分かるだろう。

「グルル……」

「踏み場になれ!」

 着地の瞬間、たまたまその真下にいた魔獣ノームを踏みつけた。

「グルァ!?」

 衝撃は魔獣ノームに吸収され、サツキは無傷でスラムへと降り立った。魔獣ノームは潰れて鮮血が広がるも、すぐに粒子へと変わっていき、足元は平坦に戻る。

 即座に右手の剣を出現させ、力任せに魔獣ノームを斬り伏せていく。古びた灰色の町並みに、紅と漆黒の体躯が散乱する光景は案外悪いものではなかった。

「グルッ!」

 飛びかかって襲い来る魔獣ノームも、突進してくる魔獣ノームも、その図体が発するマナでサツキは探知できる。

「うおりゃあ!」

 空中の魔獣に剣を振り下ろし、地面に叩きつける。その時に頭部を割ったのが致命傷となっただろう、力なく倒れては粒子になった。

 直後、振り向きざまに剣を横に薙ぎ、魔獣を吹き飛ばす。腹から血を撒き散らしながら石壁にぶつかり、砕き、そのまま立ち上がらなかった。

「邪魔だ——!」

 斬る。刺す。避ける。蹴る。

 黒い粒子が霧のように視界を悪化させる中、サツキはがむしゃらに戦い続けた。

「あとっ……四体……!」

 腕が震える。息が絶え絶えになる。

 それでも、絶対に目を閉じることはしない。音を聞くより視る方が早いからだ。

「ガウッ!」

 ……とはいえ、疲労は感覚を鈍らせる。

 左腕、戦闘服の上から重みを感じ、やっとサツキは魔獣に腕を噛まれたことに気づいた。

「ほんとに頑丈だな、これ……」

 魔獣がどれほど必死な形相で牙を剥いても、鉱物繊維の戦闘服を貫通することは能わなかったようだ。

「邪魔なことには変わらないな。オラァ!」

 サツキはタックルの要領で壁に魔獣を押し付ける。

 中身が圧迫されたのか、うめき声を絞り出して腕から外れた。

 ボトリと地面に転がった魔獣。その首をサツキは叩き斬る。

「はぁ……はぁ……」

 いよいよ視界が、汗かも分からないものでにじみ始めた。

「グルル……」

 あと三体。

 最後まで残るということは、臆病者か、はたまた状況を俯瞰して分析していたのか——いずれにせよ、他の魔獣とは異なる。

(この体力で、こいつらと、どう戦うか……)

 浅い息を繰り返し、淀んだ空気を肺に送り込む。余計に身体が弱る気さえするが、そんなこと気にしていられない。

「いや……もう戦わなくても良いな」

 サツキの瞳にはマナが写っていた。それも上空から降り注ぐ、虹色のマナが。

「グルル!」

 それを知ってか知らずか、突進を始める魔獣たち。

 サツキはニヤリと笑みを深める。

 挑発と受け取ったか、牙を剥き出して飛びかかってくる。そして——炎の槍に貫かれ、地面に串刺しになった。無論、他の二体も同様の末路を辿った。

「助かったよ——シア」

「いっつも助けてあげてるよね。私から離れられないんじゃないの~?」

 サツキが見上げた先には、優雅に宙を舞うシアがいた。


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