13
眼下に広がるは森、草原、遺跡、空中街——それらは一瞬たりとも同じ場所に留まることはなく、数秒も経てば見えなくなってしまう。
「術式列車……すげぇ……!」
「風の魔術よりコスパとか色々な面で優れてるからね。まぁ? 昔の私ならこれより早く移動できたけど?」
「昔は昔じゃねぇか。今できないなら意味ないんだよな」
「ちぇー。褒めてくれたっていいじゃんか」
「言ってろ」
軽口を叩き合い、静寂が訪れると、術式列車の風を切る音がこの場を支配した。
車内には誰もいない。始発の時間帯は人が少ないらしい。
シアが夜明けに街を抜け出したのは、これを知っていたからだった。
——術式列車とは、魔術を用いて車体を浮かせ、高速移動を可能にした移動手段のことだ。空中街と空中街の間に架けられたレールの上を走り、安全に遠くへと行ける便利な足。
……無論、全てシアからの受け売りだ。自慢げに披露された知識を咀嚼しただけでしかない。
なお、運賃は中々なものだった。曰く、あの宿に一週間は余裕で泊まれるのだとか。
「それで、向かってるのはミカレスタなんだよな。どうせ暇なんだし、作戦会議と行こうぜ」
「……宿を探して、塔の準備をして、攻略して、次の世界へ行く。今のところ第七世界とか良いと思ってる」
「いやなんか、もうちょっと中身のある感じだと思ってたんだがな……?」
ぶっきらぼうな物言いに、サツキは違和感を覚えていた。ぼーっと窓の外を眺め、車窓の縁で頬杖をついて寂しそうな空気を纏っている。それが、サツキとの不可視の壁を作り出しているように思えた。
「充分だよ。実際には何があるか分からないけど、何もなければこれが最速だから」
「そう、だけどさ」
あまりにそっけない。
言葉を当てはめるのなら、それは「不機嫌」だ。
微妙な沈黙が訪れ、サツキは思案に耽る。はて何が原因か、と。
職人と会話する前は普通だった。では、その後は?
(そういや、どっかのタイミングでシアがいきなり店を出たような……あっ)
詳しい会話の内容を思い出す。確か、餞別を聞いていた最中だった。
(奴隷解放……いやその次、管理者の話だ。管理者代理——アトラって人について、おやっさんが触れた時だ)
それしかない、と確信を得たサツキは、シアを傷つけないよう優しさで言葉を紡いでいく。
「その、機嫌が悪いのって、おやっさんがアトラって人の事を言ったから、なのか?」
「…………うん」
数秒——あるいは数十秒だったのかもしれない。それほど長い沈黙には失敗したかと肝を冷やしたが、シアは小さく頷いた。そして、ぽつりぽつりと思いを零し始めた。
「アトラちゃんはね、私の友だちなの。よく『聖女』だなんて言われてるけど、アトラ・ルミディーナは普通の女の子なんだよ。懸命に、主人である第六管理者のために働く、良い臣下なんだよ」
「管理者……シアも元第八管理者だよな。人知を超えた力で世界を統べる、ってことしか知らないけど」
各世界には管理者という指導者がいて、彼らがそれぞれの世界を、その強力な異能を以って動かす――というのは親父から聞いていた。
「アトラちゃんは見えないものを見たり、干渉する力があるんだよ。それで啓示を受けたりするの」
へぇ、とサツキは呟く。
シアの魔術でさえ非日常で圧倒されていたのだ、もはや想像すら出来ない。
「他にはなにが見れるんだ? どこか遠くにいる人とか?」
「ふふっ。それってサツキくんのお父さんのこと?」
「なっ……さすがだな。正解だ」
「ありがと。でも、残念ながら、たぶん無理だよ。アトラちゃんはすごいけど、管理者代理であって管理者じゃない。第六管理者がいないから代理をやってるだけなの。表舞台に立つのが得意な子じゃないし……上手くやれてるのかな」
「そんなに心配なら会いに行けばいいだろ? 俺も一緒についていくさ」
「なら、心強いかも」
少し頬を赤らめ、か細い声でシアは言った。
頭の中で「心強い」という声が——声色が反響して、その度に心臓が強く鼓動を打った。世界が彩度を増したように見えた。
「……あ、そろそろ到着だ」
スピードを落としていく術式列車。慣性の法則によってか、身体が傾く。
そうして完全に停止すると、サツキは一つのことに気がつく。
「なんだ、これっ……!」
——彩度が増したのは錯覚ではなかったのだ。
塔の街ミカレスタ。ゲーテとは桁違いのマナ濃度だ。それがサツキの視界に色を塗ったのだ。
車窓から望むミカレスタは壮大だった。
街の中心にそびえ立つ一本の巨大な塔。円筒形の塔はマナを帯びているのか、虹色に歪んでいる。
そして、それを囲むように幾重もの空中都市が連なっている。ゲーテや、道中で見た街の規模を数倍にした……と言えば簡単だが、それだけで何十倍にも大きく感じた。
「降りよっか」
駅の構内へ、一歩。
それだけで、ゲーテとの違いを実感する。
「あらゆるスケールが違うな……」
「まず駅から大きさ違うもんね。ひろ~い!」
百人くらいは余裕で収容できそうな広さだ。
朝の柔らかい日差しが、アーチ状になっている硝子張りの天井から差し込んで来ている。数多の柱が描く曲線は建築技術の高さ、ひいては芸術的な価値を感じさせる。
視線を落とすと、灰色の石で床が作られていた。靴で撫でるとザラザラとした感触が返ってきて、僅かに構内で響いては溶けて消えた。
「とりあえずは宿探し、だな」
「ちっちっち。分かってないねぇサツキくん」
「……何が分かってないんだよ?」
「まずは観光と洒落込もうよ。さぁさぁ!」
先程とは打って変わって元気を取り戻した……どころか、テンションがかなり上がっている。
「朝食も食べてないし、丁度いいか」
「そ、そう! そういうのも兼ねて、ね!」
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