12
昏いゲーテの街を、サツキとシアは駆け抜けていく。
夜のしんと静まり返った街。その冷たくなった空気が肺を満たしていく。
なのに、サツキの身体は熱かった。
信賴しかけていた人に裏切られ、殺されかけ、殆ど知らないままの街を走っている。逃避行であり、新たな冒険の始まりとも言える状況は、少年としての心を大きく揺さぶった。どうして毎度逃げてばっかなんだ、と愚痴にも似た感想もあった。
「はぁ……はぁ……!」
「見えてきたよっ!」
薄暗いとはいえ、輪郭を見てサツキもあの防具屋であることは分かった。
店頭の商品を横目に、乱暴に店の中へ押し入る。なぜか鍵はかかっておらず、先行するシアと昼間の記憶を頼りに、氷男の言った「店の奥」を目指して進んでいく。
「——ここだっ!」
シアは叫びながらドアを開いた。
向こう側から光が差し込んできて、一気に景色が明瞭になる。
「……なるほどな。客が来たと思えば、お前らか。薄々感じてはいたが、まさか本当にそうなるとは」
部屋の中心には机。その上のランタンが光源だった。
職人の男は腕を組み、木製の椅子に深く腰かけ、全てを悟ったような表情でサツキたちを見ている。
「やっほー。慰謝料を貰いに来たよ」
「はっ、なるほどな。面白い大義名分だ。嬢ちゃんはさすがだな」
自分までも皮肉るかの如く、感心したと言わんばかりに笑みを浮かべた。
しかし、間髪入れず男は続ける。
「無論、金は払うさ。だが忘れないでくれ。その〝慰謝料〟は今まで死んだ、バカで可哀想で、夢を追いかけていた冒険者たちのもんだってことをな」
「分かってる。でも、冒険者はそういうものだよ。金のためにくだらないことをやれる、お馬鹿さんたちだよ」
平然と、常識を語るような口調でありながら、抑えきれない憤怒が籠もっている。
「嬢ちゃんも冒険者なんじゃねぇのか?」
「……違う、と言いたいけど、どう言えばいいか知らない。私たちはプレローマの外を目指して旅をしてるけど、私個人は、私を言い表す言葉を探してるんだよ」
「ちょっ、シア! 俺それ初耳なんだけど!」
「言ってなかったからね。それに、サツキくんには親父さんを探すって目的があるでしょ? 目的地は同じで、通過点が違うだけ。気にすることもないって」
シアを表す言葉——ふと、サツキは考えてみたくなった。
出会った時、シアは「元管理者」と言った。加えて「そこそこ強いだけの元・ちょーすごいお姉さん」とも。
けれど、なるほど確かに〝違う〟という明確な感覚がある。
サツキの体感からしてもそうだし、何よりどちらも〝元〟なのだ。
今、シアを表す言葉はない。
極彩色の髪の美しい少女——なんて言うのは冗長だし、少女だけでは味気ない。魔術師では普遍的で、冒険者というにも違和感がある。
「……なぁ、シア。俺も探していいか? シアを表す言葉を」
「いいけど……できるかなぁ~? 私がずっと探して、未だに見つからない答えを、高校生のサツキくんがだよぉ?」
随分と挑戦的な言い方だった。それでも、サツキは「絶対に見つける」と断言した。
「ふふっ。なら期待してる」
ランタンの灯火を受けて髪は輝く。シアの微笑みも、負けないくらいに美しかった。
「はぁ……小僧、何を見惚れてる。本題を忘れるな」
——と、職人の男は語気を強めてサツキに言った。
「だ、誰が見惚れてるって!?」
「あー分かった、ガキの色恋には口を出さねぇよ。悪かった」
「色恋!? な、なわけ……!」
「あれれぇ~? サツキくん顔赤いぞー?」
「ちがっ……!」
「ダメだこいつら、何してもこうなる」
盛大に、会話をかき消すほど大きなため息をつき、男は腰を上げた。
「着いてこい。金を隠してる場所に案内してやる。着いてこないなら知らん」
「あぁ行く! 行きます!」
◇
案内された先は倉庫だった。
棚があり、箱がある。それが数十個と並んでいるのだ。
全てに文字や数字が書いてあり、整理されている。埃っぽい匂いはするが、全体としてよく手入れされている。
「ここにあるのは大半が魔術師の——どこかで奴隷みたいに働いてるであろう奴らのものだ。いつか生きて帰って来たら返すつもりで置いてる。まぁ、そんときは復讐されちまうだろうがな」
「死んだ人たちのはどこにあるの?」
「そこだ」
指で示した先は右側、数字などがない棚だった。
「あれ全部……?」
「その通りだ。それでも街が、この方法が成り立つくらいには冒険者ってのは多いし、街の誰も新人のことなんか覚えてねぇんだ。誰かの記憶に残る冒険者は少ない。誰かを救うか、誰かを殺すかしないとな」
サツキの問いに、男は淡々と言った。
「救う……」
「殺す……」
サツキとシアが、同時に呟いた。
サツキの脳裏には親父の姿がある。だが、シアの目には何が写っているのだろうか。冒険者への怒りや蔑みは、どこから生まれたのか。それをまだ、サツキは知らない。
「死んだ奴の分まで、お前らは人生を楽しめ。冒険者は金銀財宝や自由や夢を追い求めて冒険するが、死んでまで自分の金に拘るような奴は冒険者にはいねぇからな。好きに持っていけ」
「それじゃあ、遠慮なく——」
そう言ってシアが一歩前に出た瞬間、サツキの喉元から言葉が溢れた。
「俺たちは、その金で奴隷になった魔術師を解放したい」
「サツキくん……? 何を言ってるの……?」
「思いつきだよ。誰かを救って記憶に残る——俺は親父に憧れてるんだ。同じように、誰かを助けたい」
「そんなの無茶だよ。現実的じゃ——」
「がっはっは! いいじゃねぇか。小僧も面白い大義名分を思いついたってわけだ。嬢ちゃん、一本取られたな」
「……ふんっ」
どのみち、金を奪っていることに変わりはない。
何においても、理由が立派なら正義と呼ばれるようになる。規定世界もそういう風に回っていた。秩序という覆しようのない正義に従っていれば何をしたって良かった。
「ありがとな、おやっさん。そして、先輩たち」
サツキは、もうこの世にいない先輩たちを悼んだ。志は決して無駄にしない——そんな覚悟を胸に抱きながら。
「えーっと……だいたい二十万ルドエンかな。しばらくは普通の暮らしができそう」
「せっかく俺が真面目に、真摯に現実と向き合ってるのに金の話かよ」
「私はそういうの興味ないもーん。否定したいんじゃなくて、ね。それにこっちだって現実的なことだよ」
「くっ、それは……そうだな」
サツキが敗北を認めている間に、シアは金を袋に入れて腰に提げた。
「もう行かないと。また、いつかね」
「あぁ。いつかな、嬢ちゃん」
あっさりとした別れ。
二人の顔には「これでいい」と書いてあった。
夜明け前の、独特な〝人を前に進ませる空気〟がそうさせるのか、冒険者の性格なのか、サツキには区別がつかなかった。
「そうだ、小僧。餞別というわけでもねぇが、アドバイスをやる」
「それは……是非教えて欲しい」
「奴隷ってのはスラムにいる。太陽の当たるところにはいない。この街みたいな危ない場所を練り歩かないといけない。覚悟はあるか?」
「……あぁ。ギルサを瞬殺できるくらい強くなるさ」
「いい意気込みだ」
男はニヤリと目を細めた。
しかし、嘆くような調子で続けた。
「まぁ、こんな世界になっちまったのも管理者がいねぇからだな。他の世界の噂じゃ、奴隷なんてせずとも回ってるらしい。管理者が世界を統治し、見守って、君臨すればいい。今はアトラという聖女——祈ることしかしない女が代理をやってるだけだ」
アトラ、聖女、管理者の代理……サツキがそれらを理解していると、足音が聞こえた。シアが部屋を出たのだ。
「……色々、ありがとな」
「おうよ。生きて顔を見せろよ、小僧」
「もちろん!」
サツキはシアのあとを追うようにして部屋を出た。
と、そこで一つ思い出したことがあり、振り返って叫ぶ。
「例の防具、もらっていいか!?」
「おまっ……はぁ、好きにしろ! 金は出世払いで貰ってやる!」
「ありがとなー!」
あの戦闘服をパッと掴み、そのままの勢いで店を出る。
——刹那、眩しい光が目を刺した。
「朝だ……」
黄金の輝きがほんのりとゲーテの町並みを照らす。
シアの髪はその中でもとびきりの煌めきを放っていた。管理者——世界の頂上に立っていた存在に相応しい威容だ。
サツキは小走りでその横に並び立つ。
「次の目的地は塔の街ミカレスタ。ここから全ての塔を攻略して、プレローマの外へ。二人で絶対に——ね!」
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