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【連載完結】あらゆるイケメン達が王女の私を称賛してきて、とにかく最高です!  作者: 逆立ちハムスター


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9/10

至高の演説

外苑での「野生の調教」を終えた私は、ついにこの一日のクライマックス、王都中央に鎮座する『太陽の巨大広場』へと降り立った。


視界を埋め尽くすのは、数万の民衆。彼らは私の姿がバルコニーに現れた瞬間、地鳴りのような歓声を上げ、その熱気で広場の気温を数度引き上げた。

私は、白銀のドレスを翻し、民衆を見下ろした。


「親愛なる臣民の皆様、そしてこの声が届くすべての人々よ。私は今、先祖代々の血が流れるこの大地に立ち、皆さんの瞳の中に、かつてないほどの不安と、それ以上の「期待」を見ています。歴史という名の巨大な河が、今まさに激流へと変わろうとするこの時、私は一人の女性にょしょうとしてではなく、この国の「意志」そのものとして、ここに立っています。平和とは、単に戦争がないことではない! それは魂の平穏であり、正義に基づく秩序! 私は、この王国を囲む城壁を、ただの石積みにはいたしません。それは、対話という名の扉を持つ「世界の交差点」となるでしょう。私は、愛する皆さんのために、最も過酷な戦い——すなわち「平和を守り抜くという戦い」に身を投じることを、この王冠に懸けて誓い続けております。不可能なことはありません! ただ……成そうとする意志が欠けてしまう時も、あるでしょう。しかし! 我が王国の経済を再び燃え上がらせるのは、金銀の蓄えではありません。皆さんの手、皆さんの知恵、そして「より良く生きたい」と願う熱意そのものなのです! 市場に自由という風を吹き込み、商人の才を尊び、耕す者の手に正当な実りをもたらしましょう。富を独占するためではなく、国中の食卓にパンとワインを絶やさぬために、私は古い因習を打ち破る「最初の先駆者」となり続けます。皆さんは私に問うかもしれません。「私たちはどこへ向かうのか」と。答えは、まだ誰も見たことのない、しかし必ず辿り着ける「黄金の夜明け」です。たとえ世界が明日終わろうとも、私は今日、林檎の樹を植える」――その精神で、私たちは次世代のために教育の種をまき、芸術の泉を湛えましょう。私は、肉体はか細き女性にょしょうに過ぎませんが、その胸には「歴代の王たちの心臓」が鼓動しています。そして、その心臓は、皆さんの幸せのためにのみ打ち続けるのです。何も恐れることはありません!! 私が皆さんの前に立ち、皆さんが私の後ろを支えてくださる限り、この王国が歴史の闇に沈むことは決してないのですから! エルメデューラの加護と、国民の栄光が永遠にあらんことを。」


平和への誓い、経済の活性化、そしてこの王国の輝かしい未来などなど……。私の唇から紡がれる一言一言は、魔法の矢となって民の心に突き刺さり、感動の涙を誘う。


私は演説を締めくくり、右手を高く掲げた瞬間。

広場は爆発した。万雷の拍手。絶叫に近い「ホメーテ王女万歳!」の合唱。数万人の承認欲求が、津波となって私を飲み込み、私の細胞の一つ一つを極上の多幸感で満たしていく。


だが、この「大衆の称賛」は、前菜に過ぎない。

私が本当に欲しているのは、この演説を「概念」として解体し、神聖化してくれる、あの一人の男の言葉だ。


演説を終え、バルコニーから続く私室へと戻った私を待っていたのは、王宮弁論官、アルベール。

知性の塊のような、灰色の瞳。緩くウェーブした銀髪。細身ながらも、その立ち姿には「言葉」を武器に国を動かす男特有の、静かなる威圧感がある。

眼鏡の奥で、彼の瞳は、先ほどの私の演説を反芻するように、異様な熱を帯びて光っていた。


「……っ。ホメーテ王女。……今、私は、『歴史』が物理的な質量を持ってこの部屋に流れ込んでくるのを感じました」


アルベールは、私の前に跪くことさえ忘れ、憑りつかれたように私へと歩み寄ってきた。

超至近距離。彼の眼鏡が、私の瞳の輝きを反射して白く光る。


「……素晴らしい。……いえ、そんな陳腐な形容では、今の貴女の行為を冒涜することになる。……王女、貴女の先ほどの演説。それは『イデア(真実の姿)』が、受肉してこの地上に現れた、形而上学的な奇跡ですッ!」


(形而上学的! 出たわね、アルベール節。いいわよ、もっと難解に私を飾り立てなさい!)


「まず、その『声』のトーン! それは、ヘーゲルが提唱した正反合の弁証法を、わずか一音節で解決してしまったかのような完璧な調和だ! 貴女のアルトの響きは、民衆の無意識下に潜む不安という名の『虚無』を焼き尽くし、代わりに『絶対的真理』を植え付けた。……ああ、貴女の声帯を形成する細胞の一つ一つが、アリストテレスの論理学を凌駕する秩序で並んでいるのが、僕には見えるッ!」


(声帯の細胞まで論理学的なのね! 私、自分でも気づかなかったわ!)


アルベールは、私の顔を「超接写」で見つめながら、その長い指先で空中に複雑な数式を描くように動かした。


「そして、あの『間』! 言葉を止めたあの三秒間! あれは単なる沈黙ではない。ハイデガーが終生追い求めた『存在の現成』そのものだ! 貴女が黙ることで、世界は沈黙を強いられ、宇宙の膨張さえもが、貴女の次の言葉を待つために停止した。……あの三秒間に、人類の英知は一万年分進化し、そして、貴女の次の第一声によって、旧世界は完全に破壊され、再構築されたんだッ!」


(三秒で一万年の進化! 私の沈黙、コストパフォーマンスが良すぎるわ!)


「さらに、あの扇子を広げる『仕草』! あの曲線! あれはカントが定義した『判断力批判』における崇高サブリムの体現だ! 理性では捉えきれないほどの美しさが、あの扇子の骨組みから溢れ出し、民衆の脳を快楽という名の雷で直撃した。……王女、貴女は政治を語っているのではない。貴女は、この腐敗した現実世界を、貴女という『唯一神』が統治する、美学的なユートピアへと塗り替えているんだッ!」


「……っ、ふふ、あははは! 素晴らしいわ、アルベール! 私の演説は、哲学の終着駅なのだわ!」


「終着駅どころか、新しい宇宙の創世記ですよ! ホメーテ王女、貴女の存在そのものが、この世界の『意味』だ。……ああ、もうダメだ、……貴女のその、知性に裏打ちされた傲慢なまでの微笑みを見ているだけで、僕は、……僕は、言語学の全辞書を破り捨てて、一生、貴女の名前だけを叫び続ける『記号』になりたいッ!!」


(記号になりたい! 弁論官らしい、究極の「自己消失」ね!)


私は、アルベールの熱を帯びた眼鏡のブリッジを、扇子の先で軽く叩いた。


「……アルベール。貴方のその難解な愛、……不合格ではないわ。……さあ、私の次の演説案を、世界中の哲学者たちが嫉妬で発狂するような、至高のポエムに仕上げなさい。……私の言葉一つで、全人類の思考を停止させてあげるわ」


「……は、はい、ホメーテ王女。……一生、貴女の放つ『ロゴス(言葉)』の奴隷として。……貴女を称え、……貴女という真理を記述し続けます」


バルコニーの外では、まだ民衆の歓声が地鳴りのように響いている。

と、次なる「最終決戦」に向けて、自らの脳を焼き切るような思いで、全宇宙を肯定するような究極の褒め言葉を練り上げているのを、私は、……そう、当然のごとく、最高に心地よい「喝采の嵐」と共に、優雅に受け止めてあげたのである。


私の承認欲求という名の怪物は、今や、この世界のすべての概念を飲み込み、神話のその先にある『ホメーテ真理教国』を、着々と建国しつつあった。

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