死に戻り・試行錯誤
地震が発生するハズだった日の、翌日。
俺はこの日も、いつも通りソイとシンガールと一緒に町を巡回した。
結局あの日は、何度死に戻りをしても地震は起こらなかった。そのため、違和感を残しつつも翌日へ移行した。
地震が起こらなくなった理由は、シンガールの言う通り、バタフライエフェクトによるものなのだろうか?
何度考えても答えは出ない。
この日の犯罪件数も、いつも通りだった。
ボートランドは平和そのものだ。
それが却って、不気味に感じた。
深夜の町を一人で巡回しながら、スマホで時刻を確認する。
今日もあと数分で終わりか。
と思った、その時。
──ボートランドは、一瞬にして太陽のように真っ赤に光りだした。
その赤い光が全て炎によるものだと気づくのに、1秒もかからなかった。
この星は太陽なのかと疑いたくほどに、360度、辺りを見回しても炎ばかりだ。
赤煉瓦とは違った赤色に染まった今の町は、まさに火の海と言っても過言ではない。
その炎は夜のボートランドを照らし続け、炎の海が完全に鎮火する頃には朝日が昇っていた。
地震に続いて火災が起こるなんて。
一体なぜ、立て続けにボートランドに天災が起こってしまうんだ?
俺はひとまず、地震の時と同じように被害状況を確認すると、生き残っていたシンガールに火災を止められそうな歌を作ってもらった。
彼女の歌を、記憶と一緒に引き継いで1週間前に戻る。
そして1週間前のシンガールに火災の記憶を植え付けると、地震の時のように大粒の涙を流しながら火災を止める手伝いをしてくれた。
シンガールは、地震と火災を止めるため、2つの曲を歌いながら町中を駆け回る。
ソイも地震と火災に備えて、町中の建物を強化しに回っていた。
俺の話を一切疑わずに、一緒に災害を止めようとしてくれる二人には、感謝しかない。
そして迎えた、火災発生予定日。
俺達3人は、夜の町で火災が発生するのを待っていた。
火災が起こった、夜の11時52分が訪れる。
しかし地震同様、発生することはなかった。
そのことに一抹の不安を残しつつも、災害が起こらなかったことに安堵した。
──だが翌日の深夜。
今度は大津波が発生し、町は海水に飲み込まれた。
ここで俺の中に、ある疑念が浮かび上がる。
それを確かめるためにも、俺は再び1週間前に戻ってソイとシンガールに協力を仰いだ。
二人も一連の災害に疑問を抱きつつも、被害を防ぐために町を強化してまわる。
そんな二人を前にこんな事を考えるのは申し訳ないが、今回も災害を止められないだろう。
地震や火災、津波も全て止めたとしても、別の災害が発生してボートランドは滅亡するのではないか?
根拠はないが、そんな予感がした。
……津波発生予定日の、1日後。
俺の勘はやはり、正解だった。
津波自体は防ぐ事ができた。
というより、地震や火災と同様に、津波も発生しなかったのだ。
だけど今度は台風が発生し、ボートランド中の建物を全て吹き飛ばした。
これで、俺の中にあった疑念が、確信へと変わった。
地震も、火災も、津波、台風も。
全て、天災ではなく人為的に起こったものだったのだ。
今思えば、地震の時点で普通とは違っていた。
南海ドラフ巨大地震並みの揺れであったにも関わらず、被害がほぼボートランドだけなのは有り得ない。あれだけの揺れであれば、隣の州にまで被害が及んでいなければおかしい。それに地震の影響による津波も、かなり小さかった。
これらの違和感も、何者かが意図的にボートランドだけを狙って地震を起こしたのであれば、説明がつく。
人為的な災害、となれば対策方法はガラリと変わってくる。
まずは、ボートランドを滅亡させようと企んでいる人間を突き止めよう。だが特定しようにも、情報が無さすぎる。
毎日ボートランドをくまなく巡回しているが、災害を起こしそうな怪しい人物に心当たりはない。というより、怪しい人物が事件を起こしても、未然に止めていた。
ボートランドを滅亡させるのは、かなり大掛かりな作業だ。それだけのことをするのに、誰からも何の予兆も感じられないのはおかしい。
……どうしたものか。
これといった対策が思いつかないため、とりあえず俺は初めからやり直して考えることにした。
地震が起こる1週間前。
この日に戻ってきた俺は、あえてソイとシンガールには災害のことを伝えず、普段通り犯罪防止活動に専念した。
要するに、地震が発生した時と同じ出来事を再現したのだ。
このまま1週間が経てば、地震が起こるはずだ。
──1週間後。
今回は予定通り、地震が発生した。
不謹慎だが、地震が起こったことに俺は安堵した。
もしこれで地震が起こらなければ、災害を引き起こしている人物は、俺のように時間に干渉している可能性が高かったからだ。
ひとまず、ここからやり直そう。
以前は普通の災害だと思っていたから1週間前に戻ったが、人為的なものだと判明した以上、1週間も戻すつもりはない。
やり直す時間が長すぎると、バタフライエフェクトが大きくなりすぎて修正すべき部分が分からなくなるからだ。
システムエンジニアの知人が言っていたな。
プログラムを修正する時は大元ではなく末端を直せ、と。
大元をいきなり直すと末端への影響が大きくなるからやめろ、と。
俺は、その言葉を思い出しながら、やり直す時間を少しずつ調整することにした。
まずは地震の前日からだ。
俺はこの日の朝に戻り、食堂へ行ってソイとシンガールに会った。
「おはよう、お二人さん!」
「あっ、フーマ! おはよう!」
「おはよう、ゼン!」
俺はソイの隣に座って、以前と同じように一緒に朝食をとる。
「そうそう! ゼンは昨日の『アメリカズ・ゴット・ヒーロー』見た? 面白いヒーローが出ていたよ」
「へぇ。それってテレビ番組か?」
「うん。…ってことは、見ていないよね」
「あぁ。テレビは全然、見ないからなぁ」
嘘だ。
本当は、1週間前に死に戻りしたついでに見た。
この程度の会話であればやり直したところで問題ないだろう。
だが『個人的なやり取りは極力修正しない』というのが俺のポリシーなので、あえて元の歴史通りの会話をなぞった。
その後、二人はテレビ番組に出ていたチョコソフトンの話題で盛り上がる。
楽しそうに話す二人を見ていると、話に交ざれないのがもどかしく感じた。
「機会があったら、今度見てみるよ」
「うん! 是非、そうして!」
よし。テレビ番組の話は終わったし、そろそろ本題だな。
「ところでさ、シンガール。昨日、俺の活動を手伝ってくれるって言っていたよな? その件で早速、やって欲しいことを書いてきたんだ」
「あら、本当? 仕事が早いわね」
俺はここで本来の歴史を修正し、シンガールに地震の記憶を植え付ける。
それと同時に、シンガールは目を真っ赤にして涙を流し始めた。
「お願いだ、シンガール。今日の夜11時55分に起こる地震を止めて欲しい」
「……勿論よ」
シンガールは涙を拭うと、ボートランドのために町中を周りながら歌い続けた。
ソイも一緒に町を巡回しながら、建物を強化してくれる。
そんな二人には申し訳ないが、地震から町を守ることに意味はない。
俺の最終目標は『災害そのものを発生させないこと』だからだ。
二人にそれを告げずに、災害から町を守らせようとすることに多少の罪悪感が湧いた。
……そして迎えた、夜の11時55分。
俺たち三人は記念碑広場で地震を待つ。
「……… 3 …… 2 …… 1」
カウントダウンが終わった。
その後もしばらく待っていたものの、地震は起こらなかった。
「フーマ、もう一度確認するけど、今日なのよね?」
「あぁ、そうだ」
だけど今回の今日は、地震は起こらないらしい。
ということは、たった1日の行動で地震が起きないルートに突入したということだ。
今日の俺の行動が、直接的にしろ間接的にしろ、災害を起こす何者かに影響を与えているようだ。
たった1日、といっても結構長いな。
俺達3人は一日中、巡回しながら町中の建物を強化した。ということは、たった1日でも影響範囲はボートランド全域だ。
影響範囲をもう少し絞りたいが、どうしたものか。
とりあえずは、戻す時間をもう少し細かく刻んでみよう。
俺は死に戻りで丸一日、時間を戻した後に、二人には災害の件を伝えず『地震が起こるルート』通りの行動を再現した。
今回は地震が起こる1時間前に、二人に地震のことを教えよう。
……時刻は、夜の11時。
地震の起こったあの日を再現するように夜の町を巡回していると、この日の予定通りシンガールから電話がかかってきた。
「もしもし?」
「あっ、もしもしフーマ? 起きてた?」
いつもとは違う、少し弱々しい彼女の声。
いま思えば、この日の彼女の嫌な予感は当たっていた。
「あぁ、起きてた。実はシンガールとソイに話したいことがあるんだ」
「えっ?」
シンガールは意表をつかれたように、驚いて一瞬、言葉を失った。
「……何なの? 話したいことって」
「大事な話だから、会って詳しく話したい」
「明日じゃダメなの?」
「駄目だ。それじゃあ手遅れだ。集合場所は記念碑広場の女性の像の前だ。急いで来てくれ」
それだけを伝えると、俺は電話を切って今度はソイにかけた。
ソイにも記念碑広場に来るよう伝えると、俺はひと足先に広場の女性の像の前で二人を待った。
「ゼン、こんな夜中に何の用なの?」
「すごく、嫌な予感がするんだけれど…?」
「シンガールの勘は大当たりだ。あと1時間後に大地震が発生して、ボートランドは滅亡する」
「「えぇ?!」」
それを告げた途端、二人は毎回の如く慌てふためく。だけど今回はいつも以上に狼狽えていた。
「あと1時間後…って! そんなの、どうすればいいの!? いま僕らが動いたところで何もできないじゃないか!」
「そうよ! フーマ、もっと前の時間に戻すことはできなかったの? 残り1時間じゃ、どう足掻いても手遅れよ!」
「二人とも、すまない。いろいろ事情があって、伝えるのが今になった」
「…もしかして、タイムリープには制約があるの? だから1時間前にしか戻ってこれなかった、とか?」
「そんなところだ」
確かに時間を戻すには『死ぬ』という条件があるが、1時間前にしか戻ってこれないわけではない。
慌てる二人を見て後ろめたい気持ちになったが、地震を止めるためだから仕方ない。
そう自分に言い聞かせた。
シンガールに地震を止める歌を教え、ソイには町中の建物を強化するようにお願いした。
だけど二人の言う通り、たった1時間ではボートランド全域までカバーしきれない。
今回二人が移動できる範囲は限られてくるだろう。
その『限られた範囲』を巡回することで地震が起こらなくなるようであれば、その範囲に災害を起こす犯人がいると考えていいだろう。
逆に地震が起これば、その範囲に犯人がいる可能性は低い。
これを何度か繰り返せば、犯人のいるエリアを特定できるはずだ。
「……… 3 …… 2 …… 1」
ソイとシンガールが町中を駆け回る中、俺は地震が起こるのを待った。
しかし、今回も地震は起こらなかった。
さっきまで二人が駆け回っっていたのは、ボートランドの南側エリアだ。
ということは、ボートランドの南側エリアに犯人がいる。
もう少し範囲を狭めるか。
今度は30分前に地震の報告をしよう。
俺は時間を1時間前に戻すと、地震が起こる30分前になったタイミングで、電話で二人に事情を説明しようとした。
ところが……。
「ソイ、突然だが大事な話がある。大至急、手伝って欲しいことがあるんだ」
「断る」
ソイは一切躊躇することなく、拒否した。
ソイの声は凍りつきそうなほどに冷たく、不気味で、まるで別人のようだ。
断られるとは夢にも思わなかった俺は、鳩が豆鉄砲を食ったように言葉を失った。
俺が唖然としている間に、ソイは電話を切ったようだ。
スマホから『ツーツー』という音だけが無情に響く。
仕方ない。
シンガールには協力してもらえるし、それで何とかしよう。
俺は残る30分で、彼女と一緒に地震に備えて街を巡回した。
シンガールが今回駆け回った範囲は、南東エリアだ。
これで地震は起こるのか?
待つこと30分。
とうとう11時55分になった。
と同時に、ボートランド中が大きく揺れ動いた。
今回は地震アリか。
ということは、南東エリアにも犯人はいない。
残る南西エリアに犯人がいるはずだ。
念のため30分前に死に戻り、シンガールに南西エリアを巡回してもらった上で、地震が起こらないことを確認しようとした。
だが……。
──俺の予想は外れ、ボートランドに大地震が起こってしまった。
どういうことだ?
俺の調べ方が間違っていたのか?
てっきり犯人は、俺達が巡回しているのを見て警戒したから、起こす災害や日時を変えているのだと考えていた。
だから、俺達が巡回する姿を犯人が目撃した場合は地震が起こらず、逆に目撃しなかった場合は地震が起こるのではと推測を立てた。
その前提で巡回範囲を絞りながら犯人を探していたのに、探すべきエリアを見失ってしまった。
犯人はまるで、嘲笑うかのように俺の捜査の手から逃れる。
もしかして犯人は、残り30分だから地震を強行したのか?
考えても、わからない。
「あぁ、もう! どうすればいいんだ!」
地震で崩れた建物の上で、俺は淡い光を放つ朝日に向かって叫んだ。
対策方法が思いつかない!
俺は絶望で、地面に手をついて項垂れた。
「……フーマ、大丈夫?」
そんな俺を心配して、シンガールは俺の背中をそっと撫でた。
彼女だって辛いはずだ。
彼女の目元は赤くなっていて、頬には涙が通った跡があった。
「ごめん、シンガール。俺、分かっていたのに止められなかった」
俺は思わず、弱音を吐いた。
シンガールはそんな俺を責めることなく、優しく、ただ側にいてくれた。
俺達二人は絶望に呑まれて、沈黙が続く。
太陽が完全に昇り、空が綺麗な青に染まった頃、沈黙を終わらせるかのようにシンガールが口を開いた。
「……ねぇ、フーマ」
「なんだ?」
「なんでサスケは、一緒に手伝ってくれなかったんだろう?」
シンガールに聞かれて思い出した。
確かにソイが協力してくれないことに、言葉にできない違和感があった。
いつものソイなら絶対に頼みを聞いてくれたはずだ。
それこそ地震の1時間前ですら、俺の頼みを聞いてくれていた。
「なんでだろうな?」
たった30分で、180度意見が変わることって、あり得るのか?
いや、場合によってはあり得るだろうが、一日の活動が終わる夜中の11時に、自分の意見が変わるようなキッカケが起こるとは到底思えない。
「もしサスケが意見を変えて一緒に町を守ってくれていたら、もっと被害を防げていたのかしら?」
仮にソイが協力してくれても、被害をゼロにはできないだろう。
だけど、ソイのことは少し引っかかる。
このまま絶望していても、何も解決しない。
とりあえず、何でもいいから行動しよう。
そしたら、意外なところから解決の糸口が見えてくるかもしれない。
ひとまずは、ソイが断った理由を調べるか。
俺は地震発生時刻の1時間前に戻った。
この時間、ソイは寮の自室にいるようだ。
俺はソイの部屋へ遊びに行くと、彼は快く俺を部屋に入れてくれた。
「どうしたの、こんな時間に? 何か大事な話でもあるの?」
「まぁ、そんなところだ」
「とりあえずソファにでも座って待っててよ。今、ホットミルクを用意してくるから」
お言葉に甘えてソファでくつろぐ。
するとスマホが突然、軽快な木琴の音楽を奏でた。
シンガールから電話だ。
俺はスピーカーモードにして3人で会話できるようにした。
「こんな時間に、どうしたんだ?」
「いえ。全然、大したことじゃないの。ただ、少し……眠れなくて…」
「だったら、ホットミルクでも飲んだらどうだ? 俺は今、ソイの部屋に来てて、ホットミルクを用意してもらっているぞ」
「えっ、サスケの部屋にいるの? こんな夜中に」
「そうなんだよ。こんな夜中に突然、ゼンが会いに来てさ。びっくりだよね」
「まさか…もしかしてフーマ、サスケのことが好きなの?」
なぜそうなる?
「別に、そういうつもりでソイに会いに来たわけじゃない」
「いいのよ、誤魔化さなくて。誰が誰を好きでも、愛する想いが素晴らしいことに変わりはないわ」
勝手に誤解されても困る。
話が変な方向に逸れたな。
「そんなことより、何か用があって電話したんじゃなかったのか?」
「まぁ、そうなんだけどね?……フフフ、なんだか二人と話していたら、どうでもよくなっちゃった」
シンガールはいつもこの時間になると『妙な胸騒ぎがして落ち着かない』という理由で電話をしてきていたが、俺達と話すことで気が紛れたのだろう。
彼女の無邪気な笑い声は久しぶりに聞いた気がする。かく言う俺も、二人との他愛もない会話で、少しだけ心が和んだ。
「そういえばゼンも、僕に用事があったんだよね? 結局ゼンは何を話しにきたの?」
そうだった!
うっかり忘れるところだった。
「実はソイに聞きたいことがあったんだ」
「なに?」
「ソイは今、仮に俺が『大事な用事があるから手伝って欲しい』って言ったら、手伝ってくれるか?」
「うん、もちろん」
「じゃあ30分後も、その気持ちは変わらないか?」
「当然だよ。僕に予定がない限りは、多分断らないよ」
「だったら30分後に予定はあるか?」
「ないけど……それがどうしたの? 質問の意図がわからないよ」
俺の質問にソイは戸惑って、眉間に皺を寄せた。
「詳しくは割愛するけど、ソイが俺の頼みを断る時はどういう時かを知りたいんだ」
「どういう時か? って聞かれてもなぁ。僕も想像できないよ。少なくとも、あと30分で考えが変わるようなことは起きないと思うよ? 何なら、ゼンが来なければそのまま寝ていただろうし」
「そうか。寝ようとしていたのに、起こして悪かったな」
結局、本人に聞いても分からず終いか。
「いいよ別に。それより二人とも用事がないんだったら、せっかくだし、みんなで一緒にオンラインゲームでもしない?」
「いいわね、やりましょうよ! 私、マリーカートがしたいわ♪」
たまにはゲームも面白そうだな。
地震のことを考えると遊んでいる場合じゃないが、この穏やかなひと時を台無しにしたくない。
……捜査は行き詰まっているし、ボートランドの人々には申し訳ないが、少しだけ息抜きついでに遊ぶか。
地震が来たら、そのタイミングで時間を戻そう。
俺は一旦、何も考えずに二人と一緒にマリーカートをした。
二人とも、ゲームが上手いな。
この日、何度勝負をしても、二人には一回も勝つことができなかった。
もうそろそろ、時間か?
俺は時計を確認した。
すると。
──11時55分をゆうに過ぎていた。




