第一章第四節-岐 「再誕」
ターラー女史。
グアリクタ開祖であるラフラ・ヴァ=グアリクタの
付き添いであり、枢機卿である彼女には弟がいる。
その弟は5年前、8歳の誕生日の時に"行方不明"となり、当時の衝撃は今でも覚えている。
姿を消したのはあの"大木"付近だとされている。
物理的に辿り着けないように柵で覆われているはずなのに、
神隠しになる子供が後を絶たない。
当時、18歳であった彼女は消えた弟を探す為、
グアリクタへ入信。
頭脳明晰である彼女は5年という異例の速度で枢機卿まで登り詰める。
それは全て、狂気じみた弟への愛のためである。
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二千年前。前世のホープはとある事情により身体を失う。
それから千年間、魂が彷徨い続け、かつての由縁の地である大木に辿り着く。
そして、永い間、共にした唯一神は死んでしまう。
さらに千年が経過する。
その永い年月、ホープの記憶が薄れるには十分であり、
仲間達との約束を忘れ、想い人すらも忘れたソレは、もはや別物と化した。
彼の失われた身体は大地の栄養となり、
彼で出来ている土壌にはやがて人が居住し、
村となった。
村の名前はホルプトリア。
長である父、ヴェン・ホルプトリアと旅人の母、アナンヤ
28年前、産声をあげたのはターラー・ホルプトリアであった。
健やかに育った彼女が9歳を迎える頃。
深夜に目が覚めた彼女は騒がしかった親の寝室を好奇心で覗き込む。
父が喋っていたので聞き耳を立てると、
「我らが新しき星、その骸と魂に我が息子をささげます。」
親がしていた行動に彼女に二重の衝撃が走る。
まず最初の衝撃は父と母が交わっていた。
薄い性知識しか持たない彼女でも自身の誕生に関わることだと認識していたのと、親が行為をしているという気不味さ。
その衝撃が真っ先に身体に走る。
そして一番異様な衝撃が
行為とは関係のない言動。
父は「新しき星!魂の逆子よ、骸の大地よ!」と奇声を発し、偉大であった父の体中は血のような赤い液体に染まっており、
母は「私はアナタを受け入れ、新星の軌道を作ります」
と叫び、産み出してくれた神秘の身体は鉄の匂いを帯びていた。
殺人現場のように赤く、生臭い部屋で、男女は愛たる蜜月を交わしていたのだ。
その異常な行動に、少女は涙を浮かべ、恐怖、吐き気を催した。
逃げるようにその場を去り、自身の寝室へと向かう。
きっと、これは悪夢なのだ。
悪夢に違いない。
そう思い込むことにした。
〇
翌日、両親は普段と何ら変わらない様子でターラーを起こす。
彼女はその声に安心したのだ。
部屋を出て、朝食を済ませ、学舎に向かうため起き上がり、
ふと扉が空いている両親の寝室を見ると
昨夜と変わらない景色が広がっていた。
絶望の臭いが部屋中に漂い続けている。
いつもなら優しく向けられていた笑顔が、
今では狂気に塗れている。
〇
あれを見てから一ヶ月。
母親の月経が止まったと隣人から報告される。
ちょうど2日前に、少女は初潮を迎えており、
初めて経験している苦痛と相まって、居心地の悪さを感じた。
その隣人は、誰が話したわけでもなくその事を把握し、赤飯を譲ったのだ。
この閉塞な村での情報の速さと、親以外から知られたくないものを知られたという気味の悪い出来事が重なり、
少女の心は荒んでいく。
〇
親が狂い、母親の腹が膨らみ出した5ヶ月後、
この村で児童の行方不明が相次ぐ。
その頃、母と父はまた、あの悍ましい行為を行なっている声が聞こえる。
好奇心という名の、人の本能、その深く刻まれた罪に身を委ね、再び親の、絶望が犇めき、
褪せた光で満たされた部屋を覗き込む。
そこには、予想をしていた2人だけの姿ではなかった。
行方不明となった少年少女ら、その姿があった。
「ニク無き大地は翼無き者のように、」
意味がわからない文言を、呪文のように繰り返していた。
というより、コレの意味が分かればワタシ自身、そうなりそうな雰囲気があった。
「ニクにニクを重ね、やがて星にし、更にニクを重ねて貴方は再誕する。」
子供達の生気のない声が、熱気を伴い狭い部屋に響く。
いくら子供といえど、10人が寝床の周りに集まると部屋は狭くなる。
寝床で重なる大人2人は子供達の呪文の中、
笑っていた。
「新しき星!その守護者たる月ども!その保護せし太陽!
偉大な二つの星よ!役目を終えて鎮まれ!」
「回り続ける時!逆流する時!このジニエを捧げます!
そのニクをこの穢れ多き世界に!!」
もはや、親でもないただ血が同じだけのそれらが声をあげていた。
「ジニエよ、理想郷ホルプトリアの名を冠する我が命に従い、愚肉を大いなる母胎に捧げよ。」
血縁しかない男が呪いのような言葉を発した途端、
児童たちの身体は徐々に溶け出し、男児だったモノからは血みどろの球が、女児だったモノからは拳程のモノが、それらが下流に向かうように少女の血筋である母だった女のもとに。
生命の根源たるその生殖器へと注がれる。
じゅくじゅくと、聴いたこともない音が耳に響く。
「この愛を、アナタに捧げます。
この産声を、星に焚べます。
この愚かな私の愚かな子の器を、救世主に注ぎます。」
頬に汚らしい雫を垂らしながら女は告げる。
聞くに耐えない雑音で女は告げる。
少女はすべてに絶望していた。
〇
いよいよ、儀式めいたその行為が終わりを遂げようとしている。
あと数日で新たな血縁が生まれようとした夜。
家が悲鳴で轟く。
「あぁ、星が、
失敗してしまった…
途切れてしまった…」
人の形をしているだけの化け物どもが悔やんでいた。
悲哀の表情を顔に貼り付けているそれらを見て、
少女は安堵した。
やっと、終わるかも、と思った少女は淡い希望に包まれていた。
「愛が、足りない。なら。
私たちの娘で……」
その言葉が聞こえた瞬間。
少女の脳裏には悍ましい想像が走り、逃げ出そうとした瞬間。
「ターラー、ちょっといいか」
と、先ほどまで部屋にいたはずの男が背後に立っていた。
声にならない悲鳴、硬直する身体、常に巡る思考。
どう考えても逃げ切れない。
「ターラー、悪い話じゃないから、お母さんとお父さんと一緒に、かえってみない?」
両者は少女のか細い腕を掴み、【かえる】ことを提案する。
「どこに…」と返す少女の声は震えていた。
どこに帰るのか、何を言っているのか分からなかった。
「かえるのよ、かえるしかないの、かえらないとかえれない。
かえれば幸せになれる。
かえってかえって、かえれば、きっとかえれるの。」
「そうだぞ、かえるしかないんだ。
ターラーがかえれば、おれたちがかえればそこに希望がかえるのだから。
かえるしかない。」
狂人たちはやたらと、【かえる】ことを勧めてくる。
何を言っているのか一言も分からない。
まだ、数ヶ月前の奇行のほうが理解できるほどに、
延々と【かえる】と言い続けるそれらに、
気が狂いそうになる少女。
しばらく、沈黙を続けていると
「なぜ、かえらないんだ!!!はやくかえれよ!!!
かえらなきゃ、幸せになれないんだ!
かえれ!かえるって言え!かえるって心に誓え!」
男は怒号をあげ、その大きな手で少女の腕に、アザができるまで強く握り、
「どうしてかえらないの、どうしてかえってくれないの、
全部お母さんが悪いわけ?
かえってよ、頼みますから、かえってください。
おねがいします。」
女はかえることを懇願し、悲哀に満ちた表情で頭を地につける。
「「かえろう」」
「「かえるって言って」」
「「一緒にかえろう」」
狂った化け物どもが息を合わせ、望郷を強要している絵面は、
まさに異質だった。
異様な笑みを浮かべ、
【かえる】ことを強く望むそれらに、少女の心は折れかけ、
「かえる」と口にしようとした瞬間。
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突如、爆音が鳴り響き、天井が無くなり、
夜だったはずなのに、その部屋は眩しい太陽に照らされていた。
「ハッハッハッ!!!やっと見つけたぞ!!」
壮年の男の声が耳を貫く。
その光は、まさに現状を打破してくれた希望の光であり、
その火は、この迷いを打ち消してくれる温かいものであった。
「星の異端者、ヴェン・ヒストリア!!
今ここで、ラフラ・ヴァージャーの名に於いて、
貴様をここに浄化する!」
父だったそれと、似たような名前を出す壮年は、
背面にある太陽のようなものに手を突っ込み、
背丈を上回るほどの巨大な剣を取り出す。
「まだ芽吹かぬ炎の種よ、その根源、その御力を我が剣、グーアに注ぎ給え。」
祝詞を唱えると、その大剣に太陽のような球体が入り込み、
鍔に瞳が浮かび、刀身の根本に口が生える。
おぞましくも美しいそれは、なんと、喋りだした。
「らぁふ〜、ついにみつけたんだ。
唯一神を殺した、【無二の神】を復活させんとする異端をよ。」
その見た目からは想像がつかないほど高い声で話すその剣。
そして、血縁上父はついに声を発す。
「いやはや、私はヴェン・ホルプトリアです。
私は私の主に、幸せになってもらいたいだけですよ。」
「ハッハッハッ!!!冗談キツイな。
お前が、あいつから…全部奪ったクセによ。」
「いえいえ、あの方は唯一神ごときの器では収まらない。
我らが主の器はあの方だけです。
いつまでそんな異端を信じてるんですか?」
いがみ合う2人、
先に矛を向けたのは壮年であった。
「燃え焼け煮え焦げ灼けろ。」
この言葉を最後に、少女の記憶は途絶える。
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「よぉ、起きたか、嬢ちゃん。」
まだ聞き慣れない壮年の声で目を覚ます。
知らない部屋は豪勢に飾られていた。
見たこともない色鮮やかな額縁には名画が飾られ、
星のように輝く宝石の壺。
「ここは、俺の、火教大聖堂の応接室だ。」
火教。
それは文字通り火を崇める宗教で、
その火教大聖堂があるのは、ホルプトリアよりも遥か北のはずだ。
ホルプトリアは本教五カ国の遥か南、
小国グリアディールに位置する村だ。
それが、馬車でも数ヶ月かかる場所へ移動していることに戸惑う。
ほかに、親だったものの行方も…
「安心してくれ、君が眠ってからまだ一晩しか経ってない。
それと…君の両親だが、私が討った。
すまない。」
壮年は謝罪を口にするが、少女の心は反対に、安心した。
「君があの時に、無二の神の器が産まれることを、孵ることを選ばなかったから、
今もこの世界はあり続ける。
ありがとう。」
しかし、謝罪のあとに感謝を述べられた。
でも、あの時に少女と、その心を助けてくれたのは紛れもなく、ラフラであった。
「いえ、私の方こそ、助けてくれてありがとうございます。」
少女は、恩人に感謝を伝える。
「ぎゃあ」
刹那、隣の部屋から赤子の声が聞こえる。
ラフラは席を立ち、扉を開け、寝床で伏せる少女を後にする。
「隠しても仕方がないことだが、彼奴らの儀式は失敗したが、それでも、生命は産まれた。
君の弟だ。
安心してほしい。
この子は彼奴らが望む子ではない、完全に無害だ。」
小さい少女よりも、さらに小さい赤子を抱いて戻ってきた。
その目はとても輝いており、あいつらから産まれたとは思えないほど、
とても愛おしかった。
「そして、この子は…私の旧友の生まれ変わりでもある。」
この子は、絶望した少女の心に、再び、希望を与えた。
「名前は」
「ホープ」
ちょうど、この日10歳を迎えた少女に奇しくも、
希望が産まれる。
この子だけは、守ると誓ったのだ。
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弟はすくすくと育ち、8年が過ぎた頃。
グアリクタ焔国にて。
「お姉ちゃん!どうしてあの大きな木に近づいちゃだめなの!!」
知りたいものが多い少年の心に、乙女は伝える。
「あの木はね、子供をさらう悪い木なの。
だからああやって柵で覆ってるけど、それでもさらい続ける、呪われた木なの。
だからホープ、絶対約束して、
あの木には、柵にすら近づかないで。」
少年の目線に合わせる為、身体を丸めて小指を出す乙女に、少年はその小さな小指を絡ませ、約束をする。
「うん!わかった!!」
〇
ホープが姿を消した日。
あの日は、木に近づくどころか、1km離れたところで姉と遊んでいた。
「お姉ちゃんが鬼だよ!追いつけるもんなら追いついてみろ!」
身体の動かし方に慣れたくらいの少年は、元気が有り余っていた。
しかし、乙女もまた、その少年の無垢さに幸福を感じていた。
あの絶望から見出した希望のうち、一つだったから。
養父であるラフラは開祖であるため、多忙であったが、この日は早上がりであり、一緒に遊ぶことになる。
「よーし、ホープ、俺からこの紐を奪ってみろ!」
五十代くらいの容姿である養父は、
衰えていない体力で騒ぐ。
なんせ、養父は実年齢千歳を越えているみたいであり、
何回か若返って老けてを繰り返しているようだ。
相変わらず凄まじいな、と思う少女は日陰で休憩をしていた。
二人を遠くから見つめていると、
近づいてくる影が見える。
その影が正しい輪郭を帯び、
その顔が判明したところで、
再び乙女の記憶はここで途絶える。
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いつの間にか太陽が陰り、月が見え始めている頃。
乙女は騒がしい声で気を取り戻す。
「ホープ!!ホープ!!!!どこにいるんだ!!!ホープ!!!!」
養父の声だ。
弟の名を叫び、慌てふためく。
何かを思い出したかのように、乙女の心は一気に曇る。
ホープが、居ない。
その事実が、乙女を深く傷つける。
守ると誓った弟が姿を消した。
あの木には一切近付いていないのに、
何故こうなった。
養父に提案し、急いで大木に向かう両者。
数分後、大木の柵の向こう側で、
さっき見た、影がホープの手をつないで歩いていく。
ラフラが柵を飛び越え全力で追いかける。
血相を変え、獅子よりも早く、突風よりも速く、
音よりも疾く走るラフラ。
「まだ生きていやがったか!!!ヴェン・ヒストリア!!!!」
その声だけが響き、
三つの影は視界から消える。
それは、彼女の心が再び絶望に飲まれることと同じだった。
ただ、信じるしかなかった。
祈るしかなかった。
〇
数時間後、放心し、立ち尽くす彼女のもとに養父が来る。
「ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!こりゃあ傑作だ!!
火が芽吹いたぞ!!ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!これだよこれこれ!!ハッハッハッ!!ハッハッハッ!!!ハッハッハッ!!!ハッハッハッ!!!」
可笑しく笑い転げる、狂った養父だけが戻ってきた。
それはつまり、取り返すことが失敗したという意味だった。
「父上、私は、一体どうすれば」
乙女が不安を告げると、ラフラは言う。
「芽吹いた種、火芽神を信じよう。」
希望の寄る辺を失った乙女は、狂いつつある養父に縋るしかなかった。
そして、入信をする。
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5年後、
穢土にて汚穢が見つかる。
産まれるべきではなかった汚穢。
汚らわしく、かつての両親を彷彿とさせるような汚穢。
穢れ呪われ飢え腐ったその汚穢はホープを名乗るが、
女史はそれを弟と認識できず、
ラフラはそれを養子と認識できていない。
強大な認識阻害を前に、人は魅力だった。
裏で行われたヴェン・ヒストリアの作戦は、見事成功する。
故に、唯一神の器たる希望は肉親と養父に殺され、
創星の儀により、無二の神の器たる絶望が産まれる。
だから、この半年の制限時間内に、私こと、エドワルドはターラー女史に接触を図る。
〇
褪せた光が満ちて数時間。
弟の行方不明、狂気に満ちた養父により心が完全に死んだ女史は作業部屋で職務を行っていた。
すると、後方にある窓から音がなり、後ろを振り向く。
だが、何も居なかった。
ただの風か、と思った女史の脳に、声が届く
「汚穢はホープだ。」
知らない男の声、
聡明な彼女は、経験により一度聞いた声を忘れることはない。
脳に声が届くという奇怪な現象に困惑するが、
その意味にさらに困惑をする。
あの汚穢が、ホープ…?
そう言われると、途端に辻褄が例外以外全て当てはまる。
その例外は、肉体が成長していなかったことだ。
だが、それでも、今までの認識が覆っていく。
一度持った違和感は、波紋のように広がり、
答えにたどり着く。
最愛の弟にまた会いたい。
またあの希望に包まれたい。
そう思った女史の行動は早かった。
〇
彼女はまず、ホープの遺骨、その頭蓋の一部分を盗み出した。
その頭蓋の欠片を自らの魔法で分析し、
そこから生命の設計図を取り出す。
ホープをホープたらしめる要因、
肉体的特徴、精神的特徴、魔法的特徴。
いろんな要因を分析し、複製に成功する。
ここまでで2ヶ月が経過。
さらに、その複製体を成長させ、細胞を作り出し、
生殖細胞をも作り出すのに1カ月。
精原細胞から精子へと成長させ、それを自らの子宮に転送し、受精に成功。
自身に成長作用のある魔法を施し、
五ヶ月目で弟の赤子が産まれる。
その赤子に取り出した記憶を入れ、
同じように成長させる。
ついに、半年で、
彼女の狂気じみた執念と愛により、
汚穢として浄化される前までの記憶を持ったホープが、
実姉から産まれる。




