第一章第五節 「逆襲」
本教の教皇である彼女、或いは彼は"踊り手"であり、
死した唯一神との因縁ある霊魂の持ち主であり、
前世での師、預言者バーラ・バーアの実子である。
母親からの命により、各宗派ではそれぞれ火、風、地、水に対応した聖祭具を作ったが、残りの三つ、全てを彼女が作った。
星を迎えるのに必要な幣帛はホープの両足と幾つかの魂。
誘き出された逆魂を退ける聖剣は右腕と幾つかの霊。
供物であるを捧げるための各種子骨と魔法の源。
こうしてホープの遺骨で作られた5つの祭具と陽月は
唯一神が没した地である
穢土に運搬され、
創星の儀が行われる。
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14591回目の死を迎えると共に自らの体液と水教徒たちの遺液をホープの頭蓋に注ぎ、聖杯を作って蘇った水開祖はその足で穢土へと向かう。
「全くもう。いきなり襲ってくるとは卑怯だわ。
和多志だからいいもの、ラフラちゃんやアニカちゃん、ラクシャちゃんだったら死んじゃうわぁん」
愚痴を吐きながら男の肉体は水を纏いながら下腹部を中心に再生され、完全に蘇った。
「尤も、そんなことであの子たちが死ぬとは思えないけどねぇ。」
男は顔に手を当て、首を傾げて独り言をこぼす。
「ところで亜名多よ亜名多。和多志にこんなことしておいてよくも逃げれると思ってるわね。
流骸くん。」
流骸と呼ばれる手が無数に散乱するドロドロとした不定形の液状のようなものに問いかける。
「亜名多は和多志に十回も死に至らしめた。
五回目の時には禁忌に触れてそんな身体にもなって、
また五度和多志を殺した。
凄い執着ねぇ。惚れ惚れしちゃうくらい。
そんなに故郷を沈めたことに怒ってるの?
亜名多たちが和多志にしたことに比べたらそんなことくらい別に許してくれても良いじゃない。
でも、温厚な和多志は君たちに死に逃げされないように和多志の手元で生きて償うことを選択してあげたわ。」
顔の無いそれは、なぜだろう。
怖がっているような表情をしていた。
「亜名多、和多志を恐れているの?十回も和多志を殺したくせに?
禁術を研究する咎人たちの飽くなき探究心を水で満たしてあげたのにそんな態度とるんだ全部全部和多志が悪いって言いたいわけ?
和多志に和多軀志になんの許可も取らずに選ばれてないくせに水芽神の聖水を盗ろうとしたから作ろうとしたからそうなってるのよそうなるのよ!!!!!!!!!」
喋れない、というより喋る器官が存在しない無口なそれとは対照的に、波のように押し寄せてくる言葉と怒りをそのまま外に流すアナトは自身の髪を乱暴に掻き毟り、
片方の手で爪を噛む。
流骸はその粘質な液状に波紋を広げ、怯えていることがひしひしと伝わる。
「全部全部全部全部、亜名多たちが悪いのよぉぉぉ!!!」
怒りの余り、自身を構成する水が沸騰するが如く身体から蒸気が湧き出し、両目を幾度も親指で突くその奇行はまさに異常者。
何しろ、彼の14591回中14500回の死は自傷による死である。
迷いを嫌う教徒たちのなか、双子という最低最悪の忌子としてこの世に生まれた彼らは軽蔑、侮辱の中、
水芽神に魅入られたのだ。
「禁忌と知っておきながら何故人はソレを探求するのかしら。
探し出した先には和多志しかいないのに。」
「和多志と、和多志を守る"アナト"と"カナト"に敵うはず無いのに。」
三人の開祖より先に、既に器としての使命を果たしていたソレの瞳には深き海、その神秘が写っていた。
───
数時間後
【穢土】にて
穢土の成り立ちを正確に理解する者は数少ない。
その内の高尚な者五名とその師は唯一神の墓標へと向かった。
そこは偶然にも、ホープが棄てられた場所と一致していた。
「上のもんがよぉくめそめそと棄てた地へ来たなぁ!!」
「おまえらが見捨てたからこうなったのに全部おまえらがぁ!!」
「見世物じゃねぇぞ!!」
上への不満が募っている住人たちは火開祖を中心的に石を投げつける。
怒りを露わにしかけた火開祖よりも先に、
教皇が動く。
何をするでもなく、ただ見つめるだけ。
憎悪に塗れた衆は次第に落ち着き、母親からの底知れぬ愛によりあやされた赤子のように眠りにつく。
教皇の瞳は、曇り無く、子への愛そのものの形をしていた。
「勝手ながらに背負わせてしまった罪。
私たちはその罪を今日、今ここで償います。」
その声はか細く、しかし、耳に響き安心するような声であった。
その姿は自分らよりもはるか小柄だが、なぜか大きく見え、包容感があった。
まさに聖女、聖母の類いであった。
母からの無償の愛を受け取った子供たち、穢土の住人たちは静かにその場を離れた。
〇
太陽と月が浮かび上がり、祭具は祭壇の周りに置かれている。
老婆は重い口を動かし、
「ほっ、腕を上げたな、アーシャ。」
と、教皇に伝える。
「いえ、私がすべきことを実行したまでです。」
謙虚に答える教皇。
「そろそろ、初め時じゃな。星を作るのじゃ。星を」
皺だらけのその顔でもわかるように口角を上げ、笑顔を見せる老婆に教皇は答え、
「それでは、本教教皇アーシャの名において、これより創星の儀を執り行う。
踊り手として私が、守護者としてバーラ・バーア、
見届け人として各開祖四名。
以上六名で執行を宣誓する。」
宣誓を挙げ、聖剣を天に掲げる教皇はその聖剣を本来持つべき人物、親にして師の剣聖へ渡す。
合図を送るように目線を飛ばす教皇たちは教えを読み上げる。
『万物の主よ、我らに翼をもたらす者よ、
穢れ多き我らに清き尊い導きを、
万物の子らよ、我らの声を主に届ける者よ、
儚く惨めな我らの声に禊を、
信ずることしか道がない我らに、どうか救済を
穢れ無き天地へお導きください。
万物に仇なす者、我らに死をもたらす者へと
反撃できる翼を、星をお与え下さい。』
教えを詠んだ教皇は静かに祭壇へ近づき、新たな星へと捧げる舞を披露する。
巫女のように身軽で風が味方をしているかのような服装で、
その舞は水流のように心が清められ、
大地を踏みしめているのにまるで浮いているかのように、
その動きは火炎のように激しく緩急が付けられていた。
異常者で構成された開祖達ですらその舞に釘付けされていた。
舞が一周、二周、三周する頃。
見たものをそのまま真逆に映す鏡の中では異変が起きていた。
踊り手として映されるはずの純潔の教皇のその姿は、
忌々しき黒色で迷いを象徴する癖毛、血のような鮮血の瞳と短い上背。
汚穢であるホープの姿を映していた。
〇
鏡に映されたホープは舞が激しくなる事に此方に近付き、
最後の舞と共に現世へと降ろされた。
意思なき傀儡として。
「ホッホッホ。
よくぞ千年もの間頑張ってくれたなお主ら。」
老婆が言葉を発す。
「千年、否、一万年前のあの時よりこうなる因果であった。
お主らの功績はそこな逆魂の器の汚穢が引き継いでくれる。
新たな星としてな。ホッホッホ。」
裏切りとも思われる発言に教皇は口を開ける。
「な、何を言っているんですか、
それは裏切りと捉えても良いってことですか、先生!!
千年の間で芽神に魅入られ狂気へと染まった彼らの想いを踏み躙っていたってことですか!?」
教皇は涙を浮かべながら芽神の器たちの方を見ると、
彼らの瞳にはもう人が宿っていなかった。
「……これじゃ、一万年と生きてきたホープが、余りにも可哀想だよ…」
「何か勘違いしているようだが、儂は預言通りに動いた。
結果、今、彼はお主らが産ませてはいけないモノとなっただけ。
なに、元より彼はお主らとの記憶も恵まれた身体も失っている。
アーシャ、お主のみの片想いっちゅうわけだ。ホッホッホ。」
生きているかどうかわからない即身仏のような悍ましい笑顔を向ける老婆に、
教皇は悲鳴に近い泣き声を上げる。
「何十年と時間が過ぎれば偽りの太陽と月は本物と同様の動きをする。
何百年と時間が過ぎれば彼は新たな星として唯一神の代わりとして崇められる。
何千年と過ぎれば、平和が訪れよう。
お主らは必要な犠牲だったのだ。
安心せい、お主らの功績は儂が覚えておく。
覚えていられたらな、ホッホッホ!!
一万年と生きてきて御苦労だった、穢れのアーシャよ。」
老婆は泣き崩れた教皇の頭へ手を当て、
教皇の肉体は灰となり散っていった。
「唯一神が死ななければこんなことにならなかったのにな。」
溢した言葉にはどこか、哀愁が含まれていた。
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ホープが生き返り1年半後、
初潮と精通を聞かれた少年少女らに異変が起きる。
彼らの皮膚は、樹のように硬くなり、
足は根のように幾つにも分裂し地面へ固定され、
腕は枝となり、そのまま葉が生えている。
生きた木に咲く花たちは、元の少年少女らの顔をしていた。
〇
更に100年が経過し、
教皇の座についたバーラ・バーアは唯一神の死を公表。
その衝撃により教徒の過半数は自刃した。
同時に新星、ホープを崇拝対象とし、星占術師を名乗るヴェン・ヒストリアという人物が遥か東の地にて星教、ホルプトリアを開教。
次第に本教の人口を追い越す。
〇
更に5000年が経過。
人類は産業革命により急激に文明が発展し、
根強かったホープ信仰は風化したが、
今なおホープは意思無き傀儡として生き続ける。
信仰を失い、人の瞳を失った開祖達、芽神は遥か空の果てへと旅立ち、
バーラ・バーアは密かに骨となった。
〇
ホープの生き返りより5500年後
人類は未だかつてない程の規模の戦争を始める。
東側諸国の総指揮官、ヴェン・ヒストリアは戦争にホープを起用。
いくら殺しても死なぬ。いくら四肢をもぎ取ろうが立ち向かってくるホープは絶望の象徴として軍に伝わり、
戦争が始まって10年で終戦の狼煙が立つ。
しかし、その裏ではホープに生体実験を繰り返した結果、ホープの増殖に成功し戦争がホープ同士の戦いになり無意味となるから終戦をしたのだ。
〇
ホープの生き返りから6000年
人類に一時の平和が訪れた。
平和の裏ではホープを用いて血腥い研究が行われていた。
この世界には放射線に類似するものが存在する。
この世界では原子や粒子などがそもそも別物ではあるが類似性があるのだ。
便宜上、ここでは放射線とするが、
その放射線を人の許容被曝量を超えて放射し続け、
人が放射線に耐えうる装備を作成し、技術戦争をしていた。
そんな中、オリジナルであるホープは重宝されていた。
複製体のホープ達に持たぬものを持っていたのだ。
それは痛覚である。
意思がないはずなのに、痛覚が存在しているので
研究がしやすくなっていた。
このことがきっかけで、後に人類は破滅へと繋がる。
〇
1000006年後
ホープ達は復讐を始める。
信仰が薄れ宇宙の果てに行った芽神たちを引き連れ、
人類は壊滅に至る。
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ここで私こと、エドワルド・ヴォイニッチはこの世界への干渉を決断した。
ホープが傀儡ではなく、ちゃんと人として蘇らせるために、
死んでいる中、彼が見ている夢に干渉を始めた。




