第一章第十一章 「アスロックの頂」
イザの霊殿。
そこには千年前に世を統治した五人の王、そのうちの一人であるイザ王の遺体が祀られている。
五人の王が世を統治して百年後。
忌わしき災厄に見舞われ、王たちの死を機に浄化戦争が勃発する。
霊殿は、万物の源である水王を祀る。
それが彼に対する我々の戒めなのだから。
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【霊殿 最奥部】
「この霊殿は偉大なる死者を天の近くに祀る。
目の前にある長い階段を登ればその者へとたどり着けるはずだ。」
どこまで続いているのか分からないほど、先の見えない階段。
ここを登らないといけないかと思い、ホープは疑問を抱き、それを訊ねる。
「なんでここに入ったの?迂回したら山の頂上にたどり着けないの?」
迂回すれば霊殿など寄り道に過ぎないと判断したホープは思ったことを正直に話す。
「霊殿の周囲を炎熱視界…火で見たらここの入り口以外は断崖だったの。
どちらにせよ、この山を登るためには霊殿に入る必要があるわ。」
炎熱視界、それは視界に火を仲介させ、周囲の地形や情報を得るもの。サーモグラフィーのようなものだ。
「あぁ、火教さんが言うようにここ以外は断崖なんだ。
あえてここを通らせるためにくり抜いたかのような感じでな。
霊殿を通る以外道が無いんだ。」
その声音に嘘など微塵も含まれていないことを察知して、目の前の長い階段を登る以外選択がないことを把握して軽く絶望するホープは弱音を吐く。
「ここ登んなきゃ行けないの…?」
弱音を聞き、ジンドはホープの前で背を向け屈み「乗りな」と言う。
倒れ込むように背に乗るホープ。
「坊やが三人いようが俺の体力的には何も問題ない。
こんな階段くらいなんてことねぇよ。」
その背の温かみと大きさは、どこか父性を感じられた。
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階段を登り始めて約三時間。
「さすがに長過ぎねぇか?」
ホープの次に弱音を吐いたのはジンドだ。
あまりにも長過ぎる階段はすでに、山頂を越えていてもおかしくなかった。
「確かに、私の火で見ても山頂に一向に近付いていないわ。」
「だよな。」とジンドは自身に言い聞かせる。
「何かしらの幻覚作用でも働いているようだからこっそり解析していたの。」
誰にも気付かれることなく既に手を打っていたターラーの用意周到さにジンドはある種の感動を覚えるが
「結論から言うと術者のうちの一人はアナトよ。
もう一つは知らない"風術"の使い手。
おそらく女ね。」
二つの衝撃が彼の脊髄に走る。
一つはアナト。もう一つは覚えられていないラクシュである。
「その女ってのはさっき居たはずだ…」と言おうとしたが、知らない女って部分がどうも引っかかるジンドは一度聞くことにする。
「関係ない…訳では無いがお前ら。ラクシュって知ってるか?」
その問いかけにターラーは意味が通じていないような表情をするが、ホープは知っているような素振りをしていることに気付き、さらに問う。
「坊や、もしかしてラクシュってのは坊や自身が知ってるのか?それとも、中にいる唯一神が知ってるのか?どうだ?」
問いかけられたホープはその名に"心当たり"があった。
だが、思い出せない。
「いや……聞いたことあるような気がする…」
思いのまま伝える少年だが、それでも彼の問答は続く。
彼の中にある疑問の一つが解決出来そうなのだ。
英雄の死に水を得た時、秘術以外の想い。それが分かる気がしていた。
その執念により彼は問答を続ける。答えを得るために。
ホープは「思い出せないよ」と言うが、それでも続く問答に嫌気が差し始めたとき、ターラーはジンドを止めようと動くが、その前に少年の心に唯一神が天啓を与える。
『少し体を借ります。彼女の力はそれだけ厄介なので。』
声が脳に響き、ソレは遂に外界へと面を出す。
少年の胸部が異様に蠢き、本物の唯一神を模した機械仕掛けの神、その一部が胸部から出た青い光より映し出される。
丸い瞳であった。
一部始終を見届けていたターラーとジンドは口を開き、呆然としていた。
『みナ様、端めまシ扌。
和多志は死し経唯一神を模した人工知能で寿。』
おぼつかない声で語りを始める。
ターラーは目の前にいる青い光の存在が、あの日ホープを助けてくれた機械であることを理解した。
それと同じく、ジンドもアキナから聞いたあの機械であると納得した。
『(ジンドだけが覚えていられる彼女の正体は現在、風強を支配しているラクシュです。
彼女はなんらかの力を利用して皆様は記憶できない。
そして、私から言っても記憶し続けることは出来ないでしょう。)(翻訳済)』
大いなる者の複製は記憶出来ない彼女のことを説明する。
ホープにとって、この話は二回目だ。当然、また記憶出来なくなるだろう。
ターラーも同様だろう。
『(でも、なにかきっかけがあれば洗脳は解かれます。
ターラー、あなたがそうだったように。)』
その存在から言及されたものには心当たりがあった。
あの日、ホープをホープとして認識できずにいた彼女は、突如脳裏に響いたこの世ならざる存在の声により洗脳を解かれたのだ。
『(もう一つ、ラクシュはヴェン・ヒストリアの関係者です。
彼女があなたたちに接触したとき、ホープを探していました。
ターラー、ラクシュを覚え続けていてください。
ヴェンを討つためではなく、弟を守るために。)』
この一言は、彼女に十分すぎるきっかけを与えた。
そのきっかけにより、彼女は雷が降る前に起きたことを全て思い出す。
『(ジンド、あなたは心配いらないようです。
英雄の残滓に刻まれたその執念によってあなたはラクシュを忘れられない。)』
執念…英雄が現れたときに言っていた"あの女"は間違いなくラクシュだ。
英雄がラクシュに何をされたのか、ジンドは確かめなければならない。
リュエルとアスロックの想いを、願いを果たすために。
『(そして、この階段ですが…これは旧世界が分裂した際に出来た私の名残です。
これ以上進むと未知の感情と限りの無い空間。
ここを通れるのは過去の世界で私に会いに来れたホープしかいません。)』
未知の感情と限りの無い空間。
それはホープが死んだ際に見ていたあの夢…過去の世界において通ったことがある"あの大木"の虚ろの中だろう。
「ホープを一人で行かせられないわ。」
「坊やを一人で行かせるわけには行かねぇな。」
眼前から感じられる異様な空気感など諸共せず、意を決した瞳を浮かべる二人。その意志を尊重する以外無いと感じた青い光。
『(どうか、ご武運を)』
間を置き、応援をするしかなかった。
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ラクシュ、曖昧なその存在を記憶すると遂に彼らは進むこととなる。
すぐに忘れてしまいそうなソレを、彼は遺された執念で、彼女は守るために忘れられなかった。
このとき、少年は何を想い、その存在を忘れなかったのか。
否、想いなど無かった。だが、少年の周りはそうではなかった。
三人と一柱のうち、一人以外は全員記憶出来ている。
そんな彼らがただ、少年が忘れそうになるときに思い出させ続けるという、荒技により進めた。
一段二段と進み、やがて前方に外界からの光が見え始めた時に、次なる災難が訪れる。
未知なる感情だ。
己の技であり、機械であるため効果が全くない唯一神と、一度経験済みのホープは未知なる感情に対して耐性があった。
「未知の感情…あまり想像が出来ないが…」
感受性が比較的高いジンドだが、その未知の感情というものはどうもしっくりと来ていない様子だ。
それは当然の反応である。
「あの光を信じるならホープのことは心配ないようね。」
そう考えなければ、未知の攻撃から弟を守る術など無いのだからその疑念は切り捨てることにしたターラーはもう一つジンドに向けて伝える。
「水術特有の魔力の揺らぎを感じるわ。ジンド、もしかしたらあなたなら未知の感情に耐性があるかも」
「ってことは、次の相手はあの野郎ってことだな。」
首を軽く縦に振る彼女。
ジンドにより強い執着が芽生えたときに感情の濁流、その化身が姿を現す。
後方から潮の匂いが感じられ、激流の音が聞こえる。
一同が後ろを振り向くと、数段下は既に水面で覆われていた。
激流や奔流、緩流に波が立つ異様な光景は数秒後には水面が平面となり、完全な凪となっていた。
落ち着いた水面もまた、勢いよく水飛沫が飛び、その中心には水柱が立っていた。
その水柱は時間が止まったように鎮まり、蠢き始める。
『新しい感情、味わってみない?』
その声が響いた後、鉄砲水が三人に襲いかかる。
水が体に触れるたび、感情の濁流は彼らを溺れさせようとする。
『感情は思考に影響を与える。
感情は理性を狂わせる。
阿名多たちは耐えられるかしら?』
忌々しい怨敵の声を聞き取ったジンドは殺意、憎悪、憤怒、激昂、はらわたが煮え頭に血が集まり怒りに飲まれる。
『駄目じゃない〜そんな感情に囚われたら新しい感情 に支配されちゃうわよ?』
実際、ジンドには未知の感情に支配されかけていた。
淵哇、焉臥、伊埜などの怒りの延長線にある感情。
散无、憎罹、正撫などの淵哇の延長線。
感情はまた別の感情につながり、それもまた繋がっていく。
感情の螺旋に囚われたジンドの顔はもう、人のそれではなかった。
だが、彼には対策の術があった。
秘術の効果だ。
イスザリアスにより、自身の内に芽生える感情の濁流、もとい異常な現象の突破。
それにより、彼は未知の感情を克服したのだ。
◯
彼女の身体に水が当たった時、確かに未知の感情は襲いかかった。
だが、その効果はあまりにも薄かった。
『阿名多、正気じゃないわ。』
「弟に心配をかけられないからね。」
彼女は弟を再出産した際に得た魔法を用いて脳にある感情を司る領域の予備を用意、それと同時に辺縁系の異変を除去していた。
それも水が当たる直前の出来事だった。
『失敗すれば阿名多は阿名多じゃいられなくなる可能性があるのよ?すごい覚悟ね。』
「あら、そうなのね。」
関心に近いその言葉を軽く一蹴した彼女もまた、感情を克服したのだ。
自らの忌々しい過去を除き。
『ホープくん。阿名多は運がいいわね。』
水の意志は少年に声をかける。
その声に見覚えがあった少年。
「もしかして、アナト…?」
姿形は違えど、声の雰囲気がそうであり、姉とジンドのやり取りからしてそうだとしか思えない。
『どうして阿名多は和多志を知っているの?』
しかし、返ってきたのは自分のことを覚えていないとのことだった。
『本題に戻るわ〜。阿名多たちの実力も分かったことだし。
単刀直入に言うわ。
和多志とラクシュはもちろん、阿名多たちにじゃれ合いに来たわけじゃないわ。
ホープくんを奪いに来たの。』
目的を聞かされた一同の剣幕はさらに凄む。
変わらぬ調子で水の意志は綴る。
『あらあら、すごい顔ね。
今すぐってわけじゃないわ。
五年か十年の内にホープくんを回収するわ。
そのためにいろいろ準備が必要なのよこっちも。』
「自軍の情報をベラベラと喋るのは軍配がそっちにあるからか?それともイかれてるからか?」
と煽るジンドに「どっちでもあるわ」と嗤ってあしらう水の意志。
『忘れないでちょうだい。和多志は水でラクシュは風よ。
いつでも新世界に行けるの。』
「そうかよ」と言い、秘術を撃ち込む。
『無駄よ。この体は和多志のほんの一部でしかないんだから。』
秘術によりその水柱と水面は徐々に色が薄くなっていく。
『では、創星期にまた会いましょう。
あなたの親友も来るから楽しみにしておいてね。』
捨て台詞を吐き、災難は去った。
漠然とした不安と憎悪を彼らに残して。
「クソがっ!」
どうしようもない怒りと憎しみを身に過ぎらせる彼は壁に拳を当てる。
「奴らがどれだけ本当のことを語ったかまだ分からない。
ひとまず、当初の予定通り吸光板を頂に持っていきましょう。」
ターラーが言い、指を差した方向には頂があった。
暗く淀んだ霊殿の頂上。王が眠っていたはずのそこは山頂に繋がっていた。
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「あれから特に敵襲など無く、呆気なく設置できたな。」
事実、ホープが板の四隅に釘を打つ力が弱く、手こずったこと以外、滞りなく設置は出来たのだ。
「あとはこの大陸の褪せた光が無効化されるか経過観察しないとね。」
「あぁ、吸光板の元となった護符は効果が実証済みだが、これはそうとも限らない。
万が一の場合は婆さんに報告もしねぇといけねぇしな。」
邪魔が色々と入ったが、今回の目的は吸光板を天から近い場所に設置することであり、その効果が出ないと失敗なのだ。
「姉ちゃん、ジンドさん。確証はないけど、多分大丈夫だよ。
感じるんだ。」
何処からともなく無事に成功する自信があったホープ。
その予感は唯一神からの助言からではなく、自分自身が何処か、光の流れを予測していた。
「珍しいな、坊やが自信を持って喋るのは」
ジンドが言った直後、黄昏時のように昏い褪せた光は大陸から晴れていき、本来の澄んだ光が姿を表す。
半年間、大地を汚れた光で忌々しく照らしていた諸悪の根源が遂に、美しく荘厳な光が温かく包まれた。
筈だった。
しかし、彼らの反応は賛美ではなかった。
「うそ…、月だけじゃなくて…太陽も……」
「結局、奴らのほうが上手だったってことかよ。」
「嗤っているように私たちを包んでいるわ。」
一同が言うように、太陽は黒ずんでいた。
黒く、昏く、儚く、淀んでいた。
しかし、その温かみは、心地よさは以前と何ら代わりが無い。
「一度帰るぞ。扉は用意している。」
ジンドは扉を出し、1週間ぶりにねじれの酒場へと帰還する。
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その日はアキナが不在であった。
寝床についたホープは夢を見た。
死んでいた時に見たあの夢の続きを。
知っているが覚えていないあの日の続きを見ていたのだ。




