第一章第九節 「水と雷」
第一章第九節 「聖水」
水の秘術、イスザリアスは異常者への特攻を持つ。
人ならざる彼らを滅するには、術者も人であることを捨てるしかない。
ゆえに、人ならざる彼らの傀儡となったアナトは秘術を嫌う。
浄化戦争の渦中において兵はみなこの秘術を使っていた。
五災が混じるまでは。
────────────────────────
雷だった。
急に、空を轟かす音とともに雷が走った。
早く、アスロック殿の安否を確認せねば。
また私は、大切なものを失うのか…
早く、向かわねば…
「リュエルさん…おきて……」
この声は坊や…?
〇
雷発生から数十分、初めに目を覚ましたのはホープだった。
起こさなきゃ、姉とリュエルを。
また何が起こるのか、起きてしまえば自分では対処できない。
そう思い、ホープは近くで寝ていた姉に近付く。
すると
『ホープ、あのラクシュの情報は、世界規模で認識阻害されています。』
と、内なる高尚な機械は発する
『あの人を和多志は知っている気がするんです。
気を付けてください。』
謎が謎を呼ぶ状況だが、身を守るためには姉たちを起こさないといけない。
「起きて…姉ちゃん…」
体を揺らし、問いかけ続ける。
「………!」
姉はすぐに起きた。
「ホープ!大丈夫!?何ともない?ケガは?」
心配の声。
一週間程、姉と一緒にいるが、以前のように蔑む目はない。
寧ろ、ずっと心配をしてくれている。
僕は、姉を信じていいのか。
そしてリュエルも常に気を遣ってくれている。
僕は、他人を信じてもいいのか。
そんな葛藤の中、ホープは伝える。
「……大丈夫だよ、姉ちゃん。
それより、そっちこそ…大丈夫…?」
姉に対して自主的に喋ったのはほぼ、初めてだった。
自身への不信感が薄れたと感じたターラーは頬に、水滴が垂れていく。
「リュエルを起こそう。」
〇
「起きてよ……リュエルさん……」
ホープは必死に起こそうと肩を揺らしているが一向に起きる気配は無い。
「電による衝撃で仮死状態ね。
特に、水魔法を主軸とする魔導士は雷に弱いから目覚めるか怪しいわ。」
慌てる弟と対照的に姉は落ち着いていた。
水の魔導士は、身体の一部を構成する微細な魔の源が水に近付く。
故に、雷を良く通し、人体へ多大な影響を与えるのだ。
「どうしてそんなに落ち着いてるの!死にかけてるんだよ!!」
と、弟は声を荒げる。
「安心しなさい。
医療魔法も習得してるの。」
────────────────────────
英雄を探していた彼は夢を見ていた。
淡く、儚く、過ぎ去ったはずの…
親友、ジンドと共に抗うことを決めたリュエル。
彼らはイスザリアス高等部ではなく、その功績から研究所への配属が決まった。
国の秘密を暴くため、ジンドは秘術の仕組みを研究し、リュエルはその研究を手伝っていた。
秘術、イスザリアスが何故、砂煙を打ち砕けるのか。
イスザリアスは誰が発明したのか。
何故、イスザリアスの研究は禁忌とされるのか。
その答えこそがこの秘術にある。
そう目論見、彼らは密かに研究をするのだ。
「国立水術研究所。ここの所長は当然だが、指導者のアナトと繋がっている。
ジンド、私たちの研究が暴かれるのは時間の問題だ。」
彼の懸念は正しい。
アナトは異常なまでに秘術こと、禁術の接触を嫌っている。
「灯台下暗し、って言うだろ?
それに、ここでは禁術の探求者たちが再教育を受けているって聞く。
リュエル。ここから始めないと、国は救えない。」
そんなこと分かってる。分かってるが、あまりにも危険で不確実だ。
勧めることは出来ない、出来ないが、
付いていくと決めただろ、リュエル。
「あぁ、そうだな。
ここまで来たんだ、死ぬのは怖くない。」
と言い、リュエルはその場を後にし、自分のもう一つの仕事を初める。
〇
「君の料理は絶品だ。
舌に触れる度に食感が変わり、その時に求めている者を的確に当てる。
素晴らしい腕前だ。」
鮮やかに彩られた食膳を平らげ、調理人を褒める坊主頭の小柄な男。
彼の頭には水滴を象り、中心に三本の横線が入った刺青が入っている。
この研究所の所長、ウィルバニスである。
「お褒めいただき光栄です。
ですが、私の実力はまだまだです。」
と謙虚に振る舞うリュエル。
彼は水術の研究による功績で配属されたが、偶然振る舞った料理が気に入られ、所長専属の調理人にもなった。
「さらに君と君の友人の論文も素晴らしいものだ。
水術魔導士の魔霊体が水の魔源に近付くことによる応用とその危険性が綺麗にまとめられている。
特に、風術の派属である雷に弱くなるのは我々の課題であったが、対策として水術の近縁、地術の派属である樹の一種を用いて防ぐと言うのは驚かされたよ。」
解説するが、魔霊体と言うのは術者の魔法全般を扱う為の器官であり、これは身体と釘付けされている
魔源は魔法の最小単位、魔法の原子である。
魔霊体を構成している魔源が水に近づくと感電しやすくなる。
派属は四大原素である火、水、風、地のそれぞれが分岐したもの。
近縁はこれらの相性である。
例えば、火は水に弱いが、風の派属である大気の一部、酸素などが近縁である。
相性による弱点、強み、優位性などが複雑に絡み合い、基底世界では物理法則として存在するものがこの世界では魔法として存在する。
魔法や科学が発展途上であるこの世界では少しの気付きですら大きく化けるのだ。
その気づきを世に与えたリュエルとジンドの評判は上がり、秘術を研究していることを隠しやすくなる。
故に、彼らは秘術以外も研究をする。
「ありがとうございます。所長。
食後の一品をお持ちします。」
一礼し、部屋を出た彼は最後の一品であるデザートを調理する。
彼にとって調理は唯一、邪念や懸念などが邪魔してこない落ち着ける手段だ。
悩むことなどなにもない。
ただ、自分であれる瞬間。
台所にて調理を進め、出来上がる手前に所長は彼に近付く。
彼の肩に手を置き、小さく呟く。
「秘術の研究をしているな。」
リュエルは一瞬、心臓が止まったように感じた。
「酷く動揺しているぞ。まぁ、安心しろ。
我々も手伝う。」
と、想定外の言葉が鼓膜を振動させている。
────────────────────────
【イザの霊殿】
ターラーは仮死状態であるリュエルの胸部、心臓がある位置に両手を置き話す。
「彼の研究によって明かされた魔霊体の特性を利用して彼を蘇生させるわ。」
彼が5年前に発表した論文。
魔霊体が術者の常用する魔術の属性に近付くというのは既知であったが、魔霊体の属性と近縁のモノを用いて対処すると言うのは魔法界に激震を与えていた。
ターラーが扱う魔術は樹属性、樹脂を用いたものであった。
その中でも雷、電気の絶縁性を持つゴム樹脂である。
基底世界において、人体が感電した際は電撃傷による程度によって、火傷や不整脈、内臓への通電などに対処が必要であるが、この世界では魔霊体というものも追加される。
今、リュエルの体は感電している部位は全身と魔霊体であり、魔霊体を痛めている電撃は全身という外殻により蓋をされ、逃げ場が存在しない状態だ。
そのため、療法として魔霊体の組成を水からゴム樹脂に近付け、逃がす必要がある。
だが、それだけでは魔霊体に存在する電撃が全身に逃げ、物理的肉体に損傷を及ぼす可能性がある。
ターラーは応急処置として自身の身体を電気伝導体にした。
縋れるものが無いのなら、自身が藁にでもなれば良い。
屁理屈に理屈を組み合わせた苦肉の策であった。
「ホープ、荒療治になるから離れていて。」
と言い放ち、彼女の治療は続く。
〇
治療開始より4時間。
少し離れ、治療を見守っていたホープ。
『やはり、ラクシュが使っていた雷は特殊なものです。
先程から対処法を考えていますが、邪な魔術が混じっている。』
と、内なる者は言う。
ホープはここで、初めて疑問を浮かべる。
ラクシュって誰だ……?
雷って突然発生したのでは無かったのか…?
『ホープ…あの一瞬で認識出来なくなったのですね…』
さっきから…なにを?
『この話はあとにします…
アスロックが居た所に何か落ちてないか調べてもらってもいいですか?
リュエルを救えるかもしれません。』
言われるがままに、最後に英雄が居た地面を見渡すと煌めき輝く白い灰が積もっていた。
この灰が、リュエルを救える…?
『水術の英雄が最後まで抗った秘術の残滓です。
それがあれば、救えるはずです。
ホープ、その灰を持ってターラーのもとへ…』
縋れるなら藁でも何でも良い、その一心でホープは灰を手にし、姉の下へ向かう。
信じてもいいと思えた数少ない人を救えるのなら。
「姉ちゃん!これを!唯一神がこれがあれば救えるって!!」
灰がこぼれないよう、おもむろにそっと手渡す。
「うん、やってみる」
その灰をリュエルに近付けた瞬間、灰は液体となり、彼の溶けている左腕へと滴り落ちていく。
────────────────────────
【五年前、国立水術研究所】
秘術の研究を協力すると行った所長、ウィルバニスはリュエルに聖堂料理人として水教大聖堂に推薦をした。
そこで所長はリュエルに頼む。
「聖水…ですか?」
「あぁ、君の腕ならば指導者アナトの舌も唸らせることができるだろう。
そこで、君にはアナトが秘匿している水芽神の聖水の手がかりを調べてほしい。」
聖水、そのようなものは博識なリュエルですら耳にしたことがなかった。
「当然、知らないだろうな。説明しよう。
聖水と呼ばれるソレは、かつて現世に現れた水芽神の身体、その一部だ。」
「水芽神が…現世に……?」
またしても知らないことだ。
彼の知識では四大芽神は余りにも強大な力ゆえ、器が見つからず現世に現れることが困難であり、現れた暁には現世に多大なる被害を与えると聞く。
「現れたんだよ、千年前の英雄アスロックの死後にね。
彼の死後、アナトを依代として水芽神は現世に顕現した。
なにをしたのかは定かではないが、この世界には大きな変化があった。」
「いいか、落ち着いて聞いてくれ」と言い、所長は間を置き、
「ここよりはるか東、海壁の向こうにもう一つの世界が複製された。」
「は…?」とリュエルは己の耳を疑う。
当然だ。常識として、海壁より先は奈落として教えられていて、何も無い虚無が広がっていると教えられていたのだ。
「完全な複製ではないが、向こうにも文明は存在する。
私も向こうの、新世界の住人だ。
仲間が協力してくれてね、こっちに来たんだ。」
「何を言っているのか…いえ、理解が追いつきません。」
「そうだろうな。信じていたものが打ち砕かれたのだ。
だがこれは事実だ。
まあいい、本題に戻ろう。
君はアナトの信頼を得て、在り処を探し出してほしい。」
危険な綱渡りだ、だが、この命で国が救えるのであれば、彼はそんな綱でも渡れる。
死線など、潜り抜けてやる。
そんな覚悟を映し出した瞳で彼は伝える。
「……国のため、友のため、私は使命を果たします。」
「感謝する。早速だが案内しよう。捩れた我々の拠点へ。」
ウィルバニスが所長室の扉を開け、通路へ繋がっている筈が、そこは酒場であった。
〇
「ホッホッホッ!また新人を連れて来よったか!ウィル坊。
よぉ新しい我が同胞よ!儂はババ・アキナじゃ!使命を欲すか?ホッホッホッ!」
酒場に居たのは所長よりも更に小柄で白髪を垂れ流した老婆であった。
皺だらけで品性が感じられない人物というのがその老婆に対する第一印象だ。
「アキナ様、彼が我々の新しい同胞、リュエルです。」
所長は一礼し、リュエルの背中を押す。
「初めまして、国立水術研究所のリュエルと申します。
聖水の在り処は私が必ず見つけ出します。」
「ホッホッホッ!そんな畏まることは無いのに謙虚な奴らじゃ、まあよい。
先に訪れたジンドにも伝えたが、聖水ってのは元々、唯一神が水芽神に授けたものでの。
異端者に対して有効打を与える。
我々の宿敵、ヴェンには猛毒じゃ。」
「ヴェン…」とリュエルは反応をする。
学院の教科書、『浄化戦争史』の著者が確か……
「聞いたことあるじゃろうな。ヴェンは世界各地で様々な偽名を使っているが、愚かな承認欲求によりヴェンを名前に入れているからなぁ。」
「では、浄化戦争史の著者も…」
「そうじゃ。
概ね、儂への当てつけじゃろうがな。
リュエルよ。ジンドと共にお主は聖水を探せ。
ヴェンと…□□□□を討つために。」
□□□□という名に彼は反応する。
否、この夢を、過去を想う現在の彼が反応する。
□□□□……聞いたことがある名前だ。
□□□ュ…そうか、ラクシュか。
そうだ…私は、俺は……リュエルでは…………
────────────────────────
【現在】
「………ープ!……たわよ!」
耳元で女の声がする。
そうか、俺はあの女の雷で気絶していたのか…
「…ぁ……おえ……」
思うように喉が、口が動かない。
あれからどれほど時間が経った…?
「半日経過しているわ。それと…英雄の残滓で左半身は完治しているはずよ。どう?聞こえるなら左腕を動かして」
左腕が…?
確かに…動いている……
アナトにやられたはずの…俺の…腕が動いている。
「……ぁ……わりぃな……おまえらに…うそを……」
口が動けるようになった。
あとは伝えるだけだ。
「俺は…リュエルじゃ……ない……」




