第一章第八節 「踊る道化は砂塵と化す」
遥か昔に勃発した浄化戦争は各国を甚大な恐怖、五災に陥れた。
火教の国には「灰雷」。
地教の国には「塩雪」。
風教の国では「風刃」。
水教の国では「砂煙」。
そして、知っての通りに全世界では「汚穢」が猛威を振るっていた。
〇
かつて、美しく華やかな水の都に英雄がいた。
英雄は水教開祖のアナトと共に、都を襲う脅威に抗っていた。
二人の英雄は脅威に抗い続け、一人の死で終を迎える。
出典:『浄化戦争史』作 ヴェン・ドリムス
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猛々しい大男は、震えていた。
英雄による悲痛の叫びは文字通り、山を震わせた。
かの英雄は想像していた者とは遠く、子供のように泣きじゃくっていたのだ。
「お前らもどうせ、敵なんだろ?敵なんだろ?敵じゃねぇとおかしい。俺が俺が俺が、何したっていうんだよ」
敵意を、殺意を一瞬だけ出す壊れた英雄。
だが、その闘志だけは壊れていなかった。
一行は身の毛がよだつ悪寒を感じたのだ。
「落ち着いてください。アスロック殿。
ただ、あなたの敵はアナトとその一行の黒幕、ヴェン・ヒストリアです。」
少しでも緊迫した状況を和らごうとするリュエル。
「何言ってんだおめぇ。アナトだのヴェンだの。」
英雄は少し落ち着いたように喋るがすぐに乱れる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あの女は!?
ラクシュはどうした!?異教徒のあの!
風教を乗っ取ったあの女はどうした!!どこに消えやがった!また俺になんかするのか!!!」
急に、知らない女の名前を出され困惑するリュエルだが、すぐさまターラーの方に振り向き知ってるかどうかを尋ねる。
「いいえ、知らないわ。
風教の開祖は空席としか私は知らされていないの。」
「そうか……坊や、中にいる神にラクシュという女のことを聞いてくれないか?」
先程までとは喋り方や雰囲気が別人のように変貌を遂げたリュエルはホープに優しく問いかける。
この機械仕掛けの神が唯一神ならば、ラクシュという女を知っているかもしれない。
『…私の元となる情報にその人物は記録されていません…
お役に立てず……申し訳ございません。』
神すらも、神の情報を記録した人工知能ですら知らない風教の簒奪者。
そのことを素直に伝えると
「そうか…あいつが、あいつらがやりそうなことだ……」
と英雄は言う。
どこか悲しげに、哀愁を帯びた表情で。
「どうやらお前らは敵じゃねぇようだな。
取り乱して悪いな。」
落ち着きを取り戻した英雄は問う。
「そういやここどこなんだ?」
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「つまり俺が生きてた時代でなんやかんやあって世界が分裂してここはその新しい世界ってことか」
英雄が死した日から現在までに何が起きたのか、
浄化戦争の詳細と新世界について話すリュエルに笑いが止まらない英雄。
「おまけにこの大陸がアスロック…?おもしろい。
如何にもあの下賤な連中がしそうなことだ。
しかも浄化戦争?そんな大層な名前をつけやがって。」
あの戦争で前線に居たものは笑う。
ただただ笑い続ける。
「こんな空だ。てっきりまだ続いてるのかと勘繰った。」
「あの忌まわしい光は…浄化戦争の時にもあったのですか?」
リュエルは聞くと
「いんや、知らねぇが、死ぬ前に五災が混じったときがあってな。
そんときの光と似てるんだよ。」
五災。リュエルの故郷を襲った五災。
それが混じると忌まわしい光と似たようなものになる。
「は………、まだ今の世界にも五災はあります。
アスロック殿。貴方が使ったとされる秘術を教えてください。
私は、親友との誓いを守りたい。」
言いながら、頭を深く下げるリュエル。
「辛気臭いな!リュエルよ。
俺はあいつらを殺す。
そのために秘術を取得してくれ。」
憧れた英雄による承諾は、彼の心に報いを与える。
蔑まれた流骸と壊れた英雄は師弟となる。
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【霊峰イスザリアス八合目】
壊れた英雄と出会い、一週間が経過した。
霊峰の八合目からは鬱蒼とした森林は無くなり、森林限界へと突入していた。
険しい地形は緩やかになるが、気候の変動は凄まじくなりつつある。
先頭を進む英雄、そのすぐ後ろにはリュエル、ホープ、ターラーと続いていく。
秘術を修めたリュエルはどこか、以前の曇った表情が薄れていた。
「おいおい、この新世界にもあんのかよ。
これじゃまるで複製品みてぇだな。」
と言い、彼が見ている視線の先には荘厳で老朽化した建築物が広がっていた。
それに、リュエルは思わず声を漏らす。
「あれは……イザの霊殿…?」
彼が学徒であった頃、それは歴史書で見たことがあるものだった。
イザの霊殿。
それは浄化戦争の渦中以前、確かにあったとされるイスザリアス魔術学院の殉死者を祀る霊廟だった。
「あぁ、そうだぜ弟子よ。
ありゃあ学徒が何としてでも守りたかったものだ。
俺等の故郷にもあったろ?」
その問いかけに、英雄の弟子は答える。
「……いえ…歴史書に記述されているだけで既に壊れたと教えられています。
でも、記述通りの特徴…柱に遺骨が用いられているのを見てそう思いました。」
「あぁ……そうか……守れなかったんだな……」
弟子から聞かされた事実に、英雄は俯く。
守りたかった2つのもの、その両方が守れなかった。
「イザの霊殿……過去に養父が言及していました。。」
聞き覚えがある単語にターラーが割り込む。
「イザの霊殿、その最奥にはかつての王が眠っているだとか。
英雄と王、奴隷が新しい星を作るのに必要って…」
思い出しながら話すターラーは、あと一歩遅かったら最悪な事態が襲っていたことに気付く。
「……養父らは、五教たちは新しい星を作るために汚穢として虐げられたホープの死骸を用いて祭具を新調していました。
私は職務中に………謎めいた意思により汚穢の正体が実の弟って気付いて…遺骨を用いてホープを復活させました……」
なんとか自分を落ち着かせて、なるべく言葉を選び知っていることを話すターラー。
「私が……気付けなかったら……世界は……ホープは……
アレが生まれてたら……」
それでも落ち着けずに居た。
あと一歩遅かったら…どうなっていたのか。
想像すらしたくなかったのだ。
五教たちが言及していた「産まれてはいけないモノ」が新しい星なのではないのか、そう思っていた。
「落ち着けよ姉ちゃん。弟の方も何が何だかって顔してるし、まあ阻止できたならいいじゃねぇか。」
と言い、姉を励ます英雄。
そして弟のホープは無表情に、静かに怒っていた。
自分の遺骨を利用しようと企む五教たちに。
すると、ホープの怒りを表すように突風が吹き出す。
強い強い、突風が。
その風は吹き乱れ、やがてイザの霊殿の柱を破壊するかまいたちになり、鋭さを増していった。
「アスロック…殿……?」
異常な風に腕で顔を守るリュエルは静かにアスロックを見つめるが、英雄は大きく口を開けていた。
「おえあ…おうあ…ああいあ…おえは…」
上を見ながら口を開けている英雄は、呂律が回らずに舌を動かす。
その瞳は死を訴えていた。
生を懇願していた。
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「アスロック殿……どうか正気を……どうか……」
上を向いて口を大きく開けたままの英雄にリュエルは声をかけるしか無かった。
「この感じ…リュエル、離れたほうがいいわ。」
と忠告するターラーはホープの手を握る。
既にそれは壊れていたのだから。
治るわけがないのだ。
「アスロック…殿……」
リュエルの声も届かぬ壊れた英雄はやがて、口から風が吹き乱れ、砂塵が産まれる。
水国を窮地に追いやった砂煙。
『秘術ってのはな、あの人から各国の英雄に渡されたそれぞれの浄化の術なんだよ。
弟子と姉ちゃんには教える。
あの光の元凶をよぉ、五つある浄化の術で鎮めてくれ。』
それは英雄たる壊れた師が遺した言葉だった
『俺ぁ多分もう持たねぇ。
登るたびに感じるんだ。
そうだ、あの子が起きたら伝えてくれ』
〇
英雄から溢れ出る砂煙はやがて視界を覆い尽くす。
英雄はずっと訴えていた。
逃げろ、と。
だが、その意思は虚しく、彼女は来てしまうのだ。
旧世界から新世界へと。
砂煙が晴れたとき、英雄だった者の口は裂かれていた。
口が裂け、英雄の体は皮のように剥がされ、風が生まれる。
出てきたのは女だった。
古びた薄着を身に纏い、整えられていない長い紫色の髪。
「やっぱここにいたんだ。先輩」
そう言い、いつの間にか女はホープの所に居た。
「父様がずっーーーと探してましたよ?先輩のことを。
アナタが逃げちゃったから星作れなかったんですよ?どう責任を取るんですか?」
身に覚えのない後輩。というよりは確実に自分よりは年上なのになぜ先輩と呼ばれているのか不明だった。
「ホープから離れ…」と言いかけ、先制を食そうとしたターラーだが、その攻撃は当たることがなかった。
「急に怖いなぁ。
虚像に攻撃しても意味ないのに。」
女はそう言い、一礼をする
「でも、おかげでアスロックに接触してくれて助かりました。
先輩の居所も分かったので。
あ、申し遅れました。私の名前はラクシュ。
そう遠くない内に先輩を迎えに行きます。」
と言い残し、女は消える。
雷を残して、女は消えた。




